第19話 魔女は戸惑う

 ボニータは、すぐに森へ帰ることはできなかった。

 薬が効いて目覚めたからといって、すぐにベッドから起き上がれるわけでもなかったからだ。

 

(そりゃ、十日も寝込めばすぐに動けるわけないよね)


 体力も落ち、若干の後遺症も見られたボニータは王城の客室で、お世話を受ける日々が続いた。

 とはいえ、今日で目覚めて三日。

 自分で食事も摂れるようになり、少しずつ動けるようになってきた。


 大きく開け放たれた窓からは気持ちの良い朝の風が入ってくる。

 ボニータはベッドで朝食を摂っていた。


「王太子さまに食べさせてもらわなくても大丈夫だから」

「そう? 私は食事の介護が出来て嬉しい」


 ボニータが身構える横で、いそいそと一国の王太子が魔女のお世話をしている。

 居心地が悪いのに、居心地が良い。

 矛盾した感覚にボニータは戸惑う。


「はい、あーん」


 そう言いながらアーサーが口元にスープをすくったスプーンを持ってくれば、ついつい口を開けてしまうボニータだった。


 目覚めた後のアーサーは始終、こんな感じだ。

 メイドたちもいるのだから任せればいいのに、アーサーが出来る範囲のことはしたがる。

 さすがに着替えの介助などは断っているが、やたらとボニータの世話を焼きたがって困るのだ。


「起きられるようになったら森へ帰る」

「ん、そうか」


 ボニータの言葉をニコニコしながら聞くアーサーの真意がイマイチ分からない。

 餌付けのような朝食が終わると、メイドが後片付けにやってきた。


(やたらと構ってくるから、このまま監禁する勢いで来るかと思ったのに……)


 色々と世話をしてくれるアーサーだが距離は適度に保っていて、ボニータの反応次第でスッと距離をとってくれる。

 それに構われるのが嫌じゃない自分にも戸惑っている。

 結界が目的のくせに、と思いつつも好意が膨らんでいく自分にも戸惑うボニータだった。


「公務へ行かなくていいの?」

「ん、こっちでも出来ることはあるからね」


 アーサーはボニータが寝ている客室に執務机を持ち込んでいた。

 書類仕事の類は、そこでやっている。

 すぐ横、といっても広い客室なので距離はあるが、ボニータから見える所で仕事をしていた。

 ボニータのお世話が終わればすぐに自分の仕事にとりかかるアーサーは、とても忙しいのだろう。


「自分の執務室でやったほうが効率いいでしょ?」

「私はここがいい」


 笑いながら立ち上がったアーサーは、ふっと動きを止めてボニータを振り返って聞いた。


「邪魔かな?」

「ん、邪魔」


 アーサーはボニータからはっきり言われて情けない感じに眉をヘニョリと下げた。

 それでも部屋から去る様子はなく、執務机へと向かった。

 そして黙々と作業を続けている。

 時折、ボニータのお世話で使用人たちが出入りする音と、アーサーがペンを走らせる音。

 書類をめくる音が聞こえるくらい部屋の中は静かだ。

 だから、うるさいというのは厳密には違うだろう。

 でも、気になるのは気になる。


(居るだけといえば居るだけなんだけど……)


 ボニータはベッドの上から、そっとアーサーの様子をうかがう。

 キラキラ輝く金髪に真剣な青い瞳。

 書類仕事をやっつけている出来る男モードのアーサーは、はっきり言って素敵だ。

 胸がドキドキする。


(病床にいる私には、あまりよくない気がする)


 そう思いつつチラチラとアーサーの姿を目で追ってしまう。

 早く森に帰りたい気持ちと、この時間が長く続けばいいのにという思いが、ボニータの中で複雑に絡み合っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る