【短編/1話完結】白い環の救国聖女 ~もしも30代のおっさんが全然知らない乙女ゲームを模した異世界の主人公の聖女に転生したら~

茉莉多 真遊人

本編

 あ。また死んだ。何回目だっけ……。


「あぁ……もう何回続けるの……」


 僕……いや、私はガンガンと響く頭痛に悩まされながら、目をゆっくりと開けていく。すると、見慣れてしまった天井をやっぱり見ることになって思わず小さなため息をこぼす。


 左手を視界に入れると、手首にうっすらと真っ白な地肌の色と異なる白い帯状のアザがぐるっと手首を一回転している。


 私は私であって私ではない。


「白って何百色あるんだっけ……? というか、私は結局、シェーディナ=エンジェルハイロゥ・ヴァローツァのままなのね」


 私はズキリとする頭に手を当てながら、ゆっくりと身体を起こす。


 目に映るのは中世風のくすみのある白い壁、絨毯もない木がむき出しの床、それと亡くなった祖母が編んでくれた卵の形をした編みぐるみだ。


 この編みぐるみがこの後重要になってくる。


「はあ……」


 今の私は下級貴族のヴァローツァ家の一人娘らしく、さらには遥か昔に茨の魔女と呼ばれる魔法使いの女から国を救った聖女の末裔……らしい。正直分かっていないけど、もう幾度となくシェーディナとして生死を繰り返しているのだから間違いないと思う。


 私がシェーディナになる前は日本に住む30代の男だった。シェーディナのことを知ったのは年の離れた姉さんの娘、つまり、中高生になる姪がたまたまハマっているゲームの話をしてくれたからだ。


 そうじゃなければ、私は何の前知識もなくただの異世界転生を遂げていたに違いない。


 やっぱ、前言撤回。前知識なんてほとんど持っていない。名前と可愛い主人公だけど何だかよく分からない感じとしか聞いてなかった。ゲーム名すら知らない。アニメやゲームも知らないわけじゃないけど、というか好きだけど、女性向けのゲームとなると話は違う。


「よいしょ……っと……いたた……」


 まだ頭痛がする。何度この場面を迎えても慣れない。


 起き上がってからもしばらく痛みを忘れるためにボーっとしていると、キィと扉をゆっくりと開ける音がしてから、私と同じ銀髪と銀眼をした綺麗な女性が入ってくる。


 母親である。


「シェーディナちゃん、お水を取り替えに……っ!」


 母は起き上がっている私を見るなり、扉をバァンと爆発させたかのような音を立てて勢いよく開いて、手に持っていたたっぷり入った水桶を投げ捨てて、私に近付き、ぎゅっと抱き締めたのだ。


 私は今回、母を母と呼ぶことにした。


「お母さん?」


「大丈夫!? あなた、学園の入学式早々に倒れて数日、うなされてばかりだったのよ?」


 私は今回、大人しい性格を演じることにした。


「ごめんなさい。まだちょっと気分が優れなくて……」


「シェーディナちゃん……いつもの元気がない……頭を打った時に性格が変わっちゃったのかしら」


 そんなわけない。頭を打って性格が変わるわけがない。


 私だって「わたしたち、入れ替わってる!?」くらいの元に戻れるノリなら、もう少し元気も出るのだけどね。


 元々のシェーディナの記憶はどうなったのだろうね。


 もし本当に入れ替わりだったら、10代の女の子が急に30代のしかも見た目が普通くらいのイケてないおっさんの姿になったのだとしたら、発狂しそう。


 自分で言っていて悲しくなるけど……。


「私は元々こういう性格だよ?」


「そうね……そうよね! お母さんったら、シェーディナちゃんを心配させるようなことを言ってゴメンね」


「ううん……」


 どうやら、シェーディナは最初に「記憶があるかないか」と「性格が変わったか変わっていないか」の選択ができるようだった。それに気付いたのは何度かこの繰り返しを経験してからだ。


 繰り返しているのは、私がバッドエンドに至っているせいだと思う。


 あー、もう! それもこれも全部、レイティアのせい!


 レイティア=ブラックソーンズ・オルレアニティ、この世界、私の物語で悪役令嬢の役割を持つ少女。美しい黒髪と黒い瞳を持ち、容姿端麗、運動神経抜群、成績優秀と美点ばかりが並べられるが、唯一……唯一っ! 性格がトコトン悪い! 性格だけ蟲毒の壺から生まれたんじゃないかってくらいにひどい。


 人の顔を見れば、トコトン欠点をあげつらってきて、しかも、その言い方が遠回しで厭味ったらしい!


 だけど、彼女は悪くない。嫌いだけど、その彼女の性格が悪い原因は呪われているからだと知ってしまったから。数々のバッドエンドを見て、彼女の弱さや寂しさ、悲しさを知ってしまったから彼女を安易に責めることができない。


 彼女は3年後の卒業式に自身の右腕にある黒い茨、茨の魔女が残したと言われるその茨の呪いが覚醒してしまい、この国全土の時を永遠に止めてしまう。


 これが私のバッドエンドの正体。


 でも、さらに、超ベリーバッドエンドってのがあるのも確認できた。なんだよ、超ベリーバッドって……チョベリバ……私よりも世代絶対に上の人よ……チョベリバって……。


 ちなみに、その超ベリーバッドエンドは、黒い茨が奇妙な変化をして地獄の邪龍になるっていう……何それ……普段長袖で見せることのない右手に邪龍って……額に第3の目があるかと思って思わず見ちゃったくらいびっくりした。


 閑話休題。


 今回こそ、私は黒い茨に勝ってハッピーエンドを迎えたい。


「お母さん、その編みぐるみ、取ってくれる?」


「あぁ、おばあちゃんの編みぐるみ、シェーディナちゃん、好きだものね」


 私がその編みぐるみに触れると、私にだけ見える光を放って、卵に小さな穴2つが開いて目となり、一周するほどのヒビが入って口になり、ピィピィと鳴く、ちょっとだけ可愛らしい卵形の天使になるのだ。


 この白い環のアザ、エンジェルハイロゥを持つ聖女の私にしか見えない守護獣……らしい。この子が進化していき、黒い茨の呪いを打ち消す聖獣に、究極と言うか至高と言うか、そんな感じの進化を遂げる……らしい。なんとかっちよりも、デジタルな魔物な感じ。まあ、この世界にデジタルなんてないけど。


 らしい、らしいはもちろん、まだ見たことないから。私がこの3年間で特定の誰かと愛を育むと進化するらしい。古い本、と言っても、古くから伝わるおとぎ話だとそう伝わっていた。


 乙女ゲームの設定って感じもするし、多分、そう。それに、男の子と仲良くなって何回か進化しているのは確認できているから多分そう。


 聖女って言うから、私になんか不思議な力が漲って、自分の身体を使って戦うと思ったのだけど、そういう感じじゃないみたい。


「私、学園に行くわ」


「大丈夫なの?」


「大丈夫よ」


 一分、一秒も無駄にできない。


 何度も失敗してきたからこそ、1人だけ攻略の可能性が出てきた。


 おそらく、攻略対象の中でも王道の一番なハッピーエンドに近い存在、この国の王子様であるアルフレッド。


 この金髪イケメンを……おとす!


 それから、私の学園生活は幕が開けた。


 レイティアとは極力関わらないようにしながらも、レイティアの動向を見て、彼女が特定の男の子と仲良くなる感じだとバッドエンドになりやすいから、対策を打っていく。


 多分、私の最初の記憶と性格の2択、それと学園生活での行動の仕方でレイティアと仲良くなりそうな男の子が変わるようだった。


「シェーディナ、君は本当に可愛らしい。我の好みそのもので愛おしい」


 今回、私はアルフレッドの好みの大人しい感じもありながら芯の強さを見せる女の子を演じた。王子様だからか、若干上から目線なのが、30代のおっさんから見ると腹立たしいけれども、背に腹は代えられない。


「ありがとう……あのね……アルフレッド……」


 焦っていけないことはもう1つあり、黒い茨を中盤から終盤あたりまで明かさないこと。


 早くに明かしてしまうと、レイティアの処刑が早まってしまい、彼女の死とともに黒い茨の呪いが発動する。


 もちろん、バッドエンド。


 一方で、最後の最後まで明かさないと、私と仲良くなっていたはずの男の子がレイティアになんだかんだで骨抜きにされてしまって、彼女を守る黒茨の騎士と化し、私と中途半端な進化をした守護聖獣を返り討ちにする。


 その後に黒い茨でこの国が終わってしまう。


 私はじっくりと作戦を練りに練って、ハッピーエンドへと3年間を費やした。


 結論。


 クリアした。


 いや、もう少し正確に言わないと分からないよね。


 黒い茨をクリアにしちゃった。


 綺麗さっぱり。


 跡形もなく。


 レイティアごと、なくしちゃった。


 これじゃ分からないだろうから、顛末を話す。


「レイティア! そこまでだ!」


「アルフレッド様!? これは一体……」


 何も知らず、手紙に従ってやってきたレイティアは既に剣を抜き放っているアルフレッドの姿を見て後ずさりをする。


 彼女と仲良くしていたアルフレッドは、私から彼女の黒い茨のことを知って衝撃を受けて動揺していたものの、まだ骨抜きにされていなかったために黒茨の騎士と化していない。


「とぼけないで! レイティア……ブラックソーンズ!」


「あなた……シェーディナ……私を嫌っているように見えたあなたが、私の前に現れるだなんて珍しいこともあるのね? いつも怯えた仔犬のように可愛らしく振る舞っていると思っていたのだけれど」


 後ずさりで私やアルフレッドから距離を取りつつ、しかし、一切怯えた様子も見せない彼女の気丈な姿を見て、少しだけチクリとする。


 彼女は黒い茨の呪いを受けているだけ。彼女は、本当は悪くない。


 でも、だからといって、見逃せない。


「シェーディナから聞いた。そのいつも手首まで隠している両腕の理由……右腕に刻まれた黒い茨のことをな……」


「っ!」


 レイティアのキッとした視線が私に突き刺さる。生死を繰り返していた最初の数回程度はその視線だけで動けなくなるくらいに怖かった。


 でも、今は自信があるから、その怖さも跳ね飛ばせる!


「レイティア、本当にすまない。だが、君はここで我直々に処刑する!」


「そんなっ! ただこの黒いアザがあるだけで!?」


 レイティアは自分のアザが呪いであり、国を終わらせるほど強力なものだと知らない。序盤や中盤に彼女に教えようとしたけれど、何があっても伝えられなかった。


 会おうとして会えなかったり、手紙を出してもどこかに消えてしまったり、私が何らかの理由でそこで死んだりしたこともあった。


 運命の強制力というご都合主義な話をしたくないけれど、そうとしか考えられなかった。


 運命はシェーディナとレイティアを戦わせたいようだった。


「問答無用!」


 レイティアの胸に剣が突き刺さる。


 この後だ。


「あ……ああっ…………」


 レイティアの意識がなくなり、声が途切れると同時に彼女の右腕が光を放ち、黒い茨が実体化して無限に伸びようとする。


「お願い! 黒い茨の呪いを止めて! 進化よ!」


 次の瞬間、私の左手の白い環のアザが光り、それと同時に卵形の守護聖獣が一気に最終形態に進化する。


「……へっ?」


 私は思わず素っ頓狂な声をあげた。


 今まで見てきた守護聖獣は動物や鳥を模していて、なんならかっこいい感じの姿だった。


 しかし。


「どうした? 我には黒い茨しか見えないが、救国の聖女である君の聖獣はどうなっている?」


 アルフレッドの質問に私はすぐに答えることができなかった。


 弾力のありそうな身体、しかし、その形は不定で、柔らかそうな印象もある。色は白みがかっていて、そう、粘性のある動きをする……超巨大なスライムだった。


 卵姿の時代でもあった目とかどこいったのよ……。


「すらすら」


 え、スライムだから、鳴き声が「すら」なの? 単純というか、どこからその鳴き声出しているの?


 声帯どこよ。


 あなたの見た目じゃ、ぐちゅぐちゅくらいしか音を出せなくない?


 すらすらって、ボールペンの書き心地の説明かと思ったわ。


 そんなことを思っている内に、そのスライムが身体を大きく伸ばして、黒い茨を包み込んでしまい、全体をゆっくりと動かしていた。その動きはまるで咀嚼している口の中の動きのように上下で複雑な動きをしていた。


「あ……えっと、その……私の守護聖獣は、黒い茨をもしゃもしゃと食べていますね」


「食べっ!? さすが、聖女の持つ聖獣……呪いは効かないということか……さすが……」


 そういうことじゃないと思う。というか、それで納得できるのって頭の都合良すぎない? さすがって言えば、何でも通ると思っているくらいの感じが見えるのだけど。


 やがて、守護聖獣スライムはレイティアさえも食べ尽くして、役目を終えたと言わんばかりに消え去る。


 こうして、この国から黒い茨の呪いは完全に消えた。


 その後、私は無事にアルフレッドと結ばれる。


 全部を理解できたわけじゃないけれど、少なくとも知りたかったことを知ったから、今までの苦労も失敗もすべて報われたような気がした。


 それに私はこうして自分が幸せになるエンディングを手に入れられた。


 想像もしなかったエンディングだったけれども、最初は考えもしなかった選択の連続だったけれども、それでも自分が正しいと思った道と信じて進んだことで、幸せになることができて本当に良かったと思う。


 ……でも、もっと良い終わり方もあったのかな……。

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