第5話
「あの、分かりません、だから、人違い……」
僕は、抱きついてくる彼女を引き剥がそうとしたが、まず自分の身体が重くて、ベトベトに濡れたベッドに沈んだままである。
やがて彼女が馬乗りになった。ぐるるる、と喉を鳴らしている。
うばあーっ!
僕の顔に例のが再びぶち撒けられた。
言葉も出ない。
「一緒に逝きましょう……」
彼女は、僕の両腕を押さえつけて、そうささやいた。
幻想のマサシと向き合っているのだろうか。
おそらくマサシという男は、自己都合だけで彼女との関係を強引に終わらせたのだろう。
僕は、理不尽な思いで彩未と別れたばかりのせいか、憎しみに囚われた彼女よりも、彼女の恨みを買ったマサシにたいして憤った。
そうしているうちに、僕の抵抗が一瞬緩んだのだろうか、彼女は大きく見開いた瞳をぎらつかせると、どこからともなく硬く鋭い物を取り出して、ちゅうちょなく僕の胸の上に突き立てた。
「や、やめ……!」
サクリと生肉を切り込むような音がしたが、不思議と痛みはなかった。
その代わり、喉の奥から温かい液体が一気にこみ上げてくる。
それが何かと気づくのにさして時間はかからなかった。
気道が塞がったに違いない。
咳き込み吐き出すも、それは次から次へと口内に満ちあふれてきた。
まもなく溺れるかのように、まったく息ができなくなる。
やがて全身に力が入らなくなり、たちまち暗闇に飲まれていった。
遠くでくぐもっていたが、最後に聞こえたのは、たぶん彼女の笑い声だったと思う。
この一瞬のあいだに、さまざまな記憶が僕の脳裏を駆け抜けていったが、結局それのどこからが悪夢だったのだろうか。
とうとう、それは分からなかった。
(了)
Nightmare:悪い夢 悠真 @ST-ROCK
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