第4話

 少し辺りを覗ったが、人影はなく、遠くの街灯が見えるだけだった。


 僕は鍵をかけ、部屋に戻った。少し飲んでから酒を片付けて、部屋は常夜灯だけにする。

 そして、そのまま窓際のベッドに仰向けになった。

 酒臭い息が漏れる。


(明日、会社に行ったら、彩未や連れとどんな顔して会えばいいんだ?)


 途端に気が重くなる。


(もう、会社行きたくねえな……)


 そう思うと、なかなか寝つけなくなってしまった。


 唐突に、ドサッとベランダに重たい紙袋でも放り込まれたような音がした。

 僕は上半身を起こして、その方向を見たが、漆黒の闇に溶けて何も見えない。


(引っかかっていた何かが落ちただけか?)

 外に出て確かめることもなく、酔いにまかせて再び僕は横になったが、その瞬間、獣じみた叫び声がした。

「うるああーっ!」


 僕は飛び起きたが、ガっと網戸を開けて誰かが入ってきた。そして、僕にひんやりとしたものが覆いかぶさった。

「うるああーっ!」


 焦って僕はそれをはねのけようとしたが、それは僕の身体にしがみついて離れなかった。

 僕は、しきりにもがいた。


「ち、ちょっと待って! 誰? 助けて!」

「マサシー!」


 その声で、先ほどの女性だと分かった。

「どうして? ねえ、どうしてなの?」

 彼女は、ゼイゼイと息しながら、いかにも恨めしそうにいった。


「だ、だから、僕、マサシじゃないんですよ……」

「マサシ……許さない。ぜったい」

 彼女には、聞こえていない。僕は戦慄した。


 僕の顔が暗くて見えないから、彼と思い込んで襲ってきたのだろうか。

 が、あいにく電灯のスイッチはトイレのそばにしかない。


 彼女は、僕の耳元で、冷たい吐息とともにささやいた。


「私、もうすぐ死ぬの。だから、あなたも一緒に死んで?」


 その瞬間「うばあーっ!」という叫び声がして、冷たい黒い液状のものを大量に浴びせられる。


 僕は顔についたそれを手に取り鼻に近づけると、生臭い匂いがした。

 ゴフ、ゴフと咳き込む彼女がうっすらと見える。

 その口元や白い頬も同じく黒い液で、まみれていた。


 そして突然、言葉にならない金切り声が聞こえたかと思うと「どうして?  ねえ、どうしてなの?」と今度は地を這うような低い声がした。

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