第3話

 「ヒッヒッヒッ……あーっははははは!」

 笑い声だったのか。

 あるいは、気が触れたのか。

 僕は、呆然となる。

 

「あはははは!」……ダン!

 笑い声に混じって、ドアをぶっ叩く音がした。

 ドアに寄っかかっていた僕は、その大きな振動にむしろ目を見張る。 


「そんな下手くそな嘘つかないでよ! この私が騙されると思ってんの?」


「なんで私をこんな目に遭わせるの?」

 ドアがさらに叩かれる。

「いいから出てきなさいよ!」 


 同じ階に住む人はいないが、アパートの周りは住宅地。

 これほど騒ぐとたいした近所迷惑である。


 そのマサシというのは、僕の前にこの部屋に住んでいた男なのだろうか。

 いったい彼女に何をしたのだろう。

 あの言い方だと相当恨まれている。


 僕は人違いであることを告げるために、彼女の前に姿を見せるしかなさそうだ。


 僕はため息をついた。

 顔を見せても、そのマサシという男を出せと押し問答になるかもしれない。

 それなら、家に上げて見てもらったら、納得の上帰らせることができるだろうか。

 他人に散らかった部屋を見せたくないとか考えている場合ではないだろう。


 そうためらいつつも僕は、心を決めてドアに手を掛けた。


「分かりました。いいですか? 僕は今、出ていきますよ」


 返事はなかった。

 僕は、もう一度スコープを覗いた。

 

(……いない?)


 急いでサンダルを履いて、僕はドアを押し開けた。


 そこは、通路の暗く小さい電灯一つあるきりの暗闇で、彼女の姿はなかった。

 

(消えた?)

 が、それに越したことはない。

 僕はほっと胸を撫で下ろす。

 

 飲めない酒を無理に飲んで、僕の頭がどうかしていたのかもしれないが、幻想にしては生々しい感触である。


 とんだ悪夢の夜だった。

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