第3話

 正義には常に影がある。

 それを知った上で、本当の悪意を炙り出さなくてはならない。

 彼がいったように、どんなに悪質な行いをした者でも、大事に思う友人や家族がいる。その尊厳への目配りは必要だ。

 半面、罪のない者が虐げられ、その報復たる措置が取られないこともまた不正義である。

 そのような理不尽とそれらによる多くの憎しみが、この地球上で渦巻き、日々人々のあいだで大小さまざまな争いを引き起こしている。

 憎しみのもととなった記憶をなくせば、心の傷は癒され、たった一度しか生きられない人生を生き直すことができるのではないかと私は考えたが、誰かの不都合がある限り、私の正義が無事果たされることはないだろう。


 結局のところ人間の歴史は、そのほとんどが腕力もしくは精神的暴力で占められている。

 それが人間の根本的本性で、仮に減らすことはできても、これからもなくなることはない。もはや、これは呪いといってもいい。


 彼にも親がいて、妻と子どももいるかもしれない。

 それは私だってそうだ。家には私の帰りを待つ家族がいる。

 そのことは争いを前にして忘れることができないと、拳の一つも振るえなくなる。


 私はブレードを背にしまい込み、昏倒した彼を尻目に見てバイクにまたがった。

 迷惑料としてもらい受けても、たぶん罰は当たらないだろう。

 私は身体の節々に痛みをおばえながら、そう自分に言い聞かせ、キックペダルを踏み込んだ。

 エンジンがかかる。

 スロットルを開けると、バイクは走り出した。


 そしてそこから500メートルもしないうちに、なぜかパトカーと出くわし、私はノーヘルで警官に捕まった。

 そして容赦なく反則キップを切られた。

 ゴールド免許が途絶えることになってしまったのが痛恨の極みである。

 結局は正義に限らず何事も、めぐり合わせに尽きるのかもしれない。

 生きるということは所詮、理不尽と不自由の連続だといったら、乱暴で悲観にすぎるだろうか。

 

「かー、やってらんねえ!」


 警官の去ったあと、私は草叢に腰掛け煙草に火をつけた。

 そして、酒場にいるオヤジよろしく、今日の一連の出来事の記憶を食べることにした。





(了)

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