【完結】第35話 哀しき愛のカタチ

エマとルカの悲報を受けて、カフェメンバーたちは深い哀しみに暮れていた。


「こんなことを言うのは不謹慎かもしれないけど、大切な人と一緒に最期を迎えられたエマは、きっと幸せだったんじゃないかな」とニコレッタが静かに言った。


「ルカ様もきっとエマを一人で逝かせたくなかったんだと思うわ」とソフィアも続けた。


二人は、エマとルカが共に最期を迎えたのだと信じることで、その喪失感を少しでも和らげようとしていた。


レオもまた、「エマが抜けた穴は大きいけど、彼女が育んできたカフェをこれからも盛り上げていきましょう!」と力強く言った。


エマの意志を受け継いでいきたいという熱意に満ちた思いが、レオの言葉には込められていた。


アルベールもロランもまた、エマの熱い思いを胸に抱き、カフェの未来を支えていく覚悟を固めていた。


「プチ・ペシェは、これからもずっと変わらない。この場所を必要としてくれる人と共にあり続ける。」アルベールは、カフェの開店当初からエマと共に歩んできた日々を思い出しながら、その責任の重さに気が引き締まる思いだった。


カフェの入り口を入ってすぐの壁には、プチ・ペシェの看板を背景に、すずらんの花を手にして優しく微笑むエマの肖像画が飾られていた。


この絵画の中のエマに見守られながら、プチ・ぺシェという箱庭は、彼女の魂とともにこれからも存在し続けていくのだった。


エマとルカの悲報を聞いたノアとシャルロットは、二人が飛び降りたとされた崖を訪れ、花束を手向けた。それはエマが大好きだったすずらんの花だった。


ノアは、ルカやエマたちによる一連のアジール活動については何も知らされていなかった。それは、ノアを危険な世界に巻き込みたくないという二人の配慮だった。


「もっと迷惑をかけてほしかったのに。」それがノアの正直な気持ちだった。


しかし、ノアは気づいていた。二人は、自分がルカに抱いていた特別な感情を察し、あえて距離を置いたのだということを。その優しさに感謝しつつも、同時に孤独を感じずにはいられなかった。


そんな複雑な思いを飲み込んで、ノアは二人に誓った。


「エマ、ルカ、君たちが願った理想の街の実現のために、できる限りのことをしていくから。」


ノアの声には、貴族としての責任と義務を果たしていく強い意志が込められていた。


そんなノアの隣でシャルロットがしんみりとつぶやいた。


「やっと終わったわね。これでようやくピエールも安らかに眠れると思うわ。」


ピエールを失った哀しみは決して癒されることはないものの、ようやく復讐劇が幕を閉じたことで、シャルロットは少しだけ心が軽くなった気がしていた。


「ところでノア、ようやく伯爵令嬢との結婚を決めたのね」とシャルロットが話しかけた。


ノアは、遠い海のかなたを見つめながら、「うん、ルカはもういないからね」と静かに答えた。


ルカへの思いを胸に秘めながらも、彼を見守り続けることしかできなかったノアの苦しみが、シャルロットには痛いほど伝わってきた。


「これまで辛かったわね」とノアの気持ちに寄り添うように優しく言った。


「ルカが大切しているものを僕も大切にしたかった。ルカにとってエマとの人生は、どんな犠牲を払っても諦められないものだったんじゃないかな」と苦しいその胸の内を吐露した。


子供のころからずっと追い続けてきた大切な人を失った今、その喪失感を抱えつつ、残された人生をどう生きるべきかを模索し、必死にもがくノアの姿がそこにはあった。


しばらく崖下に押し寄せる波を音を聞いていた二人だったが、その沈黙を破ったのはシャルロットだった。


「ノア、私、修道院に入ろうと思うの。」


シャルロットの突然の告白にノアは驚きを隠せなかった。


「え、どうして?」ノアは、戸惑いながら尋ねた。


シャルロットは、ゆっくり瞳を閉じて、心の奥底から湧き上がる言葉を選びながら、静かに口を開いた。


「ピエールは、私にとって家族以上に大切な存在だった。これから先、あの人以上の人と出会えるなんて思えないのよ。だから修道院で心を落ち着けて、静かな人生を送りたいの。もちろん慈善活動にはこれまでどおり協力していくつもりよ。」


シャルロットの声には、深い哀しみとともに、過去を受け入れ、新たな道を歩もうとする決意が込められていた。どんなに辛くても前を向いて進むという強さが、彼女の表情からにじみ出ていた。


そんなシャルロットの新たな旅立ちを応援するかのように、ノアは優しい笑顔を向けた。


「シャルロット、君の選んだ道を尊重するよ。」


シャルロットは上品で穏やかな笑顔を浮かべると、うれしそうにうなづいた。その笑顔は、どこか希望に満ちていた。


一方、修道院の礼拝堂では、カトリーヌがエマとルカの魂の安らぎを祈りながら、神に問いかけていた。


「魔女の復讐の呪いの矛先は、エマではなく、ルカに向けられていたのですね。ルカは、かつて魔女を処した貴族の末裔ですが、なぜ正統な継承者であるリチャードではなく、孤児として育ったルカが標的にされたのでしょう?こんな不条理な運命が許されていいのでしょうか?」


カトリーヌは、やるせない気持ちを落ち着かせながら、さらに続けた。


「ルカは、エマを何よりも大切にしていました。ですから、エマを傷つけられることで、自分が傷つくよりも何倍も深い痛みを感じていたに違いありません。魔女の呪いは、エマを通して、ルカの心そのものを引き裂き、彼への復讐を完結させたのです。。。なんと残酷な結末でしょう。」


二人の不条理な運命を前に、カトリーヌは涙を禁じえなかった。


それでもエマとルカが、魔女の復讐の呪いの苦しみからようやく解き放たれたことを、カトリーヌは神に感謝した。


そしてシャルロットという新たな同志を得たことに、深い喜びを感じていた。


大切な人に命を託したエマ、大切な人に命を託されたルカ、二人は最高に哀しい愛のカタチを示したのだ。そこには悲壮感はなく、むしろ清々しいまでの見事な人生があった。


赤く鮮やかに燃える夕日が、ベンチで寄り添う二人の影を照らし、その姿は諦めと希望が交錯する情景の中に溶け込んでいた。


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異世界で紡がれるアラフォー女性の復讐譚 ゆみりん @yikawa79

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