第34話 炎と共に消えた魔女の呪い
エマとルカが姿を消した後、伯爵邸は、シャルロットが仕掛けた炎に包まれた。
皆が最期の別れを告げた後、エマたちが地下室へ、そしてアジールメンバーたちが伯爵邸を見下ろす高台へと向かう中、シャルロットは、ひそかに屋敷の地下道を通り、奥にある倉庫へと進んだ。そこには伯爵が行ってきた数々の悪事を裏付ける手紙や契約書、日記などの証拠が保管されていた。シャルロットは、それらを急いで取り出すと、後日メディアに渡すため持ち出した。
その後、手にしたオイルランプのオイルを床に注ぎ始めた。廊下から部屋へ、部屋から廊下へと、屋敷の至る所にオイルを撒いていった。じゅうたんや家具、壁紙にまで念入りにオイルを染み込ませた。
準備が整うとシャルロットは、屋敷の最上階から深い森を見下ろしていた。
そこでルカとエマの姿を確認すると、「さようなら、ルカ、エマ」と小さくささやいた。
それからシャルロットは屋敷の中央ホールへと移動した。そこが火の手が一気に巻き起こる火種となる場所だと彼女は計算していた。
「これでようやくすべてが終わる。」
シャルロットは一息つくと、ホールを見渡しながらつぶやいた。
マッチを取り出し、ランプに火を灯すと、オイルの染み込んだ絨毯に落とした。炎はまるで生き物のように燃え上がり、勢いよく廊下に向かって広がっていった。炎が次第に屋敷全体を飲み込んでいく様子を冷静に見つめながら、シャルロットは背を向け、その場を去った。
シャルロットが屋敷を離れる頃には、炎はすでに壁や天井を舐め尽くし、激しい音を立てながら燃え広がっていた。大量の煙と炎が屋敷の窓から漏れ出し、夜空に黒い煙が立ち上っていった。
燃え盛る火の手が、富と権力の象徴をあっけなく飲み込んでいった。かつて威光を誇った邸宅が、瓦礫と化していく様子を遠くから見つめていたアジールメンバーたちは、すべてが無常であることを痛感せずにはいられなかった。
翌朝、降りしきる雨の中、全焼した伯爵邸の無残な光景が白日の下にさらされた。
壮麗だった建物の残骸は、かつての栄華を無情にも物語っていた。
焼け落ちた邸宅の地下室からは、伯爵たち10名ほどの焼死体が発見された。刑事たちの捜査により、アッシュフォード伯爵のこれまでの悪事が次々と明るみとなると、この事件は、伯爵に恨みを持った者の犯行とみなされた。だが、犯人は特定できず、事件は迷宮入りした。
深い森の捜索は、火事の翌日に降った大雨の影響で難航を極めた。二人の遺体が見つからなかったことから、捜査員たちは、二人は崖から飛び降りたのだろうと、と推測した。
この火災を境に、悪徳者を狙った襲撃事件が起こらなくなったことで、これまでの一連の事件は、アッシュフォード伯爵による犯行の可能性が高い、と報道された。クリスの配慮により、エマたちアジールの存在が表ざたになることはなかった。
魔女の復讐の呪いについても、事件当初は人々の世間の関心を集め、多くの憶測や噂が飛び交ったが、日々の喧騒に紛れて、やがて記憶の片鱗に追いやられていった。
誰も訪れる者がいない閑散とした伯爵邸跡を訪れたクリスは、入り口付近にそっと花を手向けた。エマたちと過ごした日々を思い出しながら、「人間はすぐに忘れる生き物だな」と吐き捨てるようにつぶやいた。その口調には、軽薄で無責任な世間への苛立ちが込められていた。
一方、ヴィクターもまた、現場検証のために伯爵邸跡を訪れていた。静寂に包まれたその場所で目を閉じ、かつての記憶を思い返していた。エマが背負ってきた運命の過酷さと耐えてきた苦しみの日々が次々と頭をよぎった。エマの姿を思い浮かべながら、「復讐の旅はようやく終わったな。お疲れ様、エマ」とその労をねぎらった。
エマの苦悩や決意を見守ってきたヴィクターには、彼女がようやく魔女の復讐の呪いから解き放たれたことへの安堵の気持ちがあふれていた。
もう戻ることのない日々を辿りながら、ヴィクターの心には静かな哀愁が漂い、ようやく終わりを迎えた復讐の旅への思いが染み渡っていた。
事件当夜、ルカから休暇をもらっていたことで難を逃れたセシルもまた、長年仕えてきた屋敷が廃墟と化した跡地で、耐えがたい哀しみに打ち震えていた。
「エマ様、お約束してくださったではありませんか。ルカ様のそばにずっといて下さると。それはこの世でのことではなかったのですか?あなたの優しい嘘を思い出すと、心が痛いです。」
こみ上げてくる悲しみを必死にこらえるセシルだった。
魔女の復讐の呪いに取り憑かれたエマは、その呪いを生み出したアッシュフォード伯爵家を滅ぼし、自らもルカとともにその運命に終止符を打った。
魔女の復讐の呪いは、すべての命を飲み込んで、静かに消えていった。
アッシュフォード伯爵邸が焼け落ちるとともに、かつて火刑に処された修道女の復讐劇もまた幕を閉じたのだった。
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