終末期の世界線(第二回:講評後手直し版)
実に世界の三分の一が失踪した。投稿サイトの動画はずいぶん盛って煽る。はじめはハリウッドセレブが何人かメディアから消えた。大手テックのCEOや、著名投資家が続いた。海外ではずいぶん話題になったらしい。
そんなおり、国際ハッカー・グループがリークした。ひそかに完成していた人工超知能が開発したタイムマシン。金持ち連中だけが、温暖化が進む現在から脱出していると訴え。前後10年に渡航可能な設計図をバラまいた。爆発的にアクセス数が伸びたが、数週間で消されたと締めくくっていた。金持ち連中は何時でもそうだ。納得感はある。
金曜の定時後。冷えた缶コーヒー片手に岡神と蛍原が休憩スペースにいた。防熱コートに冷房を入れながら「お先に」と声を掛けた。「野川さんお疲れ様です」二人は会釈をして話に戻る。出社しなくなった葦塚についてだ。
「10年前に行った。そこまではいいっすよ。じゃあ何で、現在にそのぶん歳を取ったアイツはいないんですかね」
「過去に戻って失踪前に俺らに会うと世界が書き換わるからとか?」
「今まであっちに行った奴らみんな、そんなこと守って行動してるんすかね」
「部分分枝や、局所交叉効果かもしれない。因果律を捻じ曲げない程度だとパラドックスは起きないって昔読んだ小説にあったよ」
日本でも著名人がTVから消えた。インフルエンサーも減った気がする。未来から来たと称する男が、日中の外出は法令で禁止されていたという動画も見た。内容の真剣さが逆にネタとして消費された。職場でもバイトのバックレや社員の失踪が増えたそうだ。俺もそう出来たはずだ。
* * *
NEWSでは報道されなくなったが、通勤のラッシュも空いてきている。しかも電車の本数も減っているようだ。最寄り駅からはマンションまで15分。秋とはいえ防熱コートのフードは深くかぶった方が冷房で頭がクリアなのだが、気が進まない。
実はネットを探し回り設計図の複製は入手している。ずいぶん骨だった。必要なものは、まず市販のスマホ。ストアから入手出来ない非公式アプリ。容量多めの外部バッテリ。今までにない特殊な巻き方をしたコイル。それらを繋ぐためのコネクタ。最後の二つは完成品がフリマ・アプリで高値で取引されてすらいる。幾つか試したが動かなかった。最後は苦心して自作した。
帰宅してソファーで、リビングの天井を仰ぎ見る。俺の考えでは、過去に戻れば歴史が変わる。パラドックスが発生し、並行世界が生まれる。だから、この世界線には葦塚はもういない。失踪したぶん人口が減っている。10年前大量に未来から人がやって来た記憶もない。だが過去に戻る気はなかった。後ろ髪が引かれない訳ではない。行けば死んだ絵里がいる。だがそこには当時の俺もいる。頭を振る。この世界線には帰って来れない。終末まで彼女の墓を誰が守るのかと自分に問う。チャイムの電子音が響いた。
玄関に駆けつける。マンションの廊下から熱風が流れ込む。冷房コート姿で、タイムマシンを譲った新婚夫婦が立っていた。
「お世話になりました。私たちが旅立てるのも、野川さんのおかげです。ご挨拶だけでもと思いまして」
男の方が言う。
「それは良かった。寂しくなりますね。お達者で」
「お手紙は必ず奥様にお渡しします」
生真面目に女が言い添えた。
「ありがとう、それで治療が間に合うでしょう」
答える俺の両手をしっかりとって握手してくれた。
室内に戻り冷蔵庫からストゼロを取り出す。「なぜ会いに行ってはいけない」頭の中で誰かがささやく。それで済まない想いの強さは自分で分かっている。「二人の未来に幸あれ」そう唱え、なにもかもを打ち消すように喉に流し込んだ。
* * *
二日酔いに耐えきれずリビングに向かう。廊下に芳香が漂う。テーブルに珈琲ポットがあり、キッチンから絵里が出て来る。
「昨日は随分飲み過ぎたものね。大丈夫?」
戸惑う彼女を抱きしめて泣いた。いつものシャンプーの匂い。体温と触れ合う肌。部分分枝か局所交叉効果か、パラドックスの用語が頭でおどる。7年の悲痛がやわらいで行く。終末を迎えつつある未来によみがえらせた葛藤。認識と記憶が書き換わっていく自覚。それすら失われていく。
月曜の朝、執務室に入る。休憩室の冷房が心地よい。岡神と蛍原の思考実験は随分進んでいた。
「みんな、過去に戻る。すると平行世界が出来るんすよね。そこでも温暖化が進行する。10年経てば、現在と過去の人間。単純に考えて倍の人たちが大挙して次の過去に戻る。ここで最初より三倍に増えているわけっしょ」
「それを繰り返すことになりそうだね。民族大移動は新しいかも」
そんなものが作れるか分からない。だが妻の為に自分もと逡巡している。だが行った後は考えてなかった。詳しく聞こうとコートを脱ぎながら割って入った。
(了)
* あとがき(第二回・所感) *
筋のキャッチーさに少し課題を感じており、最終的に、ちょっと無理筋にでも妻の「絵里」を蘇生(?)させました。そこが最終的に作中での全体的な「時間理論」の「説得力」の低下に繋がったかなーと思っています。
このあたり、もっと「手当」をするなり、蘇生させない方向で「時間理論」の「整合性」に振った方がよかったのでしょう。
(後から追記:と思いましたが、講評聞くと、柴田先生はじめ、妻の蘇生は、ポジティブに言及されていますね)
あるいは何が起こっているか「分からん」感をもっと出せれば「説得力」でたんかなとも。あとこれ最終段落で、タイムマシン作った事忘れてるんですよ。実は(w
講評で指摘いただいた、箇所の手当が全部出来ているワケではないと思いますが、ちょっと勢いで修正版作りました。
ゲンロンSF創作講座の提出版はこちら。
↓ ↓ ↓
https://school.genron.co.jp/works/sf/2024/students/lesaria3791/8687/
追記)
あとから講評を再度聞くと、リアルタイムの時より、ポジティブに評価されている感がする(笑
自分、豆腐メンタルだなぁと。ちょっと指摘を読みとり間違っているかもなので再視聴して良かった。
ノート:ゲンロンSF創作講座8期向け 秋吉洋臣 @lesaria
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