第15話
「当主まで椿に助けて貰ったのか……感謝する」
宗介が事情を聞くと深く頭を下げた。そして困ったように言った。
「俺も椿に礼をするつもりだったのに、まさか当主が先に連れて来ちまうとはな……」
宗介の言葉に成孝が口を開いた。
「こちらとしても、あなた方と会えて光栄だ」
成孝の言葉に権蔵が口を開いた。
「礼は何がいいかの~~? 鉄鋼を東稔院に回す経路を作るかのう?」
権蔵の言葉に成孝が身体を乗り出した。
「それは……本当ですか!?」
「ああ、お前さんとこの鉄道事業には正直興味がある。随分と多くの鉄を使うと聞いた」
権蔵の言葉に成孝が緊張したように言った。
「失礼ですが、そちらも西の鉄道事業に着手すると耳に挟んだのですが」
「ふふ、どこの議員に聞いたのやら……」
権蔵はそこまで言うと、今度は宗介が口を開いた。
「成孝殿。我々西条家は鉄道には手を出すつもりはない。そちらこそ、造船所建設を計画しているとか?」
すると成孝は真剣な顔で言った。
「まさか、全くの畑違いだ。東稔院は造船など考えてもいない」
しばらく沈黙した後に宗介が口を開いた。
「どうやら、俺たちを仲違いさせて潰し合わせたい者たちがいるようだな……」
さらに宗介は成孝を見ると困った顔で言った。
「恐らくだが、今日のことはいずれ奴らに伝わる……そちらも気を付けた方がいい」
宗介の言葉を聞いた成孝が口を開いた。
「西条家に付きまとっている連中のことはわかっているのか?」
「ああ。恐らく我々は船を造ることを疎ましく思っている連中だろう」
成孝が思案顔で「なるほど……」と言った。どうやら、成孝にも心当たりがあるようだった。
思案顔の成孝に向かって宗介が口を開いた。
「もう少し話を詰めるかい?」
「そうしてもらえると助かるな」
成孝も深く頷いた。すると権蔵が立ち上がり椿を見ながら言った。
「椿さん、茶には興味はないか?」
椿はきっとここにいても仕事の話の邪魔になるだろうと思い、権蔵に誘われるまま立ち上がった。
「お供いたします」
そして二人は庭に出ると茶室へと向かった。
椿の家は元々武士の家系なのでお茶も嗜むが、こんなに本格的な茶室は初めてだった。
椿が唖然としていると権蔵が「いい茶室じゃろ?」と言った。
椿は「はい」と頷きながら答えた。
そして権蔵は椿にお茶を振舞ってくれた。
心の中が空っぽになる感覚がある。
ただ、その時を感じる。
茶の湯にはそんな心を整える作用があると椿は思っていた。
たっぷりと贅沢に時間をつかって、すっかり心が落ち着いた椿は権蔵にお礼を言った。
「ありがとうございました。時を感じて、自分の背負っている命の重さを……実感しました」
椿にとって、時は背負うべきものでもあった。
椿はこれまで多くの人間の時を止めてきた。
その時がすべて椿の背負った宿命なのだ。多くの時は椿を惑わし、苦悩に
だが、心を整える時間は椿に、自覚と行動する力を与えてくれた。
「大正の世になり、多くの者が命のやり取りから解放された……死が遠ざかり、ますます楽に生きられるようになり、安寧を手に入れたはずだ。それなのになぜ、人々はこれほどまでに生きる気力を失ってしまったのかの……江戸の喧騒が懐かしいわい」
そして権蔵は空を見上げて呟いた。
「変わるのが早すぎて……ついて行けるのか怪しいな」
椿は少し笑いながら真っすぐに権蔵を見ながら言った。
「きっとこれからも変わり続けるのでしょうね」
すると権蔵も笑いながら言った。
「ああ、だが……あなたの心根が真っすぐなこと、その気高き魂は、きっとこの先も変わらないのだろうな……」
「そうあるように努める所存です」
権蔵と椿が話をしていると、宗介が走って来た。
「椿、待たせて悪かった。食事の準備が出来た。成孝殿は先に待っている。椿も来い」
権蔵は椿を見ながら笑った。
「ゆっくりと過ごされよ」
椿もゆっくりと頭を下げた。
「ありがとうございます」
そして宗介と椿は歩き始めた。
「あ、椿さん」
「はい?」
椿が振り向くと、権蔵は楽しそうに言った。
「宗介の嫁に来てほしいというのは本心じゃよ」
権蔵は楽しそうに歩いて行ったが、宗介は顔を真っ赤にしていた。
「当主、そんなこと言ったのか……」
自分の家に年頃の男女がいれば家族は皆口をそろえて言う「嫁にどうか?」という言葉を椿は深く考えることもなく「行きましょう、宗介さん」と言ったのだった。
宗介は唖然とすると、「まぁ、今はいいか」と呟くと「椿、こっちだ」と言って椿を案内したのだった。
大正リコネクション 藤芽りあ @happa25mai
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