第14話




「七介、銀座に行ってくれ」

「銀座ですね、わかりました」


 成孝は宣言通り、椿をパーラーに連れて行くために七介に銀座に行くように伝えた。

 椿が助手席に乗ろうとすると、成孝に止められた。


「椿は私の隣へ座れ」

「は、はい」


 椿は助手席の扉を閉めると、後部座席の成孝の隣に座った。七介が怪訝な顔をしているが「出します」と行って自動車を出発させた。

 そして銀座に着くと「政宗の迎えの後に来い」と言うと、七介を屋敷に返した。

 今はまだ午前中だ。これから学校が終わる政宗の迎えの後だと、半日以上もある。


(こんなに長い時間、銀座で何をするのかしら?)


 不思議に思っていると、成孝が「こっちだ」と行って歩き始めた。

 少し歩くと小さな林があって、鳥居が見えた。そこをゆっくりと成孝と椿は歩いた。


「ここの社殿は……?」


 椿の問いかけに成孝が答えた。


「有事の前はここに参るようにしている。これから大きな仕事が控えている。一度お詣りをしたいと思ってな……」

「そうですか……」


 成孝と椿が歩いていると、一人の老年の男性がすれ違った。

 椿は、はっとして男性を振り返った。


「どうした? 椿?」


 成孝の問いかけに椿は声をひそめながら言った。


「成孝様。申し訳ございませんが……こちらでお待ち下さい。決してここを動かないで下さいね」


 椿の威圧を含んだ言葉に成孝はたじろぎながら「ああ」と答えた。

 椿はゆっくりと歩いて男性を追った。

 そして、男性が鳥居を抜けた時だった。


 数カ所から銀色に輝く刃が三方向から男性に向かって振り下ろされた。

 だが刃は男性には届かず、宙に放たれていた。


 椿の一つにまとめた髪がゆらりと揺れると、男は落ち着き払った様子で言った。


「お嬢さん、ありがとな」


 椿はスカートの下から出した仕込み棒を構えながら言った。


「いえ、邪魔してしまいましたか?」


 椿は、「邪魔するな~~」と言いながら向かってきた別の男の剣をなぎ倒した。

 襲ってきた男が地面に倒れると、老年の男性が楽しそうに言った。


「いや、私には始めの刃は二本しか防げなかっただろう。君のおかげで命拾いした」


 そして最後の男が「くっ!!」と苦い顔をしながら懐に手を入れたので、椿が素早く最後に立っていた男を仕込み棒で突いて気絶させた。

 そして、男性の懐から拳銃を取り出した。


「ほう~拳銃より早く動いたのか?」


 椿は倒れた男性を見下ろすと、静かに言った。


「この方が慣れていなかっただけです。慣れない武器は……身を滅ぼします」


 男性は、「ははは」と笑うと椿を見ながら「東稔院にはいい護衛がいるな」と言った。

 そして今後は、成孝の方を見ながら言った。


「なぁ、東稔院の次期当主殿」


 成孝は眉を寄せながら椿と男性の近くまで歩いてくると声を上げた。


「失礼、どこかでお会いしましたか?」


 男性は目を細めながら言った。


「会ったことはないかの……私は西条権蔵という」

「西条家の当主殿!! なぜ、共もつけずに一人でこのようなところに」


 成孝の言葉に権蔵が困ったように言った。


「奴らもさすがに神前でことにはおよぶことはないと思ったのだが……想像よりの人でなしのようだ。鳥居を出るまで待ったと褒めた方がいいかもしれないがな」


 成孝もそれを聞いて「確かにひとでなしだ」と言った。

 そして権蔵は椿を見ながら言った。


「まぁ、神前で人を襲うような愚か者には神の鉄槌が下ったようじゃがな……」


 そして、権蔵は成孝と椿を見ながら言った。


「礼がしたい。この先に車を待たせてある。この翁の招きを受けてくれんかな?」


 

 成孝はゴクリと喉を鳴らした後に言った。


「お招き頂き感謝いたします」


 こうして、椿と成孝は権蔵の招きを受けることにしたのだった。





「ここじゃよ」


 椿たちが権蔵に連れて来られたのはとても大きなお屋敷だった。庭には枯山水を表現した日本庭園があり、広い縁側はどこまでも続いている。

 椿はこれまで見たこともないほど広い日本建築を見ながら思った。


(成孝様のお屋敷も大きいけれど、ここも大きいわ……)


 そして、通された場所は、日本的な部屋の中に赤い絨毯が引いてあり、繊細な細工の入った椅子と机の置いてある部屋に案内された。

 権蔵は、使用人に「……を呼べ」と言った。

 使用人が去って行くと、別の使用人がお茶ととても綺麗な花を持って来た。


「茶の湯用の和菓子で悪いが、味はいいはずじゃ」


 椿はつい驚いて声を上げた。


「これがお菓子!? 綺麗だわ……」


(どう見ても花にしか見えないのに!! 帝都って凄いわ……)


 椿がお菓子に魅入っていると、権蔵が上機嫌に言った。


「ははは、長らく忘れていた。私も初めてこの菓子を見たときはお嬢さんと同じように感動したものだ。お嬢さんの名前は?」


 椿は姿勢を正しながら答えた。


「椿と申します」


 権蔵は「椿か……いい名だ」と言った後に楽しそうに言った。


「椿殿。我が孫の嫁に来ないか?」

「ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ!!」


 すると隣で、成孝が凄い勢いで咳き込んだ。


「成孝様、大丈夫ですか?」


 背中を擦ると成孝が「問題ない」と答えた。

 それからすぐに、男性が入って来て声を上げた。


「この度は、当主を助けて頂いたそうで深く感謝を……椿!? まさか、恩人ってのは椿だったのか?」


 部屋に入って来たのは、椿が汽車の中でお世話になり、銀座で助けた宗介だったのだった。

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