1-12

「お里帰りなんです」

 件の高校にて、校門で最初に出会った教員にそう言った。

 だけども何が悪かったんだろう。門から中には入れても、校舎の中までは入れてくれなかった。

「駄目ですよー。ここは関係者以外は立ち入り禁止です」

 私を見付けて応対して来た、灰色の上下のスーツ姿の女性の教員は、優しくほわほわな感じで話し掛けて来た。いわゆる天然系とおぼしきキャラに見える。……これなら丸め込むのも容易いか、と思ったけど。

「いやー、私、ここの卒業生なんですけどねー」

「そうなんですか? お名前を聞いても?」

「“カサギ”と言います、先生」

 嘘吐いた。万一面倒な事になったら嫌だから、取り敢えず適当な偽名を。一文字違いだけどな。

「カサギさん。嘘ですね。先生には解りますよー」

 柔らかい笑顔を向けて。だけどなぜだかあっさりと見破られてしまった。なんでだ。淀みなく答えた筈なのに。もしやこれが、教師パワーの成せる業だったりするのか? 嘘を見破る能力……いやまさかこの人、全校生徒全ての名前を把握してるとか? 卒業生の名前まで?

 そんな馬鹿な。だけど最後の方にはなんだか威圧的なものさえ感じて来たので、「あはは、やっぱり解りました?」と乾いた笑いと共に素直に退散した。

 どうしたものか。早速計画が頓挫してしまったよ。

 一旦引いたと見せ掛けて、隙を付いてこっそり隠れて忍び込もうか。……でもよく考えたら、そうまでして夏休み中の高校に入り込んで、望んでいるものの一体何を得られるだろう。

 うん、あんまり意味がない気がする。休み故に生徒は少なく、しかも三年も前の事を知っている人物が、果して今そこに居るんだろうか。

 これは早くも望みが絶たれたか。残る大きな手掛かりは病院だろうけれど、そっちはここよりもずっと難易度が高そうだ。入り込むまではいい。それは難しい事じゃない。でもその後何かを探るってのは絶対無理だろ。例えば当時のカルテを見せて貰う――無理。

 望みが絶たれる。即ち絶望――。

 いやいや待て待て。私は断じて考えなしじゃない。

 精度は下がれど、周囲から攻めるのも作戦の一つ。教師が駄目なら、生徒が居る。

 その心当たりはある。この高校は一応は私の地元にあると言える。私の母校ではないけど、知り合いの母校ではあったりするんだ。

 取り敢えず、一旦この場を離れよう。このままずっと居ても収穫はないだろうし、あんまり目立つと不審者扱いされる可能性だってある。それでも敢えて収穫を得ようとするなら、不法侵入とか、後ろめたい犯罪行為を犯すくらいしか思い付かない。勿論、そんな危険な行為が出来る筈もない。流石に前科者になりたいなんて思わないし。

 という訳で、ひとまず学校での情報収集は諦める事にする。

 代わって向かうは駅前。目的は、公衆電話を使う事。

 今の世の中、どこに居ても誰かと話が出来るケータイデンワというものが世の中に蔓延していて、それと共に使える場所が固定されている公衆電話というものは、最早絶滅危惧種にあるとも言えた。

 ……でも、ケータイなんて持ってないって奴も居るんだよ。ここにな。

 という訳で、そんな私が外で誰かと連絡を取るには、現代ではトマソンとなりつつあるそれを探すしかなく。それがあるとするならば、人の集まる場、緊急の可能性も高くなるだろう、つまりは駅前や、他には例えばデパートの中とかしかない。

 公衆電話は本当、駅の前に一つだけが設置されていた。電話ボックス。ガラス張りの小さな部屋だ。この中に入って電話をしてると、なんだか見世物にでもなった気分になるけど。構わずその中に入って、百円玉を投入。

 電話をする相手は、ケータイを持っている。だからいつでも出てくれる筈。

 とるるるるる――というコール音が数回鳴って、『はいもしもし――』

 おお出た出た。京香っち。

「私、トキコさん。今駅の前に居るの」

『……なんです、その、どこかの怪談みたいなのは』

「アイアム、トキーコ。ナウ、エキマエーhahahaー」

『なぜにガイジンさん?』

「いやおはよう、私、私、時子姉さんだよ」

『最初からそう真面目に言えばいいですのに』

 確かにな。勢いばっかりで喋ったけど、すっごい空回りしてた感じがする。専門用語でスベったって言うんだ。

『おはようございますトキ姉さん。駅前って、もしかして、こっちに帰って来たんですか?』

「帰って来てたんだよー。京香は? 今大丈夫?」

『今日実家に帰ろうとしていた所ですよ。今は暇と言えば暇です』

「じゃあさ、今からこっちに来れる? 立ち話もなんだしさ、例の喫茶店で一服とかどうよ?」

『一服って……タバコでも吸うんですか?』

「生憎タバコは趣味じゃないねー。まあ、ちょいとゆっくりお話ししようって意味だよ」

『解りました。帰る途中で良ければ、すぐに行きますね』

「おっけおっけー。じゃあ待ってるねー」

『はい、それでは』

 ――がちゃり、と。


 ――そうして、連絡を終えて私は外に出る。蒸し暑い電話ボックスから、直射日光の突き刺さる外へ。

 さて。

 状況は完了した。故に急いで待ち合わせ場所にまで行かねば。そうして「ごめんなさい待ちました?」「ううん今来た所だよー」っていう感じのベタなやり取りでも再現してやろうかね。




「……相変わらず無茶しますね。真正面から変な噂の突撃取材して、まともに取り合ってくれる筈がないでしょうに」

 二人用の小さなテーブルに置いてあるグラス――アイスソーダをストローでゆっくりくるくる掻き回し、私の向かいの椅子に座る大学生はそう正論を述べた。少し幼い感じに見える、白い半袖シャツに緑色のスカートを穿いた女の子。なんとなく大人しめな印象を持ってるんだけど、気になったのは、髪の毛が女の子にしては短め、という事。昔――数年前に会った時には、肩を覆う程のロングヘアだった筈なんだけど。イメチェンってやつなのかな。これはこれでまあ、似合っているからいいけどさ。

 再会の喜びと納涼を兼ねて、今私達は、駅のすぐ近くにあった喫茶店に居る。外見は少々古めの一戸建てで、店の中はノスタルジックな雰囲気だった。古き良き喫茶店。地域密着なだけに、お値段だって良心的。その入口に立っている看板には、シオン――と大きく書かれていて、隣に小さく、紫苑と書かれていた。表記としては、なんだか紫苑の方が読み仮名のようにも見えている。

 ここは私が小さい頃からちょくちょく寄らせて貰っていた店であって、その頃一緒に来ていた母さんも「ここは私が子供の時からあるのよね」と言っていた。更には今にはもう居ない婆ちゃんまでも「あらここまだあったんだねえ」なんて事を言っていたものだから、これはもしやとんでもない歴史を持ってる店なのかも知れない。店員がまだ若いお兄さんな辺り、一体この店は何代目なんだろうと凄く疑問に思う。

 ……因みに、あのベタなやり取りの再現は見事に完全成功。うむ余は満足也。

「変って言えばあんたもでしょう? この前最後に言っていた話、訳解んなかったよ? なんなの、“愛しの王子姫様と絶対結ばれてみせます”って」

「む……あ、あれはいわゆる一種の気の迷いです。今もその、仲良くして貰ってはいますけど」

 アイスソーダをストローでずずっと飲んで、照れを誤魔化すように言う。

「はあ、甘酸っぱい話だあねえ」

 まったくまったく。人の趣味嗜好にとやかく言うつもりはないけどさ。因みに王子姫様っていうのは、王子みたいな姫、そして様。つまりこの子の憧れるお相手は、想像するに年上の凛々しい女の子さん、という事。うん、この子の頭の中には百合の花が咲いているに違いない。

 今目の前に居る、この女の子の名前は津田京香。――この子は私が昨日、この田舎に帰って来る時に会っていたおばちゃん達の一人、津田さんの所の娘さんだ。田舎は広いけれど、人間関係で言うなら狭いんだ。

 この子は私の妹分でもある。だから私の事をトキ姉さんと呼ぶ。二歳下で、おんなじ村での生まれなんだけど、私に遅れて別の高校へと行ってしまって、そして私が県外の大学に行ってからは電話や手紙程度しか接点がなくなってしまった。だけど、たまにこうして会うと、すぐに昔の空気になってくれる。時の流れは残酷なものとも言うけど、それに負けないものだってあるんだ。私達こそがまさにその証明だ。

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終わるアリスの刻 -Mystic Princess 真代あと @gurupamin

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