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 ――この子はコロすけ。コロボックルさんの人形の名前。コロボックルとは、今は北海道、アイヌ時代から伝えられている精霊さんの名前だ。

 その大きさは、手のひらを大きく広げて手首から中指までよりちょっと大きいくらいの身長。長い髭を生やした、小人のおじさんみたいな姿をして、民族衣装みたいなのを着ている。布で出来た人形。それがちょこんと、スポーツ鞄の中で正座していた。

 この人形は私のものじゃない。そしてまあ信じがたい事に、これは世にも奇妙な動く人形だったりする。只動くだけじゃない。自分の意思を持って動く事が出来るんだ。

 なんだか一気にファンタジーっぽい話になったな。まあちょっと、ここは一つ事情を知っておいて貰わねばなるまい。

 このお人形。元々は弟、八幡の物だ。と言っても弟が変わった趣味嗜好という事じゃなくて、これはある事情によってどこぞの誰かから貰ったという物らしい。それが突然意思を持って動き出したんだ、と。……そんなのあるかよって思うけど、実際に今ここにあるんだから仕方がない。

 その原因は、八幡の部屋にある。今S県の某大学に通っている八幡は、そこで一人暮らしをする際に、とある部屋を借りた。その部屋が、いわゆるまあ、色々あったり起こったりする、曰く付きと言われる物件だったんだ。例えば写真を撮れば見えなかった筈の何かが写り、夜に眠ればラップ音、怪しい気配が常にあり、明るい時にも何かが不気味。大学の近くで安い家賃だったものに、見事に引っ掛かってしまった訳だ。そんなとんでもない部屋なのに、今も平然と居座り続けている八幡に一番驚いたけど。

 私はその部屋を舞台にしたお話を、物書きとして色々脚色して書いた。昨日八幡に渡したフロッピーの中身がそれだ。あの中に、私の魂の結晶が詰まっている。大筋としては八幡に聞いた話を元にしているから、何よりも第一に、その八幡に感想を聞きたいと、今読んで貰っている。

 この動く人形は、まさにそのお話の主役の一人だ。以前私が八幡の部屋に突撃取材しに行った際、私はそこで動く人形を二体見ている。このコロボックル人形と、もう一体、女の子の姿の、りかさん人形と。

 今、その部屋には動く人形は一体しかない。八幡は、もう一体の方は成仏していったものだと、今も思っているんだろう。

 まあその辺りの事はまた別のお話だ。要はこの北の国からやって来た――んだろうコロボックル人形さんは、その曰く付きの部屋で、曰く的なものが取り憑いた結果、生まれた産物だという事。

 ……だけどそれがどうしてここに居るのか。八幡の荷物の中に忍び込んでいた、或いは八幡が持って来た? まあ解る話だ。じゃあなんでそれが今私のスポーツ鞄の中に入ってる?

 確かに家を出る前、八幡の部屋には行っていたから、そこから私に付いて来て、スポーツ鞄の中にこっそり忍び込んだ、っていう所か?

「くっ付いて来たの?」

 訊いてみる。すると、うん、とコロすけは頷いた。

 だけどなんでだ? その理由が解らない。私はこの子のご主人様じゃないぞ。

「なんで?」

 実際に訊いてみる。

「……」しゅん。

 なんだか少し悲しそうな感じで下を向いてしまった。

 そりゃそうか。今のこの子は、頷くとか首を振るとか、はいといいえくらいの簡単な受け答えは出来ても、喋ったりとか言葉のやり取りは出来ない。別の姿だった時とは違うんだ。可哀想に、一番知っとけよ、って思う八幡は、この子の変化には殆ど気付いてない。酷い奴だよな八幡め。教えてやらない私も私だけどな。

 むー、でもこれは。

 本当になんで私に付いて来たんだろう。考えてみても解らない。この子だってちゃんと意思があって、分別もある訳なんだから、例えば飼い猫とかが知らない間に鞄に潜り込んで寝てた――なんて程度の理由で付いて来た訳じゃないんだろう。

 せめて理由が解ればいいんだけど、難しい言葉のやり取りは出来ないし……なんとなく嫌な予感がするぞ。曰く的な意味で。

「……まあいいか」

 楽観する。

 旅は道連れ世は情け。二人で居れば、多少は退屈しないで済むだろう。

「来ちゃったものは仕方ないしね。こうなりゃ一緒に遊んで貰うよー」

 スポーツ鞄の中からコロすけを抱き上げてやる。そのさまはまさしく大人しい飼い猫みたいだった。他の乗客が、珍しそうな目でこっちをちらちら見てたけど。だからなんだ。いいじゃないか。この子は友達なんだから。




 ――でも流石に、町中でこの子が動くとかして貰っちゃあ困るな。

 バスが目的のバス停に止まる直前、コロすけにはスポーツ鞄の中で決して動かないように厳重に言い聞かせて、それから私達はバスから降り立った。冷房の効きがいいとは言えないおんぼろバスだったけど、それでも日陰ではあったし、窓を開ければ吹き抜けて来る風もあった。

 今にはそれが殆どない。うだるような暑さだけがここにある。

 毎年思うんだ。今年の夏は暑いねーと。

 ……毎年の事なんだから当たり前じゃねーかよ、と思いながら、まずは駅前のバス停から、目的の高校を目指して歩いていく。きつい日差しの差し込む町中、汗を掻きながらいろんな人が歩いていく。お盆休み中だからか、昼近くの時間だけど一般の人も多く居る。そして高校に近付くにつれて、騒がしい声――恐らく外でやっている運動系の部活の掛け声だろう、それが大きくはっきりと聞こえて来た。世間はお盆休みだってのに、元気な連中も居るもんだねえ。

 そんな事を思いながら、三階建ての、一際目立つ大きな建物へと近付いていった。

 ――県立浅葉高等学校。地元では、なぜだかアサバシ高校と呼ばれている。理由は解らない。だけど地名からしてそうなんだ。ここは記録上は“浅葉”という地名なのに、ここに居る住人はみんな“アサバシ”と呼んでいる。確かにここは、明治の初め頃から浅葉市という事ではあるんだけど、そういう意味で言ってるんじゃないとは思う。ここの住民達に、古くからの何か言い知れない拘りとかがあったりするんだろうかな。

 話がずれた。ともかく、少女Aはその浅葉高校に入る予定だったらしい。もっとも、少女は授業も受けられず、卒業だってまるで叶わない夢と化したのだけど。

 であるのに、なぜだかそこに居たんだという。校舎の中に居て、誰かと話もしていて、授業さえも受けている。おかしな話がここにある。

 因みに私も、その当時は高校生だった。今向かっている所とは別の場所なんだけどな。これが私の通ってた学校だったなら、「お里帰りです」とかいう言い分で潜入も出来たんだろうけど。

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