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 私は自動車免許なんて持ってない。

 田舎を移動するとなれば、自動車、或いはバイクなどは必需品と言ってもいい。なにせ色々なものが遠くにある。バス停だってそうだ。遠くにある。もっとも車に乗れれば、わざわざ乗る時間の決まってるバスに乗り込む必要なんてないだろうけど。道と燃料さえあれば、どこにだって行けるんだから。

 じゃあ、免許がない奴は?

 必然、選択肢は狭まる。

 1 徒歩。

 2 自転車。

 3 誰かの車に乗せて貰う。

 ――という訳で。私は今、自転車に乗って田舎のあぜ道を進んでいる。肩から後ろへ、少し軽くなったスポーツ鞄を掛けて。これを持ち歩いて外に出るのは当然の事。私にとって大切なものを色々と入れてある鞄なんだから。

 自動車の運転が出来ない子供にとって、自転車こそが田舎での生活における必需品だ。移動時間を半分以上短縮出来る自転車スキルは、この辺りの子供が全員持っていて当たり前の事だった。

 当然ながら、私もマイ自転車を持っている。いわゆるマウンテンバイクというものだ。悪路でも田舎道でも結構強引に進んでいける凄い奴。その愛車は実家の納屋の奥に仕舞われていて、正月ぶり、半年以上も姿を見せなかったご主人を快く迎えてくれた。

 自転車は私に力を与えてくれる(足回り的な意味で)。結構長い付き合いがあるこいつは、私が中学生の頃からずっと使い続けている奴だった。その頃には一日中酷使した時も少なくない。だから故障する事も多かったんだけど、その度に何度も修理の手を入れて復活して来た、不死鳥(フェニックス)のような奴だ。故にフェニー号と名付けている。一時期には原付バイクへの浮気も考えたんだけど、それは金銭的な事情と、試験勉強がめんどいという理由によって断念せざるを得なかった。

 そのフェニー号を頑張って漕いでいくと、十五分程でバス停まで行けた。所要時間は歩きの半分以下。朝方の日差しが強くなる前だったから、体力の減りも少なく、汗もあんまり掻かずに済んだ。昔、高校に通学していた際には、このバス停に幾つも学生達の自転車が置かれている光景が見られたものだ。そしてバスが来るまで生徒達が談笑している。昨日見たテレビの事や、他愛のない話。それが平日、毎日の事だった。

 自転車をバス停の陰に置いて、鍵掛けて。後はバスが来るまでバス停のベンチに座ってぼーっと夏空を見上げている。ベンチの所には古ぼけたひさしが付いているから、直射日光だけは防げる。たまに風が吹いたりすると爽やかに涼しくなってくれたり。逆に風が吹かないとじめじめした蒸し暑さになるんだけど。それ対策に、スポーツ鞄の外ポケットには扇子を一つ入れてある。それを開いてぱたぱた扇ぐだけでも、効果は抜群、若干な涼しさを体感する事が出来たのだった。

 暫くそうしていると、このバス停にちらほらと人が集まって来た。私と同じく町にまで行こうとする者達だ。おはようございますと、人が来る度に挨拶していく。殆どが顔見知りだった。田舎は人が少ない故に誰かと知り合う可能性も多くなるんだ。

 そしてその内の数人からこう聞かれた。「帰って来る時、三国さんの所にお水貰いに行ったんだって?」こんな昨日の事が、もういろんな人に知られている訳だ。

 引きつり笑いで返したけど、これはもう夕方帰って来る頃には、村のほぼ全員に知れ渡っているに違いないな。


 朝の第一便バスに乗って、隣町へ。

 これは複雑な事でもなんでもない。只私が帰って来た道を、少し戻るだけだ。

 隣町には電車の駅がある。今の私が住む都会からは、電車にでも乗らないととてもここまで行き来は出来ない。

 ――あの事件の舞台となった町。ミステリな噂の発祥地。

 帰省の直前に、件の土地には一度足を踏み入れていた。




 家からおよそ一時間、それが隣町への所要時間。

 バス停まで行き来する最中もだけど、バスにも乗って二度目ともなると、外の景色を見ているだけなのも退屈になる。もっとも以前、数年前にはほぼ毎日見ていた光景なんだけど。それから殆ど変わっていないとなると、やっぱり退屈だ。

 変化の乏しい、ゆっくりと流れる空気。田舎ってのはそういう所だ。そうしたものに飽きたが為に、私は田舎を飛び出していったんだ。今みたいに、たまに触れるような事ならいいんだろうけれど。

 そうして都会の空気に感化された私は、外に出る時にはいつも、ポータブルなCDプレーヤーを持ち歩いている。ノートパソコンもそうなんだけど、今はそれは弟の所に置いてあるから、今持ってる鞄がいつもより軽くなっている。

 他にも、文庫本や携帯ゲーム機とかも鞄には入っているんだけど、比率としては暇な時には音楽を聴く頻度が多いかな。好きなジャンルはなんでも。琴線に触れれば、何かと問う事もない。その割には、嗜好が偏っていると大学の友人からは言われるんだけど。確かにポップス――流行の歌はあんまり知らない。なんだか聞く気がしない気がする。ありきたりのものには興味もないし。だからカラオケなんかにもあんまり行かない。レパートリーがどうしても昔の曲に偏ってしまうし、歌える曲が増える事もあんまりないし。場を盛り上げられる曲っていうのも、どんなのがいいかとか解らない。音楽が嫌いって訳じゃなくて、趣味が偏ってるってのは、自分でも自覚は出来ている。

 閑話休題。という訳で。暇な時にお勧め第一弾、フランツ・シューベルト特集。まずは野ばらから、ますなどを経由して、魔王が終わる辺りで到着と予想する。

 スポーツ鞄のチャックを開き、その中からCDとイヤホン付きのプレーヤーを探して、がさごそと漁る。


 ――ぴとっ。


 ……あれ?

 手に、何かが触れた気がした。

 ちょんちょん。

 何か、おかしい。

 手に変な感触がある。手を突っつかれたみたいな。

 そんな馬鹿な。自動で動く何かがない限り、手を突っつかれる事なんてある筈がない。

 ……スポーツ鞄を完全に開けて、覗き込んで見てみる。

 手に触れて、目に映って、そこで動いて手を突っついて来たものを、脳が理解するのに少々手間取った。

「……うおっ、コロすけ?」

 わざとらしい程の長い間から、やっと単純な言葉が出て。

 ぺこっと。コロすけことコロボックル人形が、スポーツ鞄の中でお辞儀をした。

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