case.008 酒呑童子
それからは姫花の一方的な蹂躙劇だった。
怪異が攻撃してもそれらは姫花の残像だし、どこからともなく光の斬撃が飛んでくるし。
自分の攻撃を全て上手く使い熟していた。
俺もああならなきゃいけないのか……。
そう思うと、気が重くなる。
転生して、以前の記憶もなく、ずっと不安だ。
平和な日本で過ごしていた頃の記憶しかない。
そんなんでどうやって怪異や妖怪と戦えば良いんだろう。
神器の顕現すら覚束ない。
境内顕現に至っては絶対に不可能だ。
思考がナイーブになっている間に、姫花は怪異を倒しきった。
「終わったよ、玲! どうだった!」
「ああ、滅茶苦茶凄かったよ」
「ホント!? 良かったぁ……。玲に修行してもらった甲斐があるね」
俺の言葉に嬉しそうにする姫花。
結局、彼女が喜んでいるのは俺の言葉じゃない。
俺が転生してくる前の俺の言葉に、喜んでいるのだ。
ズキッ、と頭が痛んだ。
何か、忘れているような。
でも何かが分からない。
何を忘れているのだろうか……。
しかし……俺は姫花を前線に出させて後方師匠面でもしてれば良いのだろうか。
あいつは俺が育てた一番弟子だ、みたいな。
……いや、それはないだろう。
そんな無責任なこと、俺はしたくない。
女の子だけを危険な目に遭わせて、手柄を挙げたら俺のおかげだと言い張るのは、やっぱりちょっとダサい。
しかし俺は戦えるのか?
本当に足手纏いにならずに戦えるのか……?
誰か、頼れる人がいれば良いんだが……。
って、三島さんはどうだ?
さっき連絡をくれた三島さんに事情を話して、戦い方を再び教えて貰うってのは?
有りかもしれない。
後でこっそり連絡を取ってみるか。
「それじゃあ、そろそろ帰ろっか」
「そうだな。助かったよ、姫花」
俺が何気なくそう言うと、彼女はとても嬉しそうな顔をした。
『やった! 玲に褒められちゃった! 嬉しい! 最高!』
しかしその感情も、俺に向けられたものじゃない。
俺はただの張りぼてだ。
そのことを思うと、少し空しくなってくるのだった。
+++
家に帰り、三島さんに結果を報告するといって一人寝室に行き、電話をした。
「もしもし」
「ああ、桜宮か。どうだ、終わったか?」
「はい。倒しました」
「そりゃご苦労。じゃあまた何かあれば連絡する」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
すぐに電話を切ろうとした三島さんに、俺は慌てて制止の言葉を掛けた。
受話器の向こうから訝しげな声が聞こえてきた。
「……何だ? 私はこう見えても忙しいんだ。急用じゃなければ容赦はしないぞ」
「いえ、大丈夫だと思います」
「そうか……。じゃあ、言ってみろ」
そして、俺は話し始めた。
他の世界線であろう日本から転生してきたこと。
その時にこの身体の人格を乗っ取ってしまったこと。
戦う術を全く知らないこと、などを話した。
すると、三島さんは考えるように沈黙してしまった。
それからゆっくりと俺に尋ねてくる。
「神器は……出せたのか?」
「はい。盾とハンマーと剣に変形する神器でした」
「……そうか。分かった。明日の朝、〈
「分かりました」
「そこで色々話を聞いてやる。それまでは大人しくしてろ」
それで電話は切れた。
そして次の日、俺は言われた通りに〈高天原大群〉の本拠地に来ていた。
姫花と杏奈も来たがったが、三島さんの名前を出したら渋々諦めてくれた。
そこは巨大なビルだった。
俺の住んでいる高層マンションよりもデカい。
俺は中に入り、受付嬢に用件を伝えると、ちょっと待ってろと言われた。
待っていたら、突然背後に気配を感じて――。
+++
目を覚ますと、手足を縛られて地面に寝かされていた。
何だ?
何が起きたんだ……?
さっき、待っていたら突然背後から教われて……。
眼球を動かして周囲を探る。
しかし何も見えない。
真っ白な、何処までも白が続く空間だった。
「……目覚めたか、桜宮」
「貴女は……?」
一人の女性がその空間に突如として現れて、俺の方に近づいてきた。
俺が誰何すると、彼女は興味深そうに俺を見下げた。
「やはり本当に記憶がないみたいだな」
記憶?
何のことだ?
俺は人格は乗っ取りはしたが、自分の記憶を失ったつもりはない。
訝しげに眉を寄せると彼女は言った。
「いや、それに関しては気にしなくていい。私は三島結菜。お前の上司だ」
あっ、この人が三島さんなのね。
彼女は寝かされている俺の横まで来ると、しゃがみ俺の腹部を指先でなぞりながら言った。
「今、お前は不安に思っているはずだ。ここはどこだろう、と」
「ええ、そりゃもちろん、そう思いますね」
「ということで、仕方なく教えてやろう。ここは中間世界。神々の住む上位世界と現実世界との狭間だ」
「どんな場所ですか、それ……。そもそも、なんでいきなりそんなところに……?」
その問いに、三島さんは答えなかった。
代わりに刃のない剣を取り出した。
「それは……?」
「これは霊刀〈神帯〉だ。これで斬られたものは――」
サクッ。
刃のない剣が俺の胸に突き刺さる。
瞬間、悪寒とともに周囲に無数の目が見え始めた。
「な、な、な、なななななななな、ななななななななななななな、な、に、これ……」
恐怖で壊れたオモチャのような声を出してしまう。
隣の三島さんは冷静に言った。
「これは神々の目だ。大丈夫、下手なことをしなければ危害は加えられない」
ゴクリと思わず唾を飲み込んだ。
それは逆に言えば、下手なことをしたら終わりってことだ。
「さて……これからお前の拘束具を外す。外れたら最後、必死で生き延びてみせろ。今から出現する妖怪を討伐してみせろ。全てが終わった頃には、おそらく前と同じ力を手にしているはずだ。……なぁに、そんな恐怖しなくてもいい。ここでは死んでも死ななかったことになるからな」
そう言い終わると、俺を拘束していたものが全て消えた。
同時に三島さんも消え、目の前にあった無数の目も消えていった。
代わりに、一人の少女が立っていた。
「お主、妾と遊んでくれるのかえ?」
酒瓶を持つ小柄な少女だ。
「アンタは?」
俺が起き上がりながら尋ねると、彼女はケタケタと笑いながらこう答えた。
「ヒック……妾は酒呑童子。ただの大酒呑みよ」
+++
それから酒呑童子を名乗った少女はこう言った。
「お主はこれから何度も死ぬことになるだろう」
「……どういう意味だ?」
「そのままの意味だ。私に何度も殺されるということだ」
そう言って彼女は口元を三日月に歪めた。
ゾッ、とする。
全身の鳥肌が逆立つ。
そして次の瞬間、酒呑童子の姿が、ブレた。
「あ、え……」
見下げると、腹の半分がなくなっていた。
最初、その状況が全く飲み込めなかった。
腹がない、ということは分かる。
そのことは言葉として認識しているのだけれど、現実としては認識できていなかった。
人間の脳は直前との差異だけを認識しているらしい。
そうすることによって、処理の負荷を減らしているのだとか。
おそらく俺は、腹がなくなったという差異を、認識しきれなかったのだろう。
その差異が大きすぎて、処理が追いついていないのだ。
そう。
久しぶりに会った人間が変わりすぎていて誰だか分からないといった状況に近い。
腹がない、ということを俺は認識しきれず、ただボンヤリと自分の穴の開いた腹を眺めていた。
ふらりと身体が倒れ込む。
バランスを保てなくなったのだ。
べちゃりと、まるで肉塊が落ちたときのような音が鳴る。
ようやくそこで現状を脳が認識し始める。
「が、あ……あ、あ、があぁあああああああああああああぁああああああああああああぁあああああぁああああ!」
痛い!
痛い痛い痛い!
燃えるような痛みだ。
全身が、脳が、沸騰するような熱を持ち始める。
脂汗が湧き出てくる。
その中で、やけに意識だけが冷静だった。
ああ……このまま俺は死ぬんだろう……。
何故かそのことを俺は自然に受け入れられた。
そうして俺は、呆気なく一回目の死を迎えた。
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序盤で闇堕ちする悪役巫女を全力で救った結果 AteRa @Ate_Ra
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