case.007 退院祝い

「玲、こっちのオムライス、食べさせてあげる。美味しいから」

「玲さん。こっちのハンバーグも美味しいですよ。ほら」


 現在、俺は姫花と杏奈に挟まれながら料理を食べさせてもらっていた。

 左手が義手だからという理由なのだが、別に右手は使えるし、リハビリしたから左手だってそれなりに動かせる。

 自分一人で食べられると思うんだけど、それを言い出す勇気はもちろん俺にはなかった。


 二人とも笑顔なのに、何か空気がクソ重い。

 おそらく互いに嫉妬しているんだろうけど、それを見せないために無理して笑顔を見せている感じだ。


 おい、俺が転生する前の俺!

 一体お前は何をしたんだ!

 なんでこんなになるまで放置したんだよ!

 くっ……二人の愛が重すぎるぜ……。

 しかもその愛って別に俺に向けられているものじゃないしな!

 記憶を失う前の俺だしな!

 ちくしょう!


「玲、どっちが美味しい?」

「玲さん、どっちが美味しいですか?」


 そんなこと、俺に聞くんじゃないぁい!

 それに姫花!

 お前の心の声、ダダ漏れだからな!


『私って言って私って言って私って言って私って言って私って言って私って言って私って言って私って言って』


 言えるか、ぼけぇ!

 俺は曖昧に微笑んで、超安全圏な答えを提示した。


「どっちも美味しくて優劣なんて付けられないよ」


 ふははっ!

 これで俺のストレスも軽減されるは……


 二人はぐいっと顔を近づけてこう言った。


「「どっちかと言えば?」」


 そんなに相手より優位に立ちたいのかよ!

 いやでもマジで、どっちも美味しくて優劣が付けられないのは本当なんだけどなぁ……。

 俺が困ったような顔をしていると、二人とも我に返ったのか身を引いて謝ってきた。


「ご、ごめん。熱くなりすぎてた」

「私の方もごめんなさいですね。ちょっと熱が入ってしまっていました」

「い、いや、いいんだ。だがどっちも美味しいのは本当だぞ」


 ふぅ……。

 これにて一件落着。

 俺もストレスから解放され……


 プルルルルルル。


 俺のスマホが着信を鳴らした。

 誰だろう?

 そう思い画面を見てみると、三島結菜と書いてあった。

 いや、本当に誰だ?

 とりあえず出てみよう。


「もしもし」

「なあ、桜宮。いつも私は言ってるよな? 私が着信を入れたら三秒以内に出ろと」

「へ?」

「なんだそのやる気のない返事は。殺されたいのか? ああ?」

「い、いえ! 滅相ももございません!」

「ふん。やろうと思えば、良い返事も出来るじゃないか。いつもそうしろ」


 何なのこの人!?

 クソ物騒なんですけど!?


「というわけで、お前、今日退院したらしいな」

「あ……はい、おかげさまで」

「おう、おめでとう。私から入院生活で鈍ったお前にプレゼントがあるんだ」


 おおっ!

 おっかない人かと思ったら、案外優しい人なのかも!

 プレゼントだなんて、ふとっぱらぁ!


「今日の二十一時、**駅の周辺で怪異が出ると巫女が予言した。向かえ。そして討伐しろ」

「へ?」

「また怒鳴られたいのか? 返事はちゃんとしろ」

「は、はいっ! 申し訳ございません!」

「それじゃあ、頼んだぞ。良い報告を待っている」


 それだけ言って通話は切れた。

 はぁっ!?

 プレゼントって指令ですか、そうですか!

 なんて人使いが荒いんだ!

 てか、今の人、俺の上司かよ!

 ゲーム時代、主人公の周井もそうだったけど、やっぱり〈高天原大群〉ってやべぇやつしかいねぇのな!


 ……って、待てよ?

 俺、戦い方知らなくね?

 神器の出し方とか、〈境内顕現〉のやり方とか、知らないんだけど。

 どうやって戦うの?

 ねえ、これどうやって戦うんですか!

 ああもう、泣きそう。

 マジ泣いてもいいっすか?


「玲、今の三島さん?」

「ああ、そうみたいだな」

「じゃあ指令が入ったの?」

「ああ、そうみたいだな」

「……病み上がりの人にいきなり指令するなんて、三島さんもなかなか鬼畜だね。……許せない」

「ああ、そうみ……って、なんか言った?」


 なんか今、低い声で物騒な台詞が聞こえた気がするんだけど。

 許せないとか何とか。

 いやぁ、流石に気のせいだよね〜。

 俺の言葉に、姫花はケロッとした表情で答えた。


「いや、なにも?」


 そうだよね〜、そりゃ良かった。


「まあ、そういうことだから。俺、十九時くらいに家出るわ」


 駅までどのくらいかかるか知らないけどな!

 流石に二時間早く出れば間違いなく間に合うだろ。

 ……え? この場から逃げようとするんじゃないって?

 ソンナコトナイヨ、シゴト、ネッシンナダケダヨ。


「私もついて行く。今のままの玲を一人で行かせるわけにはいかない」


 え、マジ?

 姫花って戦えたの?

 ゲームでは巫女だと騙されていた一般人じゃなかったっけ?


 しかし姫花が戦えるなら百人力よ。

 流石に俺一人では心細かったところだ。

 よかった、助かるぅ。


「私は……流石に足手纏いになると思うので、お留守番していますね」


 続いて杏奈はそう言った。

 よしっ!

 完璧な状況になりつつあるぞ!

 これはストレスフリーなのでは!?

 ワンチャン、秘めた力が覚醒までしちゃうのでは!?

 ようやく俺の転生物語が始まるのでは!?



   +++



 結果。

 始まりませんでした。


「なんで二時間前から怪異が現れてるんだよぉおおおおおおおおおぉお!」


 三島さんは二十一時に予言されたと言っていた。

 俺は指定された場所が分からなかったので、余裕を持って二時間前に出た。

 そしてついてきた姫花がコンビニのトイレに行った。

 その直後、俺の目の前で怪異が突然発生した。

 俺は怪異に立ち向かおうとしたが、神器の出し方も分からず、とりあえず全力で逃げ出した。

 今ここ、である。


 マジで、神器ってどうやって出すの!?

 右手を振ってみる。

 何も出ねぇえええええええええ!


 ——ちらっ。

 うわっ、ちかっ!


 ブヨブヨの肉体が眼前まで迫っていた。

 マジでキモい。

 もうヤダ、この世界。

 転生とかしたくなかった。


 しかし泣きべそかいていても仕方がない。

 何とか立ち向かわなければ。

 俺が何とかしないと、他の人が犠牲になってしまうかもしれない。

 何もせずに殺されるくらいなら、何かして殺された方がマシだ。


 地面を靴底で擦るように止まり、勢いよく振り返る。

 振りかざすは己の拳。

 さぁ、いざ尋常に勝負……ッ!


 って、無理無理!

 勝てるわけねぇって!


 ブヨブヨの肉体から一本の触手みたいなのが飛び出して、俺の襲いかかってくる。

 ああ、死んだな、俺……。

 すまんみんな……。

 そう思いながら、俺は反射的に右手を翳していた。


 瞬間、バチバチと電撃が走り、俺の手には大きな盾が握られていた。


 ガツンッ!


 あっ、あぶねぇぇえええ!

 何とか生き延びた!

 よく分からないけど、この盾が俺の神器なんだな!

 攻撃力はなさそうだけど、とりあえずこの角でぶん殴るか!

 そう思って振りかざした瞬間、形状が変わりハンマーになった。


 ドゴンッ!


 振り抜くと、怪異の土手っ腹に大きな穴が開いた。

 え、何これ。

 いきなり変形したんですけど。

 何かこの神器、凄いヤツなんじゃない、実は。

 よ、よし。

 試しに……剣になれ!

 ……おおっ! 凄い、ちゃんと剣になったぞ!


 よっしゃあ!

 ブッ刺してやんぜ!


 って、あ……。

 拙い。


「えぇええええええん! うえぇえええええええええん!」


 近くで子供が転けて泣いている。

 怪異がそれに気がついた。


 怪異は人に取り憑いて妖怪となる。

 子供に取り憑かれたら、その子供も、俺たちも、終わる——。


 怪異の触手が伸びた。

 子供と接触する瞬間、斬ッ、と触手が輪切りにされた。

 どこからともなく、光の斬撃が飛んできたのだ。


「店の前から居なくなったと思ったら、こんなところにいたんだ。間に合って良かった」


 長い三日月型に反り上がった刀を持った姫花がいた。

 あ、あぶねぇ……。

 助かった……。

 そういえばさっきから脳内に姫花の、何処にいったの、って声が響いていた気がするな。

 逃げるのに必死で気がつかなかった。


『これで玲の役に立てたかな!? 立てたよね!?』


 姫花がそんな風に舞い上がりながら、刀を怪異に向けてこう言い放つのだった。


「私がぶっ潰すから、玲は見てて。この一ヶ月の成果、見せてあげる」

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