case.006 勘違い
鬱ゲーモブに転生してから一週間ほどが経った。
俺は杏奈に見守られてリハビリを続ける日々を送っていた。
何で転生して初っ端からリハビリなのか。
神様がいるのなら小一時間ほど問い詰めたいところだ。
そして今、更に不思議なことが起こっている。
「玲! 貴方の言った修行のおかげで〈神通〉がよりコントロールできるようになったよ! ありがとう!」
え!?
あれで良かったの!?
それに〈神通〉って何!?
ゲーム時代とは少し世界観が違うのかな?
パラメーターとかステータスがあるわけじゃなさそうだし。
「そ、そう……それは良かったじゃん」
口元を引き攣らせながら俺は分かったように何度も頷く。
絶対、適当ぶっこいたなんて言えない……。
しかも彼女の心の内は――。
『はあ……流石は玲だなぁ……。もっといっぱい頑張って玲の力になれるようにならないと! 玲は今、片手片足を失って大変なことになってるから、なかなか怪異と戦えないしね!』
うわぁ……中身が入れ替わってるってこともこれじゃあ言えないなぁ……。
前の俺がどんなやつだったかは知らないけど、姫花の愛は俺じゃなくて俺の前の人格に捧げられているわけだしな。
しかし、口調とかも変わっているはずなのに、あまり違和感を抱かれていないのは有り難い。
前の人格は意外と、俺とかなり似ていたのかもしれないな。
「……あの」
姫花とそんな会話をしていたら、杏奈がおずおずと話しかけてきた。
「どうした?」
俺が尋ねると、彼女は一瞬迷ったように視線を泳がせて、その後、決意したような目でこちらを見てきた。
「私にも、怪異との戦い方を教えてください」
「…………え?」
怪異との戦い方?
何で?
杏奈って確か巫女の一族の末裔だったよね?
しかも最高位の巫女の。
日本で名字を持たないのは天皇家と杏奈の家系の二つしかないと言われるくらい由緒正しい巫女の家系だ。
巫女ってのは、ゲーム時代の設定がそのままであれば、怪異の出現を予言できる力を持つ。
杏奈は、ゲーム時代では、ごく稀に主人公の前に出てきて予言だけ伝えて消える、というだけの存在だった。
少なくともメインキャラではなかったはず。
そもそも
分からないことだらけだ。
目を白黒させている俺に、杏奈は自ら説明してくれる。
「確かに私は巫女で、本来戦う力なんて必要ありませんし、特定の神を降ろすことも出来ません。でも、先日の襲撃で私は思ったんです。力がないと生き延びられないんだって、戦う力が欲しいって。だから、戦い方をレクチャーして欲しいのです」
俺を頼ってくれるのは嬉しいのだが、あいにく今の俺はその答えを持ち合わせていないのよねぇ……。
だって俺も、何も知らないんだから。
逆に俺だって教えて欲しいくらいだ。
しかし、彼女たちには何も知らないことは伝えられないしなぁ……。
転生したってことを伝えたら、何も覚えてないってことを伝えたら、絶対にこの二人は病むという確信があった。
何故だかは知らないけど。
ううっ……胃が痛いよぉ……。
何で転生してまでこんなストレスを抱えなきゃいけないんだ……。
もっと転生って楽しくてストレスフリーなものなんじゃないのかよ……。
もちろん、杏奈の願いに俺が取れる選択肢は頷くことだけだ。
「わかった。任せろ。俺が杏奈をきっちり一人前に仕立て上げてやるからな」
「ありがとうございます。流石、頼りになりますね」
「……思ってないだろ?」
「そりゃ思ってますよ。何せ、あの桜宮玲に教われるのですからね」
あのって何だよ、あのって!
以前の俺は何をやったんだよ!
「それじゃあ、まずはリハビリを頑張りましょう」
「あ、ああ。そうだな……」
ああ、ストレスで胃が痛い……。
いつになったら俺は転生する前の自分の記憶を取り戻せるんだ……。
取り戻せないオチとか、止めてくれよな……。
+++
それから更に一ヶ月。
俺と杏奈は退院することになった。
「お疲れ様でした。お大事になさってください」
看護師さんにそう見送られ、俺たちはタクシーに乗り込む。
もちろん俺は自分の家の場所なんて知らなかったから、こっそりスマホのマップアプリで自宅登録している場所を調べておいた。
その住所を運転手さんに伝えて、いざ出発。
あ、ちなみに杏奈もうちに泊まることになった。
住んでいた神社が全焼してしまったらしい。
一体何があったんだ……。
まあ俺の身体がボロボロな時点で、何か強敵と戦ったってことは分かるな。
『今日は玲が帰ってくる日♪ ちゃんとお片付けして、綺麗な状態で迎え入れられるようにしとかないと! ようやくあの杏奈とかいう幼馴染と別れて、私との二人の時間が戻ってくるんだからね! ああ、楽しみだなぁ〜』
うん、今から既に胃が痛い。
今聞こえてきているのは姫花の脳内の声だ。
何故彼女の脳内の声が距離が離れた状態でも聞こえてきているのかは知らない。
ひとまずはそういうものだと思っておくしかない。
しかし、姫花には杏奈がうちにくるってのを伝え損ねてしまっていた。
そもそも姫花と同棲していることを知ったのが昨日、杏奈がうちに来ることを知ったのが今日だ。
時すでに遅し、どうしようもなかった。
回避不能の修羅場トラップである。
ゲームにありがちなダンジョンの転移トラップよりも恐ろしい。
胃痛薬を買ってから帰ろうかなとか考えていたら、タクシーがうちに着いてしまった。
どうやら俺は高給取りだったらしく、高層マンションに住んでいるみたいだ。
スマホの電子決済で料金を払い、タクシーを降りると、俺はポストを確認する振りをして部屋番号を確認した。
桜宮、桜宮っと……あ、あった。
一八〇七号室か。
なかなか高いところに住んでるんじゃないの。
財布に入っていたカードキーでセキュリティーを開け、エレベーターで十八階まで昇る。
そして一八〇七号室の前まで来た。
「ゴクリ」
「何してるんですか。早く入ってください」
この先の修羅場を想像して緊張していると、杏奈にそう急かされる。
し、仕方がない。
ここは覚悟を決めろ、俺。
玄関を開けた。
「おかえり、玲! 玲のために今日は一生懸命家事を頑張った……ん、だよ……?」
玄関を開けたら姫花が出迎えてくれた。
そして俺の隣に立っている杏奈を見て、表情を固めた。
あ、徐々に感情が死んで言っているのが分かる。
目からハイライトが消えていっていますよー、ヤバいですよー。
「なんで? なんで杏奈さんがいるの?」
「い、いや、だって、家が焼けちゃったって……」
「ああ……そう、そうだよね……うん、それなら仕方がないよね……」
う、うわぁ……。
凄い落ち込みっぷりだぁ……。
既にもう、胃が痛い。
しかし思ったような修羅場じゃなかっただけマシか?
罵り合いにならなくて良かった。
「……私、やっぱり帰った方がいいでしょうか?」
あっ、こっちも落ち込んでるよ!
そんなこと俺に聞かないで!
どっちに答えても俺の心が死ぬ未来しか見えないから!
しかし杏奈を放っておくことも出来ず、俺は言った。
「そんな、帰らなくていいよ、大丈夫……だと思う……うん」
そう言ってチラリと姫花の方を見る。
あっ、完全に瞳から光が消えた。
『私の玲が、なんで杏奈さんを取ったの……何で、私の玲なのに、私が一番最初に助けてもらったのに……何で、どうして……どうしてそんなことを言うの……』
わぁああ……。
脳内がすっごく病み散らかしてるよぉ……。
マジヤバい。
お願い、誰か助けてくれ……。
そもそも俺、なんでこうなってるのかも分からないんだってば……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。