case.005 死闘の末
チラリと自分の左腕を見る。
いまだ黒ずんでいて使い物にならない。
不利な状況だ。
万全の態勢ではない。
なのに、中級妖怪を一人で退治しなければならないらしい。
「はっ……! やってやろうじゃねぇの」
冷や汗が激しく吹き出る。
恐怖だ。
目の前の球体の生物に恐怖しているのだ。
鋭い歯が並んでいるのが、少し開かれた口の隙間から見える。
怖い。
戦いたくない。
今すぐにでも逃げ出したい。
しかし背中には死にかけの杏奈がいる。
気絶している姫花がいる。
逃げれば間違いなく二人は殺される。
……覚悟は決まった。
いや、心の奥底では、とうの昔に決まっていたのだろう。
自覚できていなかっただけだ。
〈境内顕現〉
それにより生まれた四本の柱。
それらが俺たちを取り囲むように立ち並ぶ。
チリン。
鈴を鳴らした。
瞬間、轟ッと風が吹き、妖怪に襲いかかる。
ザク、ザク、と表皮に軽い傷が入っていく。
しかし、一切ダメージにはなっていなさそうだった。
この〈境内顕現〉には使用可能時間に限度がある。
連続で使えるのはおよそ三分。
それまでに俺はコイツをぶっ潰さないといけない。
普通は時間が足らなくなるから、ある程度相手を消耗させてから使うものだ。
しかし今回は後ろに杏奈や姫花がいたから止むなく使うことになった。
三分以内に殺せないと、逆に俺が殺されるだろう。
俺だけではない。
背後にいる姫花や杏奈、そしてこの周辺に住む人たちもみな殺される。
俺は風になった。
ボウガンで妖怪を射貫く。
しかし威力が足らず、表皮すら通らない。
「チッ!」
舌打ちをして、ボウガンから槍に変形しなおした。
妖怪は怪異と違って、中心に核のようなものが存在する。
その核はおそらく人間だったものだ。
核を破壊すれば、妖怪は死ぬ。
核を貫くために、俺は槍を選択したわけだ。
「シッ!」
球体を裂くように開けられた大きな口で噛みついてくる。
それを高速で避けながら槍を突き刺す。
「ぐぎゃぁあああぁあああああああああああああああああああああああああぁあぁああああああ!」
どうやら槍は効くみたいだ。
避けて、刺す。
避けて、刺す。
避けて、刺す。
それを繰り返していたら、妖怪の動きが鈍ってきた。
さて、ここからだな。
妖怪が何故、怪異よりも強いとされるのか。
それは再生と変形の能力を持つからだ。
核を破壊しない限り、妖怪は常に再生し続け、更には敵の攻撃に合わせて形状も変形できる。
ゴボゴボと泡立ちながら目の前の球体の妖怪は五メートルくらいある細長い巨人になった。
「速いな、おい!」
その巨人は俺にも負けずとも劣らない速度で移動を始めた。
手足が細長い分、器用に動かせるらしい。
その分力が弱いかと思いきや……。
ドゴンッ!
巨人の妖怪が拳を振るい、俺が間一髪で避けると、地面が抉れクレーターが出来上がった。
なかなかどうして、威力も悪くないみたいだ。
「――って、ガッ?!」
何が。
そう思うよりも前に、俺はくの字に折れ曲がって真横に飛ばされる。
どうやら俺が認知するよりも先に、妖怪が蹴りを入れてきたらしい。
そのまま地面を転がる。
拙い……強すぎるな、コイツは……。
しかし、諦めるわけにはいかない。
俺は根性振り絞って立ち上がった。
そして手に握られた槍を小剣に変える。
残り一分くらいか……。
地面を蹴った。
土が抉れて、後方に飛ぶ。
風のように懐に入り込んだ。
斬ッ!
腹を切った。
チッ……浅いか。
少し避けられたみたいだ。
なら、もう一度。
まだ、足りない。
まだ、足りない。
もう一度、もう一度。
「って、あ……」
結界が解けた。
そのせいで、油断した。
巨人の攻撃を諸に食らった。
右足の付け根から先がひしゃげて吹っ飛んだ。
そして、続けざまに腹の半分を踏み抜いた。
痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!
焼けるような痛みだ。
脳が過剰な電気信号に耐えきれず熱を発する。
冷や汗が止まらない。
しかし意識だけはヤケに冷静だった。
顔に口しかない巨人が、笑みを浮かべたような気がした。
巨人が、チラリと姫花の方を見る。
どうやら巨人は俺を放置して、姫花を先に殺すつもりらしい。
サッと、血の気が引いた。
慌てて右腕だけで身体を引きずる。
倒れて気絶している姫花の元に向かおうとする。
間に合え。
間に合え。
間に合え!
間に合えッッッ!!!
…………あ。
姫花の身体が、ぐしゃりと潰れた。
血が、飛び散った。
死んだ……?
姫花が、死んだ……?
一瞬、俺はそう思ってしまった。
しかし――
『私が玲の役に立つ! 役に立つ! 役に立つんだからぁ!』
脳裏に姫花の声が響いてきた。
そうか!
彼女は〈上月剣〉の能力で自分の幻影を見せていたのか!
そして、突如として夜が訪れた。
満月の夜だった。
おそらく姫花が土壇場で〈境内顕現〉を成功させたのだろう。
斬ッ!
どこからともなく光の斬撃が飛び、巨人の身体が真っ二つに避けた。
そして――。
パキッ。
ガラスの割れるような音して、核が潰れた。
妖怪は死に、肉体が黒い液体となり、その後煙を出しながら蒸発していった。
「玲は……っ!? って、玲!? 死なないで、死んじゃ駄目!」
ああ……ごめんよ……。
視界が暗くなっていく。
意識が遠ざかっていく。
その要望には、答えられそうにないな……。
妖怪が死ぬと同時に、俺も息絶えたのだった。
+++
この世の中はそう簡単に俺を殺してはくれないらしい。
俺は転生していた。
しかし神様も意地悪だと思う。
なんと片手片足のない人間に転生したのだ。
いきなりバッドエンドかよ。
最初くらいは5体満足でいさせてくれよ。
現在、同じように入院している少女に見守られながら一緒に義手と義足のリハビリの真っ最中だ。
名前は確か杏奈だったような。
どうやら転生して乗り移る前の俺と知り合いだったみたいだが、もちろん知る由もないので適当に話を合わせている。
「……何こっちを見てるんですか。自分のリハビリに集中してください」
「あ、ああ。すまん」
そう適当に謝ったが、杏奈の言う通り俺は集中を欠いてしまっていたらしい。
ヤバっ!
転けるっ!
俺は想わずふらりと体勢を崩してしまった。
ドサリと地面に倒れ込む。
「玲ッッッッ!!!!!」
転んだ瞬間、それに気がついた杏奈ではないもう一人の少女が悲鳴のような大声で叫び、駆け寄ってきた。
「大丈夫!?」
「ああ、大丈夫だ。だからそんな心配するな」
彼女の名前は姫花。
コイツも転生する前の俺と知り合いみたいで、俺のことを相当好いていたみたいだ。
何故好かれているのかはもちろん知らない。
『ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい、私のせいでこんなになって、私のせいで、私のせいで私のせいで私のせいで私のせいで私のせいで私のせいで私のせいで私のせいで……』
そしてどうやらかなりのヤンデレ属性持ちらしい。
何があったか知らないが、彼女の思考が俺にダダ漏れだし、しかもずっと自分を責め続けている。
ちょっと胃もたれしそう。
こういう転生ものって普通、都合良く記憶が混ざったりとかがあるもんなんじゃないの?
何でないの?
合わせるのも辛いし、何も知らずにこんな感情を向けられているのも辛い。
もう少し何とかならなかったのかなぁ。
「あっ、そういえば、あの、玲」
「どうした?」
そんなことを考えていたら、姫花が俺におずおずと声をかけてきた。
俺は首を傾げて問う。
すると、彼女はこんなことを言い出しやがった。
「玲がリハビリしている間、私も部下として特訓をしておきたいんだけど、何をすれば良いのかな?」
……なぬ、特訓だと?
それに上司?
いや、何を特訓すれば良いって、そりゃ俺の方が聞きたいがな。
しかしここで知りません、分かりませんなんて言えないしなぁ……。
よしっ、しょうがない!
適当ぶっこいてみるとするか!
「まずは瞑想だな。五時間瞑想を毎日やるんだ。神への感謝を忘れずにな」
うん、言った傍からなんだけど、大丈夫かな、これ!?
変な目で見られたりしないかな!?
「分かった! 頑張ってやってみるね!」
ええっ!?
なんか意外と通用しちゃったよ!?
……って、待てよ?
姫花に杏奈、だって……?
見た目も見覚えがあるような……。
それに神って言葉が別に違和感なく受け止められている……?
もしかしてここ、前世で何度もプレイしていた最恐の鬱ゲー〈日本怪異譚〉の世界なんじゃね?
で、俺はそのゲームのモブに転生したんじゃね?
だったらなんでこんな途中からなんだ?
てか、ストーリー、最初からかなり変わってね?
こういうのって普通は自分で変えていくもんじゃないのかよ!?
まあ最初から推しの姫花に好かれているってのはとても良いことだな!
うん!
どうして序盤で闇堕ちする噛ませ役の悪役巫女である姫花が、いきなりメインヒロインみたいになっているのかは分からないけど!
それに何か別の意味で闇堕ちしているだけってのがそもそも驚きなんだけどね!
しかし……何か忘れている気がするが……。
まあ、よくあることだ!
気のせいだろう!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。