case.004 修行

「現在、開眼式を終えた姫花は力を持て余している状況だ。神……姫花の場合は月詠命の力を手に入れることに成功した。しかし、その力は使い方を知らなければ十全に使い熟すことは出来ない。赤ん坊に拳銃を持たせても安全装置を外せないように、使い方を知らない人が神の力を手に入れてもそれは何の意味もない」


 俺は真剣な顔をして聞く姫花にそう告げる。

 俺たちはまだ出雲大社の境内にいた。


「それどころか、その力の使い方を誤って、周囲に被害を与える可能性だってある。神の力というのは純粋なエネルギーだ。使い方を誤れば簡単に人が死ぬ。だからこそ、これから一週間、再びあの中間世界に戻り修行をすることになる。出てこられるのは一週間後だ。つまり覚悟を持って挑んでもらわなければならない」


 三島さんから育てるように言われた以上、ちゃんと育て上げる必要があった。

 力の使い方を間違えて危険が及ぶのは、何も姫花だけではないのだ。

 一緒に戦っている人、周囲にいる人たち、無数の人々を巻き込む羽目になる。

 それだけ、神の力というのは物騒な代物なのだ。


「――伝えることは以上だ。返事は?」

「はい! 師匠!」

「良し。それじゃあもう一度中間世界に戻って力の使い方を説明するぞ」

「はい! 師匠!」


 姫花は元気いっぱいに返事をする。

 そして俺たちは中間世界に足を踏み入れた。



   +++



「まず、神の力を使うときに一番初めに必要になってくるのは〈神器召喚〉というものだ。これは神々固有の神器を具現化し召喚させる術で、基本はその神器を媒体にして神の力を行使する」


 真っ白な世界で二人きり。

 俺は目の前に立つ姫花にそう説明する。


 その後、俺は右手を軽く振る。

 するとバチバチと電撃が空気中を走った。

 次の瞬間には俺の手には鈴が握られていた。


「これが俺の契約した神〈風来ノ命〉の神器だ。〈風呼びの鈴〉と言う。これを使って風のように走ったり、突風を起こしたりしているんだ。ちなみにいわゆる必殺技である〈境内顕現〉もこれ無しでは使えない」


 そう説明している間、姫花の脳内はお花畑になっていた。


『うわあぁああ、格好いい……。案外、神器召喚も難しいって聞いたことあるけど、あんな片手間みたいに出来ちゃうんだ……。やっぱり玲って凄い……』


 や、やりづらい……。

 いちいち姫花の脳内のリアクションが伝わってくる。

 滅茶苦茶やりにくいな……。


「とにかく、まずはやってみよう。大事なのはイメージとバイパスだ。神々との繋がりを感じ、それが具現化するイメージを抱くんだ。ちなみに神々との繋がりのことを〈神通〉と呼ぶ」


 言うと姫花はグググッと目を瞑った。

 呻き声を上げながら、右手で何度も空を掴む。


『イメージ、イメージ。後はバイパス――〈神通〉だっけ? 月読様との繋がりを――って、わぁっ?!』


 姫花が脳内で月詠命との繋がりを感じ取ろうと意識した途端、姫花を中心に強大なエネルギーが吹き荒れた。

 俺は弾かれるように吹き飛ばされかける。

 が、神器を召喚していたこともあって何とか堪える。


「な、何が……?」


 姫花の困惑するような声が聞こえる。

 地べたに尻餅をついていた俺は立ち上がる。

 そして彼女に声をかけた。


「どうやら姫花と月詠命との繋がりはかなり強固らしい。何故そこまで気に入られているのかは分からないが、一気に開こうとするんじゃなくてちょっとずつ開かないと拙いかもな」

「ちょっとずつ……ちょっとずつ……」


 そう言いながら姫花が再び〈神通〉を行う。

 先ほどと同じくらいの暴風が吹き荒れた。


「う~ん、これは何度もやって慣れていくしかないかな」

「ご、ごめんなさい」

「いや、構わないよ。最初は誰だってこんなもんさ」


 俺が言うと、姫花の表情は余計に真剣になった。


『私が足を引っ張るわけにはいかない……。絶対に、もう、玲には迷惑をかけたくない……』


 迷惑なんてかけられた覚えなんてない。

 先日助けたときも、迷惑だなんて思わなかった。

 ただそれで努力してくれるのなら、彼女自身の生存力も上がるし構わないか。


 それから姫花はなかなか〈神器召喚〉を行えなかった。

 何度も暴風が吹き荒れた。

 しかし、修行を開始してから四日目。


 バチバチ、と姫花の右腕に電流が走り、神器が召喚された。

 それは鏡面にコーティングされた三日月のように細長い刀だった。


「これが神刀〈上月剣じょうげつけん〉……」


 刀を手に持った姫花はしげしげとそれを眺めてそう呟いた。

 しかし、四日で〈神器召喚〉か。

 なかなか才能があるのではないだろうか。


『やった! これで玲の役に立てる! 少し時間が掛かっちゃったけど、ようやく玲と一緒に戦える!』


 刀を出せて舞い上がっている姫花。

 そんな彼女の脳内に水を差すように、俺は〈風呼びの鈴〉を剣状に変形させ構えた。


「次はそれを使い熟す訓練をしよう。さあ、俺にかかってこい」



   +++



「はあ、はあ……。強すぎ……勝てないよ……」


 俺の前には大の字で寝転がる姫花。

 そんな彼女を見下げながら俺は言った。


「そりゃそうだ。歴が違うからな」

「むう……そうなんだけど……もう少し勝てそう感があっても良くない?」


 姫花は拗ねたように口を尖らせる。

 それから立ち上がると、再び〈上月剣〉を構えた。


「またやるか?」

「うん、またやる」


 そう言って姫花は剣を振るった。


 この〈上月剣〉の能力で今のところ把握できているのは二つ。

 光の斬撃を飛ばす能力と残像を見せる能力だ。

 姫花はこの斬撃を飛ばす能力で俺に攻撃を仕掛けてきた。


 俺は風となり、避ける。

〈風呼びの鈴〉をボウガンに変形させ、矢を放つ。

 姫花はその矢を転がるように避けた。


「くっ……!」


 姫花はそのままの勢いで立ち上がり、地面を蹴った。

 急速に接近してくる。

 しかし速さで俺には敵うはずもなく。

 剣状に変形した〈風呼びの鈴〉を俺は姫花に突きつけた。


「また勝ちだな」

「……むう」


 俺が言うと、姫花は再び口を尖らせる。


「今日はもうやめておく」


 そう言ってそっぽ向いてしまった。

 しかし、その内面は……。


『何さっきの! また勝ちだな、だって! かぁーっ! 格好いいー!』


 凄く惚けていた。

 ……やっぱり何かやりづらい。


「さて、一度休憩にするか」

「はい! 師匠!」


 そして一週間が経ち、修行を終えた俺たちは外に出た。

 どういうわけか、外の世界は炎に包まれていた。


 そう——本殿が燃え盛っていたのだ。



   +++



 一週間が経った。

 中間世界を出るときになった。


「まあ、そこそこは戦えるようになったんじゃないか?」

「まだ玲に一本も取れてないけどね」


 そりゃそうだ。

 歴が違うからな。


「さて、久しぶりの現実世界だ。懐かしく感じると思うよ」

「そうだよね。杏奈さんも元気にしてるかなぁ?」


 そんな会話をしながら扉を潜り現実世界に戻ってくる。


「…………ん? 焼ける匂い?」


 何かが焦げ付くような匂いがした。

 見渡すと、境内が火に包まれていた。


「何が……?」

「何ですか、これ……」


 俺たちは呆然と立ち尽くす。

 轟々と燃え盛る本殿。

 柱が折れ、天井が崩れ落ち、跡形もない。


 そして血だ。

 血の匂いだ。

 俺は慌てて駆け出した。


「杏奈、杏奈ッ!!」


 必死に探し回った。

 そして本殿の端の方で横たわっている杏奈を見つけた。


「あぁあああああああああああああああああああああぁあああああぁああああああああッッ!!!」


 杏奈が血だらけで倒れていた。

 慌てて駆け寄り、胸に耳を当てて鼓動を確かめる。

 ……よかった、まだ生きているみたいだ。


「か、いい……が……、ちゅう、きゅうの……かい、いが……ごほっ! ごほっ!」


 杏奈は途切れ途切れに話し始めた。

 話すたびに口から血が零れ落ちる。


「喋るな! 喋らなくていい! 怪異が来てるんだなッ!? 俺が何とかしてやるから、それまで待ってろ!」


 俺は立ち上がった。

 絶対に許さない。

 相手が何であろうと、誰であろうと、絶対に。


 瞬間、背後に強烈な殺意を感じた。

 振り返ると、目の前に大きな口がニンマリと開かれていた。

 四メートルはありそうな、巨大な浮遊する球体に口がついていた。


「――ッッ!?」


 バクンッ!


 口が閉じ、ギザギザの上下の歯がぶつかる音が響き渡る。

 これは怪異ではない。

 完全に人を呑み込んで妖怪と化している。

 同じ中級でも、怪異と妖怪じゃあ強さが赤子と大人くらいの差がある。


「玲ッ!」

『助けなきゃ! 私が助けなきゃ!』


 しかし、そのこと知らない姫花が妖怪に突っ込んでいった。

 拙いッ!

 そう思うが、止める間もない。

 俺は姫花が嚙み千切られる前に殴り飛ばした。


 ドンッ!


 そのまま大きめの岩に叩きつけられて、姫花は意識を失った。

 ……これで一対一だ。

 しかし今までもそれでやってきただろう。

 大丈夫、出来る。

 絶対に、俺がコイツをぶっ潰す。


〈境内顕現〉


 チリン、と鈴を鳴らす。

 境内が顕現した。

 ったく、いきなりこんな命がけの戦いとか、聞いてない。


 はあ……。


「今回は流石に生きて帰れるか分からないな」


 俺は中級妖怪を前にして、そうポツリと呟くのだった。

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