第四章
視線の合わない帰り道。私も莉乃も、足元の雪に話しかける。そのせいで真っ直ぐ耳に届かない彼女の声は少しだけ大人しく聞こえた。
「寒いね。」
もう雪は止んだけれど、積もった雪と曇天が防音室のような閉塞感を生む。自然と遅くなる会話。ぽつり、ぽつりと間が空くその時間も、私は不思議と心地良かった。
「それ、新しく買ったマフラーなんでしょ?」
莉乃にしては珍しい赤のマフラー。それが視界の端でずっとゆらゆら揺れている。
「そう。でも、巻き方分かんなくて寒い。」
何を言っているんだろうと彼女をちらりと見ると、乱雑にただぐるぐると巻かれただけで、至る所に隙間があった。このまま歩いていたら首が締まってきそうだ。
「去年も使ってたじゃん。」
綺麗なリボン結びをしていた莉乃は、「長さ変わっちゃって。」と諦めたように言った。
しかし、よっぽど寒かったのか少しの沈黙の後、莉乃は再びマフラーを巻き直し始めた。位置を変え、結び目を整え、長くて余ると嘆きながら結んだ三回目。懐かしの綺麗なリボンがそこにはあった。
「なんだ、出来んじゃん。」
そこまで苦戦しなかった事に若干つまんないなとも思いつつそう言うと、莉乃はえへへと素直に喜んだ。
結んでいる間冷たい空気に晒されていた彼女の手。はぁ〜と息で温めた後に急いでポッケに戻す。けれど、ポッケの中も大して暖かくないようで、何度かそれを繰り返していた。
「ねぇ、これ持っててくれない? 暑くなって来ちゃって。」
左のポケットに入れていたカイロ。私はそれを莉乃に差し出した。
「えー! いいの? やったあ。」
躊躇なく受け取ろうとするなんて珍しいなと思っていると、差し出す右手に当たった彼女の指先。雪に触れたような冷たいそれに、はっと脳内は目を覚ます。けれど、もう手遅れだと少し目を見開いた莉乃を見て分かった。
カイロの入れていない右ポケット。そこに入れていた右手が温かい訳もなく、暑かったなんて嘘は簡単にバレてしまった。どうしようもない恥ずかしさに駆られ、すぐに手をポケットに戻しては、マフラーに顔を埋める。
「優しいね。」
横から聞こえた嬉しそうな声。けれど、その言葉に私は疑念を抱いた。
今の私は優しいのかな。
莉乃の見ている私は本当に私なのかな。
未だに利己的な思いはあるし、時には似合わない弱音だって吐く事もある。それでも私は優しいのだろうか。
「好きだよ。香菜のそういうところ。」
やけにはっきりと聞こえた莉乃の声。その方を見ると、温かな彼女の眼差しは私の瞳を貫いた。
莉乃は私を見る。
"優しさの裏にいるであろう私"でも、"優しいはずの私"でもなく、"私"を見る。
途端に、私の胸は罪悪感で埋め尽くされた。優しい言葉をかけてくれた莉乃を、疑ってしまったんだと。結局、私も周りの人と同じ、言葉の裏を探ってしまった。本当は思っていないんじゃないか、と。優しさの裏を探られる事がどんなに辛い事か、自分が一番分かっていたはずなのに。
莉乃と目を合わせたまま、「ごめん。」と言いそうになった口を閉じる。そして、ただ一言。
「ありがとう。」
そう言った。
私の本心。嘘なんかじゃない。それが莉乃に伝わってるといいな。
莉乃は嬉しそうにふふっと笑うと、「そうでもないよって言うと思った。」と言った。
「変わったんだよ、私も。」
そんな私の返しに少し驚いた後、飲み込むように「そっか。」と言った。
真っ白な道に二つの足跡が続いていく。
「来年は同じクラスになれたらいいなぁ。」
「ちょっと気が早くない?」
そう笑った彼女の足跡は、歩幅が崩れ少し不格好になった。
「それくらい思ってるって事だよ。」
曇天の隙間から差し込んだ陽の光は、私達の帰り道を明るく照らした。
優しさに足跡 Renon @renon_nemu
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