第32話 安く買い叩かれそうで困ってます(後編)

「……あの、お姉様、今何かお忙しい状況でしたか?」

「いえ、大したことではありませんわ。ちょっと、薬の商談をしていただけですわ」


 ユヅキとセラがこの場にやって来たことで、アリアはまた出来る魔女のキャラを演じ始めた。

 だが、そんないきなりの口調の変化には、やはりザインも妙に思うのであった。


「アリアちゃん、なんかしゃべり方変わってない?」

「何のことですの?ザインさん。わたくしは何も変わっていませんわ」

「いや、そんな口調でそんなこと言われても……」


 ザインの目から見れば、どこからどう見てもアリアの口調や振る舞いが先ほどまでとは変わっているため、ザインとしてはそのことについてちょっと訪ねてみたいところである。

 だがアリアのほうはそんな余計なことは聞かれたくないため、すぐさま話題を変えるべく、二人をザインに紹介したのであった。


「えっと…ザインさん、こちらは勇者のユヅキさんと、聖女のセラですわ」

「どうも、勇者のユヅキです」

「闇の使徒、セラ」


 しかしいきなり勇者や聖女などと紹介されても、普通はすぐには信じられない。

 なぜならユヅキは全然強そうには見えないし、セラは格好が黒づくめのゴスロリドレスだからである。


「いやいやアリアちゃん、いきなり勇者だの聖女だのって言われても、おじさん困っちゃうよー。冗談だったらもっと笑えそうなのをさー…」

「あの、私、本物の勇者ですけど」


 ユヅキは国王のサインが書かれた勇者証明書を取り出してザインに見せた。

 だがほとんどの者は国王のサインがどんなものなのかなど知らないため、こんな証明書など何の効力もないのだが、ザインに対してはそうではなかった。


「ほ…本物っ? ま…間違いない、本物の国王陛下のサインじゃないかっ!」


 ザインは王家に近しい貴族とも取引したことがある商人なため、国王のサインを知っていた模様。


「ゆ…勇者様は、アリアちゃんとはどういうご関係で? お…お友達?」

「アリアお姉様は、私が最も尊敬する偉大なお方です」

「このアリアちゃんが…偉大?」

「はい。お姉様は大賢者様をも超える強力な魔法で突然変異種のサイクロプスを倒して町を救い、町の皆さんからは伝説の大魔女様と呼ばれています」


 それを語るユヅキはとても誇らしげな顔をしている。

 語られているアリアは気まずそうな雰囲気であるのだが。


 ただ、いくら勇者であるユヅキがアリアを伝説の大魔女と言おうとも、アリアのことを半人前の未熟な魔女としか思っていないザインには、にわかには信じられないわけで…


「あの、勇者様、それは冗談…ですよね?」

「どうして私がそんな冗談を言う必要があるんですか?」


 ユヅキは真顔である。

 どう見ても冗談を言っている顔ではない。


「私の話を疑うのであれば、町へ行ってみてはどうですか。今は町の名前もアリアタウンに改名されて、町の中央にはお姉様の立派な像が建てられていますよ」

「ええっ?」


 ザインにとっては正直信じられない話であるのだが、勇者証明書を持つ本物の勇者がここまで言うのであれば、さすがにそれはもう信じるほかない。


 なお当のアリアはというと、町の名前や像の件に触れられてかなり恥ずかしい思いをしているようである。

 必死に平静を装って恥ずかしさをごまかしているが、かなり無理をしている様子。


「しかしこのアリアちゃんが伝説の大魔女様ねー」


 一応勇者ユヅキの言葉は信じたものの、やはりまだどこか信じ切れないザインはそうつぶやいた。

 すると、今度はその言葉を耳にしていたセラが語りだしたのである。


「師匠、偉大なる闇の使徒。剣聖にも勝った。最強」

「え…えっと、君は…」

「闇の使徒、セラ」

「聖女のセラちゃんですよ」


 アリアがセラのことを聖女と言ったときは全く信じていなかったが、本物の勇者であるユヅキがそれを言うと、また信じざるを得なくなってくる。


「あの、勇者様、こんな黒づくめな子が聖女というのは…」

「本当ですよ。セラちゃんはこういう格好が好きなだけで、すごい神聖魔法の使える本物の聖女です」

「ほんとにっ?」

「はい」


 そしてセラが本物の聖女ということとなると、ザインは先程セラが語った言葉が気になってくるのであった。


「聖女様っ、さっき、アリアちゃんのことを師匠とか…」

「うん。師匠はセラの師匠。偉大なる闇の使徒」

「そして剣聖に勝ったとか…」

「うん。師匠の闇魔法で一撃。師匠、無敵」


 これまでザインにとってのアリアは、ちょっと薬作りが出来るだけの、世間知らずで半人前な魔女のお嬢ちゃん…でしかなかった。


 だがユヅキやセラが語った話の内容によると、アリアは勇者が最も尊敬し、聖女が師匠と仰ぎ、大賢者をも超える魔法で突然変異種のサイクロプスや剣聖に勝利し、町の者たちからは伝説の大魔女と称えられているとんでもない存在…ということとなる。


 つまりアリアは、二人が来てからほとんど何もしていないのにもかかわらず、ザインの中でのアリアの格がとてつもなく上がってしまっていたのである。


 そしてザインは思った。

 これ、ものすごくいい金儲けになるのでは?…と。


「ア…アリアちゃん、今回の薬の取引だけど、ヴェルリアちゃんのときの倍…いや、三…いや、五倍の額を出そう!」

「ご…五倍も…ですの?」

「ああ、きっかり五倍だ!」


 これまで魔女の秘薬を安く買い叩いていたザインがこんな額を出すのには訳がある。

 それは、アリアが作った魔女の秘薬を、勇者と聖女お墨付きの伝説の大魔女が作った秘薬として売れば、とんでもない高額で売れそうだからである。


 そしてそういう商品として売る以上、安く買い叩いて仕入れたことが他の者たちに知られてしまっては、せっかくの商品価値が下がってしまう。

 ゆえに、この商品に名前に見合うだけの十分な箔をつけるための、この高額買取なのである。


 だが、そんなザインの思惑など何も知らないアリアは、ただ薬が高く売れたことに大喜びである。

 もちろんユヅキとセラがこの場にいるため、その喜びを大きく表に出すことはないのだが。


「わかりましたわ、ザインさん。これで、取引成立…ですわね」

「ああ、取引成立だ」


 こうしてアリアは今回、これまでの取引での負けを取り戻しても余りあるほどの大きな儲けを得たわけだが、このときのアリアはまだ知らない。


 ザインが仕入れたこの薬が、勇者と聖女お墨付きの伝説の大魔女の秘薬として国のあちこちで高額取引され、伝説の大魔女アリアの名が国中に広まっていく…ということを。

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偽りの魔女様は静かに暮らしたい ~魔力0なのに伝説の大魔女あつかいされて困ってます~ 奇怪GX @kikaiGX

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