最後の足音

りぃ

最後の足音

薄暗い夜の街。霧が立ち込め、街灯の光がぼんやりと滲んでいた。コンクリートの冷たさが足元からじわりと伝わり、空気はひんやりとしていた。深夜の静けさの中で、孤独な男が一人歩いていた。その男の名は篠崎誠一郎。元刑事だった。


数年前、篠崎は一連の連続殺人事件の捜査に従事していた。被害者はすべて若い女性で、無惨に殺害されていた。篠崎はその事件に全てを賭けていたが、犯人を追い詰める寸前で捜査は暗礁に乗り上げた。そして、犯人は姿を消し、事件は未解決のままとなった。


篠崎はその失敗に責任を感じ、警察を辞職した。それ以来、彼は自分を責め続け、静かに過去の亡霊に囚われた生活を送っていた。しかし、最近になって再び同じ手口の殺人が起こり始めたのだ。彼は再び動き始める決意をした。


今夜もまた、篠崎は街を歩きながら、その事件の手がかりを追っていた。彼の頭には当時の記憶が鮮明に蘇っていた。被害者の顔、現場に残された手がかり、そして、犯人の影。あの影は、彼の心の奥底に染みついていた。


「篠崎さん?」突然、背後から声が聞こえた。篠崎は振り返ると、そこにはかつての同僚であり、今は刑事となった若林涼が立っていた。


「こんな時間に何をしているんですか?」若林は心配そうに尋ねた。


「涼か…。ちょっと、考え事をしていたんだ」と、篠崎は答えたが、その表情は険しかった。


若林は篠崎が何を考えているか察した。「例の事件ですか?また同じような殺人が起きていると聞きました。捜査に戻るつもりですか?」


篠崎は黙ってうなずいた。彼の瞳には、かつての鋭さが戻りつつあった。


「なら、僕も手伝います。あの時の篠崎さんのように、僕も真相を突き止めたいんです」と、若林は強く言った。


二人は再び手を組み、連続殺人事件の解決に向けて動き出した。まずは新たな被害者の情報を集め、現場を徹底的に調べた。犯人は巧妙に証拠を隠していたが、篠崎はそのわずかな手がかりを見逃さなかった。


「犯人は昔の手口と同じだ。だが、少しずつミスが出ている。焦っているのかもしれない」と、篠崎は言った。


若林は彼の推理に感心しつつも、疑問を抱いていた。「もし、犯人が焦っているなら、何か大きな計画が進行中かもしれません。次の動きが気になります。」


「そうだ。犯人は何かを隠している。だが、その隠し事が何かまではまだ掴めていない」と、篠崎は頭を抱えた。


捜査が進むにつれて、二人は徐々に犯人の背後に迫っていった。彼らは犯人が過去に関わっていた人物や場所を洗い出し、いくつかの手がかりを見つけた。そして、ついにある夜、彼らは犯人が次の犯行に及ぶであろう場所を突き止めた。


それは、篠崎がかつて捜査で何度も訪れた廃工場だった。二人は深夜にその場所に向かい、周囲の気配を探った。工場は暗闇に包まれ、不気味な静寂が漂っていた。篠崎は息を潜めながら、慎重に歩を進めた。


その時、工場の奥から微かな物音が聞こえた。二人は一瞬緊張したが、すぐに冷静を取り戻し、音のする方へと進んでいった。


工場の一角で、二人は黒い影を見つけた。それは犯人だった。篠崎はすぐに身を隠し、若林に目配せをした。彼らは慎重に距離を詰め、犯人を包囲しようとした。


しかし、その瞬間、篠崎の心に嫌な予感が走った。まるで、何かが違うという感覚に襲われたのだ。


「待て…涼、何かがおかしい」と、篠崎は低い声で警告した。


だが、若林はすでに動いていた。彼は犯人に飛びかかり、取り押さえようとした。しかし、犯人は冷静に若林をかわし、背後から別の影が現れた。その影は若林の首に刃を突きつけた。


「涼!」篠崎は叫んだが、すでに遅かった。彼の目の前で、若林は致命的な一撃を受け、血を流しながら倒れ込んだ。


篠崎は一瞬のうちに判断し、銃を構えた。だが、その時、彼の耳に聞き覚えのある声が響いた。「久しぶりだな、篠崎。」


その声の主は、かつて篠崎が追っていた犯人、黒川だった。黒川は満足そうな笑みを浮かべながら、倒れた若林の背後に立っていた。


「お前の無力さは昔と変わらない。結局、また守るべきものを失ったな」と、黒川は冷笑した。


篠崎の手は震えていた。過去の失敗が再び彼の心を襲った。彼は若林を守ることができなかった。だが、同時に彼の中で復讐心が燃え上がった。


「お前を、この手で終わらせる」と、篠崎は震える声で言い、銃を黒川に向けた。


黒川はゆっくりと歩み寄り、篠崎の目の前で立ち止まった。「できるものなら、やってみろ。だが、その結果、お前が何を得るか考えたことはあるか?」


篠崎はその言葉に一瞬、躊躇した。彼は自分が本当に望んでいるものが何なのか、再び考えた。しかし、黒川の不敵な笑みを見た瞬間、彼の中で全てが決まった。


銃声が響き渡り、黒川はその場に崩れ落ちた。篠崎はその手応えを感じながらも、心に空虚感が広がるのを止められなかった。彼は復讐を果たしたが、何も救われることはなかった。


倒れた若林の側に駆け寄り、篠崎はその手を握りしめた。「すまない、涼…お前を守れなかった。」


若林はかすかな微笑みを浮かべ、力なく頷いた。「篠崎さん…僕も、最後まで戦えて、後悔はないです。」


その言葉に、篠崎の目から涙がこぼれた。彼は若林の手をしっかりと握りながら、彼の最期を見届けた。


夜が明け、薄明かりが工場の中に差し込んできた。篠崎はただ静かに、若林の亡骸を見つめていた。彼は全てを失ったが、その瞳には決意が宿っていた。彼はこれからも、真実を追い求める道を歩み続けることを誓った。

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