第5話 ※ディアボロウルフとウフルベスト
(パカラッ パカラッ 馬で駆ける軽快な音)
国内随一の緑深き聖域、キルーシュの森。
俺は今、この森の奥深くに住む元聖女、レフィアに会いにやって来た。
今日は彼女が喜ぶ知らせも携えている。スライムシートは討伐隊員達に好評だし、オーガ軟膏も販売許可が出たからな。
(馬が急に暴れ出して慌てて宥め、降り立つ音)
今日は……
入口を塞ぐように何かが転がっている。
黒と肌色の斑模様の大きな生き物が、だら~〜んと伸びきって、すやすやと腹を上下させているのが見えた。
馬はコイツに反応したんだろうな。
魔獣に違いないが、見たことのない種族だ。
念の為、聖剣エーデルヴァイスの柄に手をかけて、静かに近づいて行く。
近くで見ると、黒い毛の所々にまあるいハゲがあるから模様のように見えているだけだった。
つまり、元は黒い生物ということか。
(キイっと玄関扉の開く音)
「アルベルト様、いらっしゃーい」
「しーっつ! 魔獣が起きてしまうだろ」
「ああ、ディアボロウルフのチョコラード君ですね。私がヘアカットしてあげたんですよ。可愛いでしょう」
「ディアボロウルフだと!」
しまったっ!
斑模様とこの無防備な寝姿に騙された。
ディアボロウルフと言えば、通り過ぎた後には焼き野原が広がると言われるくらい、強烈な炎を吐出す魔獣。討伐隊の中には囲まれて骨と化した隊もあったくらい危険な魔獣だ。
「こんな危険な魔獣の毛刈りなんて正気かっ」
「ここのところの猛暑で、汗疹ができて痒くて転がりまくっていたんですよ~」
「……どこで?」
「あー、てへっ」
「誤魔化すなっ」
(ジーッと見つめる。レフィアはバツが悪そうに下を向く)
「(モニョモニョと)ペトラ火山の麓の森で」
「このっ、馬鹿っ(ぽかっと拳骨を落とす)」
「いったぁ〜い」
「危ないから止めろとあれほど言っているのに」
「だって〜、魔獣さんの毛が欲しかったんだもん。そうしたら
「毛を切ると言うより、斑ハゲになっているが」
「んもう、ハゲじゃないです。水玉模様です」
「水玉……ディアボロウルフに、水玉模様」
センスが壊滅的だな。
「はぁー。で、今度は何を作るつもりなんだ」
「防寒着です」
「この暑い季節に?」
「違いますよ。寒くなる前に作っておこうと思ったんです。先手必勝!(ビシッと)」
「で、またシェネなんとかマントを羽織って転移魔法を使ったんだな」
「シェネガマントです。スケスケスパイダーの丈夫な糸に解毒魔法の応用で、魔法解除を付与したものですっ」
「スケスケスパイダーはどこに?」
「インフィルノ洞窟の中に(慌てて口を噤む)」
「……レフィアさん」
「……ごめんなさい」
「はぁぁ……」
コイツ、俺の頭にもハゲを作る気だな。
レフィアにもしものことがあったら俺は―――
(ぶるりと小さく身を震わせる)
「あら、アルベルト様、震えているんですか? 夏風邪も侮ってはいけません。さあ、入ってください」
(手を引いて部屋の中へ)
「丁度防寒着が出来たところで良かったです。名付けて『ウルフベスト』です」
相変わらず、なんの撚りもないネーミングだな。
(黒い毛糸で出来たベストを羽織らせる)
「どうですか? 温かいでしょう。ディアボロウルフの毛に回復魔法も付与してあるので、風邪の引き始めによく効くはずです」
ああ、ほんわかぬくぬくと温かい。
まるで湯に浸かったような気持ち良さだ……
「気持ちいいですか?」
「ああ。ん、レフィア? 何をして」
「アルベルト様の背中、大きくて温かくて……安心します」
(ぴとっと背に頬をあてて抱きつくレフィア)
「ねぇ、アルベルト様」
「な、なんだ」
「私達貴族に魔力を持って生まれて来る人間が多いのはなぜだか考えた事がありますか」
「それは……危険な魔物から領民を守り、生活を豊かにするためだろう」
「うふふ。アルベルト様ならそう言うと思っていました」
「そうか」
「小さな頃から真っ直ぐで一生懸命で」
「レフィア……」
「優しくって自分のことよりみんなの事ばかり考えていて」
「そんなこと無いぞ」
「討伐隊長になるために、毎日何時間も戦闘訓練して」
「おいおい、どうした。今日は褒め殺しかよ」
「毎日傷だらけで……」
「レフィア!?」
「今も最前線で命張ってるし」
(ぽろぽろと泣き始めるレフィア)
「おい、レフィア、どうした。どこか痛いのか。苦しいのか」
(慌てたアルベルトが後ろを向いてレフィアを抱きしめる)
「もう、痛い思い、して欲しくないんです」
「……レフィア」
「だから私、魔物さんとも魔獣さんとも仲良くなって、もうアルベルト様が戦わなくていい世界にしたいんですっ」
なんと―――
レフィアがそんな事を考えていたなんて。
「私、自分に魔力がたくさんあるって分かった時、すっごく嬉しかったんです。これでアルベルト様の傷を癒してあげられるって」
「ああ、レフィアはいっぱい治してくれたな」
「でも、それだけじゃだめだって」
「駄目じゃ無いさ。俺は今こうしてピンピンしてる」
「だって、魔物討伐に行けば、また傷だらけで帰って来るじゃないですか! 治しても治しても終わらないっ。そんなの嫌なんですっ」
「レフィア……ありがとう」
(抱きしめる)
「私、これからも頑張るから……私の魔力全部使って、みんなを癒して仲良し協定結ぶから、もうちょっとだけ待っていてくださいっ」
「……レフィア、それは難しいと思う」
「アルベルト様も無理って言うんですか! 魔物とは意思疎通が出来ないって言われますけど、スライムさんともオーガさんとも、他のみんなとも意思疎通できました。魔力で意思疎通できるはずなんです。みんなが互いを知りたいって思えば」
「だーかーら、一人じゃ無理だ」
「へっ?」
「レフィアの計画に、俺も混ぜてくれ」
「アルベルト様……」
「レフィアの考え。俺は凄く良いと思う」
「やっぱり……アルベルト様だけは私の話をちゃんと聞いてくれる……」
「当たり前だろ」
「……大好き」
「レフィア」
「私、アルベルト様が大好きです」
「俺もレフィアの事が大好きだよ」
(二人見つめ合って近づいていく。どこからか羽音が近づいて来る)
「レフィアとアルベルト、あっちっちー」
「あっ、こらドルーク。邪魔するなっ」
「あっちっちー、まっかっかー」
そりゃ、積年の想いが通じて感無量……
あれ!? 世界がくるくる回っている。
「アルベルト様っ! ああっ、大変! 熱中症になっちゃったっ」
レフィアが慌てて俺の体からウフルベストを脱がせて、服も脱がせて、冷却の魔法で冷やしてくれた。
あーあ……いいところだったのにな。
(ゴクッ、ゴクッと喉の鳴る音)
水だ……生き返る。
柔らかい……もっと舐めていたい。
ん!?
「良かった……アルベルト様、ごめんなさい」
「レフィア……ウルフベスト、最高に温かいよ」
「もう、アルベルト様ったら、こんな時まで……もっと、お水いりますか?」
「ああ、もちろん」
(トクッと水の瓶から飲む音。静かに近づき唇で唇を捉えるレフィア。二人のリップ音でフェードアウト)
fin.
【作者より】
最後までお付き合いくださいましてありがとうございました。
引きこもり元聖女は魔道具でみんなを癒したい 涼月 @piyotama
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