第2話
朝。
仕込んだしゆっくり起きようとゴロゴロする。やけに布団が硬い。
まゆりは眼を開ける。
すぐに分かった。
ここは見知った自室ではない。見覚えはある。
――ここ、知ってる。
立ち眩みに注意しながら立ち上がる。
唯一手にはあの水晶が。
宝石を転がし部屋を見回る。
広い板張り。
まゆりの民宿のようにキレイなものではなく、随分年季が入っている。それでも手入れはされている。汚さはない。
歩くたびにギシギシと鳴る。
正方形の形をしていて、四本の柱もある。中心にはゆるい段差、まるでステージ。
まゆりは昔ここで演舞をした。
髪を指みに絡ませる。
困惑と寒さと少しの懐かしさを覚える。
昔目隠しをしてここまでつれてこられた。外は知らない。小さな窓があったので景色を見る。
一面真っ白。
雪かと思ったが違うらしい。
遠くまで続く白い石楠花の花畑。
ところどころ盛り塩のように白い小山。
ここ以外の建築物を探してみる。見渡しても、廃墟がその白い海原に屋根まで埋もれているくらい。
その光景にまゆりはもしや死んでしまったのだろうかと不安になる。
「いたっ」
突如の頭痛に頭を抱える。
――そうだ。
今日ちゃんと自室で目が醒めて朝ご飯の支度をしたんだったわ。
店も掃除して、いつもみたいに外出たら雪は積もってて。
その時に打ち上げがあったのに、朝早く来た客と話をしていた。……何の話したんだっけ?
あのあとどうなったのかしら。
どうやってここに来たのか。
何時なのかも定かでない。しかし、誰かに連れてこられてここに来たのだという考えに達した。
ギシギシと家が鳴り、その答えが来訪したことを伝えてくれる。
そのまま強風で扉が開く。
そこには昨日の朝空で見たあの白い鳳凰がいた。
開いた扉からまゆりは外に出る。街にいたときより過ごしやすい天気だった。後ろを振り向くと、まゆりのいた建物は遠くで見た廃屋に近いくらいボロ。どうにか神社か寺院の類なのだとわかる。
どういう建物なのかわかった。
まゆりは再び鳥に対面した。
向こうはまゆりから近づくまで待ってくれているらしい。
身を整えるように翼を羽ばたかせる。
一歩、また一歩と近づく。
翼を広げるとヒンヤリとしたそよ風。
ともに舞うのは羽根ではなく花弁雪。
天はどんよりとしているが、その僅かな光に反射して翼は極光に輝いている。
孔雀、或いは火喰い鳥。またはヘビクイワシのような美しさを備えていていた。しかし、猛禽類のような瞳。威圧感も持ち合わせていた。
この鳥に対してまゆりは恐怖などはなく、どこか親近感と安心感があった。なぜこの感情なのかはまゆり本人もわからない。
「あ……」
「気分はどうだ?」
話しかけられるとは思ってもいなかった。
この声を何処かで聞いたことがある。まゆりは少し考えたあと躊躇しながらも呼びかけてみる。
「紫蘭様?」
「よくわかったな。昔のことはわからないだろうし……ああ、声か」
「あのここ……」
「ここは君が舞った場所だ」
一人で納得していた紫蘭にどうしてここに自分がいるのかをまゆりは問うた。しかし質問をみなまで言っていなかったので別の回答が返ってきた。
仕方ないので、まゆりは別のことを聞く。
「あの……街は……?」
「凍らせた。新たに建物が建てられていた場所は壊して――俺の記憶にあるかぎりだが過去にその場にあった木々を生やした。……わかるだろう? 思い出の場所がなくなるのが寂しいのは」
「……」
昨日も寂しいとは言っていた事は覚えている。
まゆりは咄嗟にかける言葉が出ず、無言になった。否定も肯定もできない。
あの街は……? 様々な疑問が
唯一紫蘭の話でわかることは、恐らくあの人との思い出の場所だったことだけ。
「あの街にいた人たちは?」
「君が良いなら元に戻せるが……許せるのか? 心が広いのだな。流石だ。やはり転生? 記憶が戻ってくれればなお良いのだがな」
「許せる?」
「ああ、それは……――」
◇◇◇
話が終わって、まゆりは神社の軒下の岩に座った。
まだ咀嚼しきれていない。
全てを聞いてしまうと、街を元に戻すとかどうでもよくなってきた。
対する紫蘭は別の話をし始めた。話すと言ってもまゆりは相槌を打っているわけではない。
だからほとんど独り言に近い。
それでも楽しそうに喋る。まゆりの気をほぐすつもりなのか。
あの人――紫蘭の恋人のことになれば三日三晩鳴けられるのだろう。
「君に話した通り、昔ここに住んでいたのだ。住んでいたのは君と似たあの人だ。俺はその後だがな。元々の出会いは騎士として俺が討伐として来ていたからだ。
あの人は怪我をすべて治してしまう。いわゆる回復魔法だな。だからこそいろんな組織に狙われていた。
殺して宝石として売りたいと思う人間などが多かった。
その中でも面倒だったのは、医療組織のものたちでね。知っての通り回復魔法がない。だから発達しているだろう? そいつらはすぐ治す者が邪魔で仕方なかった」
紫蘭はまゆりが昨夜手当した包帯が巻かれた翼を差し出す。
昨日までのことが大昔の気分で大昔のことを聞いていたまゆりは鳳凰の眼を見た。
「俺は当時手柄を取りたかった。そいつらも消していった。ある時致命傷を負ってしまってね。眼の見えないところで戦っていたからあの人も驚いていた。
あの人から助けられた。俺もそいつらと同じ立場だということも知らずに。
いやもしかしたら知っていたかもしれんな。それと人間の時俺は体も弱くてな。そこも診てくれた。騎士団に入ったのも改善するためだったのだがな。
ふふ。面白いだろう? 討殺しに来ていたというのに、今となっては追いかけている。
その内一緒にいる時間が増えていった。あれを付き合っているとか結婚したと言えるかはわからん。
……ああ、それと。君の家にあったあの水晶。あれはあの人からもらったものだ」
「え?!」
のろけ話だったこと。まゆり自体が気持ちの整理をつけている途中だったので、急にまゆりの水晶の話をされたので驚いた。
咄嗟に裾に入れた水晶を触る。
紫蘭も見つめ返し代わりに紫蘭も当時使っていた剣の宝石をあげたと話した。結婚指輪みたいなものだろうか。
まゆりはずっも流して聞いていたが、今度はしっかり聞き始めた。
「その、恋人といっしょにいる時、その騎士団からなにか注意されなかったのですか?」
「特になかったな。別の組織も倒せとも言っていたし……途中から生け捕りにしても良いとお達しがあったからもしかしたら、バレていたのかもしれないな」
「そうなんですね。あ、続きお願いします」
「あ、ああ。ある日俺はいつものように倒してから向かおうと思っていた。しかし向こうも頭は悪くない。不意打ちを食らってしまった。
あれは今でも恥ずかしくなる。倒した人間はおとりで囲われていたのはわかったのだが、気づいたのが遅かった……。暗くなっていく視界と寒くてたまらなかった。あれが死というものだと初めて知ったよ」
「そこであの人に助けられたのですか?」
「ああ。あの黒くなった視界でとても輝いていた。この時あの人は君も知ってるあの言葉を俺にささやいた。これが最期なら本望かと思ったのだが……」
話の途中、鳳凰が煙塵に包まれる。
まゆりもこの爆撃で耳鳴りがして座り込む。
「!!」
鳥と共に地面の白い石楠花も朱く染まっていく。翼を広げて声にならない悲鳴を轟かせる。
純白の世界が紅に変わっていく。
まゆりに被害を被らせないように少し距離を取っているようにみえた。
「大丈夫か!?」
聞き覚えのある声が右から聞こえてきた。
後ろにもギルドの人達が空間を割ってここに来ていた。転送装置を導入したのだろうか。
そういえば、昨日なにかの装置をギルドに手配した忙しいとぼやいていたのを思い出した。
ギルド員数名が持っていた機器に埋め込まれている宝石が真紅に光る。宝石から火炎放射していく。
白から赤へ、黒墨になるまで焼いていく。
まゆりは巻き込まれるのを承知で咄嗟にそちらに駆け出す。
阻止された。
「さ、今のうちに行こう!」
「でも、街は……」
「確かに氷漬けになっていけない。避難場所があるんだ。そこから来た。あのあと風の国の防衛団が来て、街の者は避難したんだ。だから人の被害は最小限に抑えられていると思う」
帰ろうと言って街の長の息子はまゆりの手を引いていく。
力が強くなすがまま。まゆりは後ろを振り返る。
火炎や粉塵で見えなくなってしまった。
氷の力を主としているから火で対抗したのだろう。溶けていく鳳を想像して眼を瞑る。
「これで終わりだな」
――と誰かがつぶやき、まゆりが再び見開いた時。
空間の裂け目付近の盛り塩のようなものから手が出てきた。氷柱を出しながら紫蘭が飛び出してきた。
盛り塩だと思っていたものは雪の塊らしい。
ちょうど裂け目が攻撃していたギルド員たちの背後。
鋭い氷柱に串刺しにされていく。
さっきとは変わって
肌はところどころ
まゆりは自分を助けに来てくれたにも関わらず、他人事のようにこれを眺めていた。
――ああいうのを天使というのかしら。
簡単な仕事だと言われたのだろう。
大半は逃げ腰だった。
まだ立ち上がれてほんの一部が、火炎や剣での攻撃に切り替えて立ち向かう。
剣を振りかぶる。
紫蘭がその者を見た。
瞬間、時が止まった様に氷像へ。
「雪なんてただ保存したいだけ。目で見たことしか信じないとは……愚か」
「い、行こう! まゆり。彼らの死が無駄になる」
紫蘭がギルド員を
紫蘭がこちらへ滑空してくる。
仕方ないと力ずくでまゆりを中へ引きずった。
二人がこの転送装置にきたと同時に白い景色から切断。
――もし、俺が必要ならまたあの言葉を。
まゆりは穴に入る直前に紫蘭から伝えられた気がした。
まゆりはへたり込んでしまった。
ここが避難所なのだろう。わざわざ装置を持ってきて今回の作戦をしたくらいは唖然としているまゆりでもわかった。
まゆりを抱っこして部屋へと連れて行った。
部屋に入りまゆりをベッドに下ろす。
「待っててくれ。君のことをどうするか。ちょっと話してくる」
どこに? 誰に? どうするか?
おかしなことを呟く彼に聞く前に、部屋から出ていった。
ホテルの一室みたいな簡素な部屋。
やる事はないので、窓を眺めることにする。
窓の外は猛吹雪。
中からなんとなくまゆりが住んでいた街よりも大きなビル街などが多く、発達しているのは伺えた。恐らく風の国の都市の近くか。
落ち着いて思い出してきた。
あの場所へ来る前の空白の時間、街の長の息子も伝えに来ていた。危ないからと本家に連れて行こうとしたところ、紫蘭が連れ去った。
まゆりは白い花畑で紫蘭から聞いたことを思い出す。
――『蘇生もあの人は使えることができた。だから俺は生きることができている。この氷雪のちからは二の次。街を当時のまま保存したかったからだ。代わりに回復魔法は使えないがな。
俺のことはいいとして、今のように過去のものを保存するため街を氷漬けにしようとした。……他の地域もした。きれいなものだ。今度見せてあげよう。
ただな、あの街は頑固でな。当時の者が交換条件を出してな。
転生というものを俺に力説した。
信じてみようと思ったのだ。
世界中探し回って、近い子を養子として迎え始めたようだった。
年頃になるとここで俺と引き合わせて。案外その子達は嫌だとはいわなかったな。それだけは不審だった。
望めば氷漬けしてずっと愛でていたのは楽しかったな。
……それはいいとして……街を奴らは守っていた。他所の子を犠牲にして。生贄が逃げないように見張りを何人もこさえて。
ずっと大昔からな。
しかし……ちょうど君が舞った後のことだ。風の神を祀っている国と話し合い、風によって俺の力を山に留まらせるようにされてしまった。そこから祭りも街の様相も変わってしまった。悲しいものだ。
……真実を聞いて君が俺とくるか、あの若者といるかは、君に任せよう』
いつも不審だったことが腑に落ちた。
なぜ閑散期でもまゆりのところに必ず人が泊まるのか。ホテルだってたくさんあるのに、だ。
日中のご飯時に多すぎる客。
常に何かを与える地元民。
長の息子も必ずまゆりの元へ訪れる。
学のないまゆりを、民宿という場所に縛り付けているような。
ずっと恩返しをと思っていたのに、全てを聞くと裏切られた気分になる。
水晶を握りしめた。
きっと昔いたはずの子も、信用していた人たちに裏切られるならと紫蘭について行ったのかもしれない。
――もし、俺が必要ならまたあの言葉を。
聞いていると信じてまゆりは最期に言ったという言葉を口にした。
「『
雪がきっと跡を隠してくれると信じて。
冰牢の不死鳥 みらい @milimili
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