冰牢の不死鳥

みらい

第1話


 提灯が視界を美しく彩る。

 風鈴が耳障りの良い音を響かせていた。

 そこに場違いの雪。


 この街の一番で唯一のイベントが終わり、帰路につく者たちにこの宿の通りが賑わいはじめる黄昏時。

 近代的な建物とそれと対照的に古風な茅葺きが混ざる特徴的な町並みは橙色に染まっていった。

 その余所行き姿に普段の街並みを知っている者としてはまるで自分が旅行者の気分。


 季節がずいぶん外れた雪。それと混ざりあい通常の猛暑は中和。ちょうど良い気候になって今年の祭り。熱で倒れる者はいなかったと聞く。


「今年も何事もなく祭りが終わってよかったよ」

 

 その街の一角に小さな民宿を構えるまゆりも幼馴染の話を聞きながらのれんを下ろした。そして、今日も一応終わりと一息つく。

 まゆりは動物の耳のように跳ねた特徴的な前髪を指で巻きつける。

 これは無意識のクセ。

「またイジってる」と後ろから揶揄う幼馴染の声は無視した。


 前を向いた時現れる遠くの白い山脈。

 今回の異常気象はその山から降る寒波だと言っていた。

 街ゆく人がその雪を見上げる様を眺める。


 ――ん?


 雲の隙間から橙色の空と大きな白い鳥がこちらを眺めているのが見えた。あれは魔物だろうか。もしかしたら、あの向こうの山に住む魔物かもしれない。

 毎年は暑いが今年は寒い。だからここまで来れることができるのだろう。ギルドの人たちは忙しくなるかもしれない。このままだとあの鳥のように、雪を好む魔物が山から降りるから。

 

 まゆりはその鳳とバッチリ眼があってしまった気がした。気のせいだろう。

 その瞬間更に降る粉雪。

 幸い元の夏の外気温のおかげで、積雪までは至らない。


 その鳥を見たせいか、あるいは降る六花りっかを浴びたせいか。体温を奪うそれにまゆりは身震い。

 

「さむい」という声が聞こえてまゆりは我に返る。黒髪や桃色の着物についた灰を払う。

 そして、逃げるように急いで中に入った。のれんを玄関の横に立てかけ扉を閉める。

  

 部屋に入ってから、まゆりは手を擦り合わせ、羽織を着る。

 中はフロントとしているカウンター。

 その目の前に客席がある。

 そこに座りながらまゆりの店じまいを眺める男。

 この街の偉い人の息子でありまゆりとは幼馴染。アゲハ・ザドルノフ。

 

 祭りの主催者で昔からずっとこの地域にいる一族。

 まゆりがこの街にちょうど来た時と同時期。風の国にここを査収されたその際も、あの白い山脈からの寒波で道が塞がった際も、その一族はこの土地を守っていた。

 

 アゲハは好青年を絵に書いた人物で短髪で碧眼。

 夏はタンクトップの人と化している。

 今年の夏は残念ながらその筋肉を晒すことなく終えそうだ。

 

 そんなアゲハはまゆりが店回りをしている時も、祭りに行けなかったまゆりのために話してくれていた。

 まゆりの返事は適当なものだったが、これは幼馴染だからゆえの適当さだ。ちゃんと聞いている。アゲハもちょろちょろ動くまゆりを目で追う。

  

「今年の夏は異常だな。祭りの神も祝ってるってことなのかなあ」

「そうね……」

 

 そう言いながら、アゲハはご飯をかっこんでいるらしい。

 大食漢でまゆりとは大違いだ。

 もごもごと声が聞こえる。

 急いで食べなくとも、誰も取らないのにとまゆりはそれを見て苦笑する。


 5人程度しか泊まれない小さな宿。

 外から来てそのフロントの見た目は昔ながらの小さな小さな飲食店。


 これは宿泊客のご飯をここでいただいてもらうため。……なのだが近くにギルドがあること。

 鉱山で働いている人たち、顔見知りがまゆりちゃんのご飯はおいしいから、と今のアゲハのように、昼ごはんを食べにくる客が多い。て、まゆりの手に負えない時もあった。


 ここまで懇意にしてくれる人が多いのは、小さいながらも創設は百年以上なることと、今は亡き義両親が営んでいたから。


 今は一人だけれど、こうして地盤を鳴らしてくれていたこと。周りも一人じゃ大変だとたまに手伝ってくれている。

 アゲハもよく来ては手伝ってくれた。

 まゆりも寂しくはなかった。

 それに本当に感謝しているのだ。

 民宿を営んでいるのも、ある意味恩返し。


「本当寒い」

「うん。まあ僕も陽が落ちる前に退散しようかな。打ち上げもあるし……ギルドも新しい装置来てるんだった! お邪魔したね。ご馳走様」

「お疲れさま」


 アゲハは何か待っていたのだろうか。

 聞くのを忘れてしまった。


 また今度聞いてみようと思い、完全に日が落ちる前に忘れず空調を変えることにした。

 

 カウンター近くの倉庫から真紅の宝石を取り出す。

 空調としている機器に元々あった水晶を取り除く。代わりに紅玉ルビーを嵌め込む。

 途端に暖かくなっていく室内。

 それを感じ、無意識に強張っていた体が弛緩していく。


 魔法の力の籠った宝石たち。

 赤は炎を、暖かさを。青は水や冷たさを。

 多種多様なそれらは、それぞれの属性の恩恵を提供してくれる。

 ほっとしてこわばった肩を下ろす。


 そしてこれを発掘して開発した先達たちに感謝する。温もりを感じながら、フロント近くのテーブル席に座った。


 魔力が込められた宝石は魔物を倒して得られるものだ。最近では宝石生成用の魔物の畜産が行われている。回復をしてくれるという宝石は発見されていない。


 便利になったものだと取った水晶を転がす。

 それとこの宝石だけは長持ちしている。

 唯一のまゆりの私物。拾い物だけれど大切にしているというだけなのだが。


 その玉が一瞬光ったように見えた。

 使えば光るけれど見間違いかとまゆりは思った。


 ……多分疲れているからだろう。


 一度休もうと立ち上がった瞬間。店の扉がガラリと鳴って開いた。


「あ、いらっしゃいませ」


 気が抜けていたとはいえ一応営業中。咄嗟にその身に馴染んだ言葉でその人を出迎える。

 白いウルフカットに白の着物。

 美丈夫だろうけれど病的に肌が白い。

 その男は困惑しながら受け答えする。

 

「い、いや。しばらくここに泊まっているものだが……」

「あ、失礼しました紫蘭様」


 一月ひとつき半ほど前からここに泊まってくれている客だった。本人談だと他の国のギルドの派遣ということだった。

 ただ、この街のギルドで働いている馴染み深い人達に聞いたところによるとそういう話は聞いていないという。しかし、鉱山の方で働いている衆に聞いたところ、宝石を管轄する上の上の層が来ているともっぱらの噂だった。

 まさか、とまゆりは考えた。

 こんな民宿よりもっといいところがあるはず。

 企業ならそういうホテルとかとってそうだけれど。


 言葉には出さず、テーブルに座り一息つく紫蘭にまゆりはお茶を出す。

 天気のことなど他愛ない話から始まり、祭りの話になった。

 

「この祭りはどんなものだ? 生憎まつりには参加できなくてね」


 どんなもの、と言われても。

 まゆりは答えに渋る。

 一応幼い時から住んでいる。しかし由来とか、祭りの神輿とか本来の意味合いは知らない。それに変わった後の演舞はわからない。

 前の演舞のことなら、とまゆりは続ける。


「えっと、子供を神輿の中にいれて去年入った子と交代で子供の健康とかを祝うんです。だから基本的に体の弱い子とかが入るんです。私も昔選ばれたんですよ?」

「へえ……、踊りとかもやるのか? 人だかりで見えなかったのだが……」

「ええ。

 物語は……よくわからないし、私がした時と変わっているので、何となくしかわかりませんけど。私の時は以降は様々な動物に扮した人たちが周りで踊ってて、その中心で今年選ばれた子と去年選ばれていた子その動物たちとともに演舞をするのです。

 多分ストーリーとかもみんなを健康に、と言った感じです。

 昔、私がやっていた時は一人で最後におまじないの言葉を……確か――」

「『いろちはたな あふおも』?」

「そ、そうです」

「ふふ。物知りだろう?」


 何故知っているんだろう。

 対する紫蘭はにっこりと困惑するまゆりの様子を見ていた。


 紫蘭は初めてここに来た時も、まゆりの元いた場所も知っていた。『何か覚えていることは?』と半月ほど経って気が知れたところでそう聞かれた。

 否と答えると紫蘭は一瞬悲しそうに目を伏せたことを覚えている。


 確かにまゆりは孤児だった。

 元いた国の名前はしばらくして知った。

 

 ――それを知っているということは、もしかして養子としてここにくる前の私を知ってる?


 くるっと髪を指に絡ませる。


「お茶出しますね」


 頭を切り替えを、とお茶の追加をしようと立ち上がった。

 しかし、急に立ち上がった体には負担だったらしい。まゆりの意思に反して視界は暗くなりかけ、ふらりと倒れかける。

 紫蘭が肩を持ってくれていた。


「すまない。大丈夫ですか?」

 

 紫蘭は触ることを詫びて、打撲という二次被害を起こさないように支えてくれた。


 ――大したことじゃないのに。ここまで心配されるなんて。なにか大切な人をなくした、とか?


 紫蘭の真摯さに感謝すると同時に、過剰な対応に困惑する。

 まゆりの様子にほっとしたのか、再びまゆりを椅子に座らせて「勝手しますよ」と自分でお茶を取りに行った。


 注いでから再び戻って、まゆりの対面に座った。

 紫蘭はまだ倉庫に直していなかった水晶を転がす。落ち着くとだんだんと恥ずかしくなってきたのでまゆりは自身の髪をいじる。

 無言も気まずいと思ったので、まゆりは紫蘭に質問した。


「誰か亡くなったことでも?」


 あそこまでだと聞きたくもなる。仕方ないとまゆりは自分を正当化しながら問う。


「貴女と似ている人を思い出してしまって……随分昔のことだ。貴女が気にすることじゃない。また会えたから……」

「よかったら、その人の聞かせていただきたいです」

「……そうだな。あの人は俺の主治医みたいなもので……出会いはそこからだろうか」

「へえ、なんだかいいですね」


 そうはいってもあまり話してくれない。まゆりと似ている人だと言っていた。随分前のことらしい。

 ただ、素面は俺とかなんだとか意外性を感じながらまゆりはじわじわと語られる話に耳を傾けた。


 紫蘭は思い出しながら同棲していたこと。魔法使い、しかも他者の回復魔法ができたことなどを話していく。


「だから俺を……」

「……?」

「いや、なんでもない」


 饒舌になり始めた紫蘭は途端に口を噤んだ。

 そして今度はここの街のことに話を変えた。まゆりも亡き人のことを言うのはきっと辛いだろうと察してこれ以上は突っ込まなかった。


「しかし、この街も変わってしまったな。祭りのこともそうだ」

「そうなのですか? あ、たしかに風の国に入ってからは神社付近から新しく建てられたものが多いかもしれませんね」

「寂しいものだな」

「そうですか?」

「ああ。ここも一度その人と来たことがあったから、それがなくなるのは悲しいな」

「……それはそうですね」

「ところで体調は大丈夫か」

「ええ、ありがとうございます。多分疲れが溜まっていたのかも」

 

 紫蘭はまゆりを安心させようと微笑む。

 それにまゆりも習う。

 まゆりの体調を案じたのかそろそろ休む旨を伝えられた。話が途中なのが悔やまれる。

 しかし紫蘭も紫蘭でまだ心配そうにしている。まゆりは提案をした。

 しかし彼の手首が赤く染まっているのを見て慌てだす。


「私も休みますよ。あれ?」

「ん?」

「怪我してますよ。ちょっと持ってきます」

「い、いや。すぐ治る」


 紫蘭の言葉を無視してカウンター下から救急箱をもってきた。手首には数箇所切り傷があった。

 白い着物の袖口も赤に染まっていた。

 もしかしたら、何か作業で作ったのかもしれない。

 全く気づかなかったのは巧妙に隠していたからかとまゆりは思いながら消毒して包帯を巻く。

 紫蘭も最初は唖然としていたが、まゆりの行動が嬉しそうで先ほどの暗澹たる表情は抜けていた。

 一通り終わると、紫蘭は感謝を述べる。


「……やはり、『いろちはたな あふおも』。明日はお昼時に来る」


 嬉しそうにそう伝えて紫蘭は自分の使っている客室へと入っていってしまった。


 ……あれって感謝の言葉とかなのかしら?


 また明日お昼を一緒に食べる時にでも聞いてみようと思い、まゆりも休息するため奥の自室に入って行った。

 彼の転がした水晶は月白げっぱくに光り輝いていた。

 

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