空の向こうへ
輝姫は、満開になった桜を眺めてふわりと微笑んだ。時が経つのは早いもので、今日は卒業式である。あの進路調査を書いてからもう、一年も経った。輝姫も透馬も緑南高校に進学することが決定した。
「輝姫ー!」
輝姫が振り向くと、カメラを構えた朱音がカメラのシャッターを切った。きょとんとしている輝姫をもう一枚撮り、満足げに顔を綻ばせる。
「似合ってるよ、その着物。」
輝姫は困ったように笑った。彼女に合わせて仕立てられた、シンプルだが綺麗な作りの着物は、輝姫の印象によく似合っていた。その黒髪と同じく漆黒の下地に、映える見事な紫色の蝶。帯は輝姫の瞳の奥の光と合わせて深い青。結い上げられた髪を彩るのは、青色の蝶の簪。まるで蝶の精霊のような姿だ。
「ありがとう。」
「こ、輝姫!」
感謝の言葉に被せるように、透馬の声が響いた。卒業証書を持って真っ赤になっている。それほどまでに友人との別れが辛かったのだろうか。透馬は輝姫に近寄ると、何度か深呼吸をして口を開いた。
「き、綺麗だ!」
輝姫は首を傾げた。しばらくして、頷く。
「そうね、この着物綺麗よね。」
朱音が転んだ。輝姫は朱音を心配して視線を送ったが、どうやら汚れもほぼないようなので、透馬に視線を戻す。
「す、好きだ!」
輝姫は目を見開いた。
「一目惚れだった。それと、入学式の日に話しかけてくれて、最初から話せたのは君だけだったから…その性格も、好きだ!」
輝姫の頬が真っ赤に染まった。耳まで赤くなる。
「君の全てを受け入れると誓う!だから…つきあってください!」
透馬が深々と頭を下げた。輝姫は二、三秒固まっていたが、徐ろに透馬の肩に手を置いて頭を上げさせた。
「ありがとう。私も、多分あなたのことが好き。こんな私でよければ…」
前世の記憶が、蘇る。あの鮮血が、魔王との戦いが、未だ瞼の裏に焼き付いている。仲間たちの悲痛な叫び声が、未だ耳の中にこびりついている。ラファエルの言葉が、未だ脳裏をよぎる。これまで、幾度も死を見てきた。そして自身も、今世で死にかけた。その末に見つけた、淡い光。それは全ての闇を打ち消すものではない。しかし、暗がりを照らして希望を見せる唯一の存在だ。
「お願いします。」
ざぁっと風が吹いた。桜が舞う。透馬はそっと輝姫を抱きしめた。その頬を伝う雫を誰にも見せぬよう、自身の胸の中に閉じ込めて。
「輝姫。しばらく、このままでいさせてくれ。」
輝姫は何も言えず、無言のまま頷いた。そっと抱きしめ返す。
思えば、様々なことがあった。前世の記憶が蘇り始めてから、闇を見て、そして二つの星を見た。両方に手を伸ばして、守ろうとして、結局自身が破滅しかけた。そして星によって再び蘇った。輝姫の中にはいつも星が輝いていた。そしてその星はもう、去ることはない。星が、輝姫の居場所なのだから。
さようなら、師匠。あなたに師事することができて、幸せでした。あなたの弟子で、幸せでした。消えてしまったけれど、その気遣いが今でも心に沁みます。
さようなら、ペステ、ジーリッシュ、ルピナス。悪戯ばかりだったけれど、それでも楽しかった。普通の女の子に戻れたみたいでした。
さようなら、共に戦った仲間たち。全員の顔を、覚えています。今頃あなたたちは、何をしているのでしょうか。普通の人みたいに笑うあなたたちの笑顔が、大好きでした。
さようなら、魔王。あなたは敵だったけれど、その瞳の中に映る寂しげな光が気がかりでした。もう倒されているでしょう。今世では、あなたと友達になりたかった。いつか、あなたが幸せになることを願っています。
さようなら、前世の記憶たち。今の私には、鮮血も魔法も必要ない。医学は魔法よりも発展しています。だから、来世でまた会いましょう。
輝姫は瞳を開けた。目の前には愛する人が、隣には信じる人がいる。ふわりと笑えば、その人たちも笑う。
「私、今とても幸せよ!」
さあ、この空をどこまでも駆けていこう。
空が晴れたら、夢よ咲け 華幸 まほろ @worldmaho
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