キミにだけ聴こえるメロディー

幸まる

ハナのメロディー

初めてはなに会ったのは、小学校五年の頃。

公園の花壇を踏み荒らしていたオレを、華が止めた時だ。


「花が泣いてるから、やめてあげて……」


そんな風に止められたことは初めてではなかったのに、オレは酷く悪いことをしてしまった気分で動きを止めた。


花よりも辛そうに、華自身が泣いていたからだ。


薄桃色の頬を流れていく涙。

泣いていることを隠すわけでも、恥ずかしがるわけでもない。

同じ年代の女の子が、こんな風に泣き顔を晒して真正面に立つのを初めて見た。


華は花壇に歩み寄って、倒れたパンジーをすくい上げた。

その悲しそうな横顔を見て、オレはいたたまれなくなって謝ってしまった。


「根っこのところを直して、水をかけてくれたら許してくれるって」


涙のまま見上げて言われ、オレは半信半疑で華の隣にしゃがみ込み、黙って作業を手伝った。


「ありがとう、しゅうくん。優しいね」


作業が終わると、華は涙の跡をつけたまま笑った。

オレの名前を知っていたことも驚いたが、『優しい』と言われたことに、さらに驚いた。


気性が荒いとばかり言われていたいたオレに、『優しい』と……。




それからは、時々公園で顔を合わせて、少しだけ会話をするようになった。

誰かと会話するのが苦手で、苛立つ気持ちをよく物にぶつけて発散していたオレは、華と会って、その回数を減らしていった。


華は、オレが上手く喋れなくて口を閉じてしまっても、どれだけ言い間違えても、静かに次の言葉を待ち続けてくれるから。

何も言葉を発しなくても、ちゃんと聞いているよと、その瞳が言ってくれたから。


そして同時に、華の話も聞いた。

彼女は物心付いた頃から、植物の声が聞こえるのだという。

言葉として聞こえるわけではない。

メロディーの様な音が聞こえるらしい。

苦しければ、頭が痛くなるような鋭い音で。

楽しければ、弾むような丸い音で。


それはとても不思議な話だったが、華を見ていれば、全てが本当だと思えた。

だからオレは、信じると伝えた。


「ありがとう、修くん」


華の笑顔は、花が咲くようだった。

思えば、その頃からオレは華が好きになっていたのかもしれない。




華は同じ小学校の同学年だったが、支援クラスに所属していた。

彼女は、聴覚過敏のある“発達障害児童”として括られていた。


支援クラスは、オレも三年生に進級する時に、親が先生に勧められていたので知っている。

普通クラスで勉強するよりも、本人が楽ではないかと勧められたのだ。


結局親が“普通”クラスを望んだので、オレは五年生の今でも支援クラスには入っていない。



華は学校では常に大きなヘッドホンを着けていて、休み時間にも教室を出ることはほとんどなく、端の方で静かにしているようだった。


公園で会った時に聞いてみると、ヘッドホンをしていれば、植物の声はほとんど聞こえないのだとか。


「これならなんとか、集団の中にいられるの。植物の声が聞こえるって言っても、両親と修くん以外、誰も本気で信じてくれないから」


彼女の微笑は消えてしまいそうだったが、オレはなんと言って良いか分からず、いつものように口を閉じた。




オレと華は、時々公園で会い続けた。


そうして日々をやり過ごしていたが、六年生になったある日、事件は起こった。

華が学校で激しく暴れたのだ。

華の両親が呼ばれ、先生や支援員の人達と話し合い、華は校区の中学校ではなく、支援学校へ行くことになった。


引っ越すわけではなかったから、オレは公園で会った時に華に話を聞いた。

華が暴れたのは、授業で地球温暖化についての資料映像を見たからだった。

そこには、森林伐採や山火事をはじめとする、大規模な自然破壊の映像が入っていたのだ。


オレは拳を握った。

なぜそんな映像を見せるんだ。

華はちゃんと、植物の声が聞こえると主張していたのに、なぜ信じない。


「……私、皆と同じが良かったな」


華が、ポツリと呟いた。




“皆と同じ”って、何だ。


普通クラスのオレは、皆と同じか?

算数のテストで、毎回一桁の点数を取る奴は同じ?

何度言われても宿題を忘れてくる奴は?

プールで水に顔をつけられない奴、毎日遅刻してくる奴、給食が全部食べられない奴。


皆、同じじゃない。




皆、みんな、それぞれ一人だけの人間じゃないか。




オレの頭はぐるぐるしていたけれど、いつものように、言葉は少しも口から出なかった。

笑顔の無くなった華の為に、何も出来ないオレは、とんだ役立たずだ。


だけど、あの時華は、オレを『優しい』と言ってくれた。

嬉しかった。

華がそう言ってくれるのなら、オレは優しくなれる気がした。

このままで生きていいって、教えてもらった気がしたんだ。



だからオレは、花を育てた。

心を込めて。


ありがとう。

大好きだよ。

笑っていて。


キミは、キミで良いんだ。




風が少し涼しくなった頃、オレは華に鉢植えを渡した。

何も言わずに渡したけれど、華は受け取った瞬間、瞬いて、ポロポロと涙をこぼした。

そして笑ってくれたんだ。


「修くん、お花、歌ってるよ」





《 終 》

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キミにだけ聴こえるメロディー 幸まる @karamitu

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