黄金林檎の落つる頃
白雪花房
オレンジ色
マレビトがたどり着いた世界はまさしく楽園だった。
荒れたマントを羽織り備品の剣を挿した男は、ぼんやりと遠くを見通す。
彼は不老不死の果実を求めて西の果てを目指していた。全ては王の命令。モチベーションはなかったが、期待をかけられて仕方がなく旅立った。
精霊の加護を受けた船がオートで大海原を漕ぎ出す。なにもせずに見守っている内に嵐に巻き込まれ、気がつくと打ち上げられていた。
黄昏に染まった幻想的な景色、霞がかっているせいで夢の中のようだ。平原では優雅な唄が聞こえる。ゆったりとした透き通る衣をまとう、乙女たちだ。ふんわりとした裾から細い足首が覗き、裸足で平原の草を踏んでいる。
川を越えた先には秘密の楽園。百首の竜が守る場所の中心には、天まで遠くほどの大きな樹木があった。常緑に茂った葉には黄金色のりんごが実る。
今、それがぽたりと雨の雫のように落ちた。淡い色をした花畑の中に、ポツンと。
彼方の唄はさらに壮大に奏でられる。
黄金林檎が落つるころ、豊穣の実りが訪れる。
収穫祝い、祭りを開こう。
かの者は我らに恵みを届け、生命の息吹をもたらさん。
ヘスペリデス、ヘスペリデス。
我らの願いを聞き届けたまえ。
どうか黄金のりんごが不和にならぬよう。
我らの願いを聞き届けたまえ。
黄金のりんごが落ちるころ、島の女たちはある儀式を執り行う。
それは黄金のりんごの行き先を決めるもの。争いはなく、あくまで平和的に。
唄を歌い、舞いを踊り、甘酸っぱい料理を振る舞う。
島の主たる神々を祝福し、豊穣の祈りを天に捧げる祭り。今回は外の世界から流れてきた存在を、歓迎する行事も兼ねていた。
マレビトも歓迎を受け、乙女たちと輪になって踊ったり、笑い合ったりした。使命すら忘れて、このひとときを楽しむ。次第に彼はおのれの体と心が黄昏の中に溶け、一つになるのを感じた。
最初は来るビジョンも浮かばなかったし、やる気もなかったのに、今となっては着てよかったと実感が湧く。やはり自分は恵まれた人間だ。彼はそう感じざるを得なかった。
そして祭りが終わり、世界が夕闇に染まり始めたころ、キラキラとした光が一人の対象へ向かって降り注ぐ。
チュニックを着てマントをなびかせた青年は、無言で佇みながら輝き出す。
ぽかんと突っ立っている彼の手元に、黄金のりんごが収まる。それを見た瞬間、乙女たちは「おおっ」とざわめく。
「やはり彼こそが選ばれし者」
「西の果てに光をもたらす者」
「あなたこそが我らの希望」
「さあ、この季節を祝福しましょう」
声を重ね、興奮を表に出す。
男としては実感が湧かない。自分が選ばれし者とは思わないし、特別な人間でしかなかったからだ。
たくさんの女に囲まれ、花の香りに満たされながら、彼が視線を向けたのは別の相手。紅の髪をしたうるわしの乙女。彼女は周りと違って控えめに見守るだけだったが、内側からオーラがにじみ出ている。
彼と彼女は引き寄せられるように、互いを見た。
「もしも黄金のりんごを食べたら、私と永遠の舞いを踊らない?」
彼女が花のように笑うと、チュニックを着てマントを羽織った勇士は、ドキッと胸が弾むのを感じた。甘酸っぱい空気の中、空気はたゆたう。
そして彼らの心の中でぽたんとなにかが落ちて、波を立てた。
彼らはゆったりとした調べとともに、新たな曲を奏で始める。
西の空はオレンジ色に光り輝いていた。
黄金林檎の落つる頃 白雪花房 @snowhite
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます