滅んだ世界の過ごし方

加加阿 葵

屋根裏で猫が嗤う

 屋根裏の暗がりに、陽光が差し込んでいた。

 木が軋み、長年にわたり積もった埃がわずかな光の中で舞い上がる。

 その奥深く、何かを待っているのか、はたまたすべてを諦めているのか、静かにたたずむ猫がいた。


 彼の名は誰も知らない。その猫はこの館の主と言ってもいい存在だった。


 彼は何百年も生き続け、変わり続ける世界のどこかにある家に忍び込んでは屋根裏に住み着いた。

 彼は今、古い洋館の屋根裏にいた。


 かつては綺麗な洋館だった。今では当時の面影は残っておらず、ツタが崩れ隙間だらけになった煉瓦の壁を這い、数多の自然災害により、建物としての価値を失っていた。


 何百年もの間、彼は屋根裏から人間たちを眺めていた。

 彼の目に見える人間はすべたが同じように見えていた。喜びをあらわにする人間。悲壮感を漂わせてる人間。成功した人間。そうでない人間。彼にとってそれに色は無く、何度も繰り返されるサイクルの一部に過ぎなかった。


 

 彼はいつものように屋根裏にいた。

 人間を見なくなってから、どれほどの年月が経っただろうか。

 

 かつては入れ代わり立ち代わりに人間が住んでは消え、住んでは消えてきたが、今はその影すらなく気づけば建物は朽ち、屋根に穴が開き光の束が差し込んでいる。

 彼は静かに屋根裏から降り、ガラスの破片や分厚い資料が散乱した部屋を小走りで抜け、枯れた草木の隙間を縫うように、洋館の敷地の外へ出た。

 

 何かが違う。


 風に運ばれてくる空気は静かで重苦しく、自然と足取りが重くなる。

 外の世界は相も変わらず存在していて、時間も平等に進んでいる。


 その中に生きてる人間の姿はどこにも見当たらなかった。


 洋館と同じように荒廃した街並みに、うっすらと残る人の営みの痕跡に冷たい視線を送った。

 こんなにも早かったのかと、彼は後ろ足で首をかいた。

 悠久の時を生きる彼にとって、人類が滅ぶことはただの時間の問題だった。



 その後も彼は人々が過ごしたであろう場所を辿った。

 うるさくて昼も眠れなかった車が放置され、建物の壁は崩れ去り、柱だけが残されている。

 公園で遊ぶ小さい人間の姿や、露天に品物を並べる大きな人間の姿もない。


 世界は静まり返り、ただ風が吹き抜ける音だけを感じ、彼はこの荒れ果てた光景をどこか滑稽に感じながら見渡した。


 どうせ消えてなくなるのに、人間らは何を求めて永遠と争い続けていたのか。

 彼にとって人間の滅びとは必然的な結果に過ぎなかった。


 彼は街に散らばる骨のようなモノを踏みつけながら洋館へと戻った。

 

 ここに戻ってくると過去のことを思い出す。

 彼はこの洋館で生まれ落ち、逃げ出すように各地の屋根裏を巡ってきたが、どの場所も争いの只中で結局この洋館に戻ってきてしまった。

 そのころからだった。人間を見なくなったのは。


 小動物を入れておくようなケージを横目に彼は屋根裏へと戻った。

 屋根裏にはいつもの静寂があった。人間が滅びた今、それは永遠のものとなり、少しばかりの寂しさを感じざるを得なかった。

 この場所に来る人間はもういない。彼はそれを理解し、薄く嗤った。

 人間たち自らの愚かさゆえに滅び去り、たった1つの呪いともいえるようなものを残していった。

 そして彼は、その愚かな人間の終焉を見届けた存在として、静かにこの場所に居続けるだろう。


 

 人間たちが何を成し遂げようと、どれだけの時間を費やそうと、この結末は最初から決まっていた。

 彼らの存在は、猫の目には滑稽で無意味なものでしかなかった。そしてそのすべてが終わった今、彼はこの静まり返った世界に残された。

 世界が滅び去った後も、彼は変わらず、何もかもを見守り続ける。彼が目撃したすべての愚行と、結局はその全てを嘲笑うかのように。猫は屋根裏で永遠に。


 人間の愚かさ、無力さ、その全てを知り尽くしながら。








   

 

 




 












 今日も、無情にも流れ続ける時間を感じていた彼は、再び外の世界を見ようと屋根裏からおりた。

 紙ベースの資料が散乱した部屋で彼は一冊のファイルにつまずいた。それに気にすることなく彼は陽光が指す荒れ果てた街へと歩を進めた。


 

 開かれたファイルにはこう綴られていた。



 confidential level.5

 対世界用不死身人間。実験レポート。


 実験体No.4

 実験体名「イモータルキャット」

 

 ――実験成功。

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