魔女カータリのミートパイ

つばさ

魔女カータリのミートパイ

 ある森に1人の魔女が住んでいました。名前はカータリと言います。赤くて丸い瞳に背中に垂らした長い茶色の髪、それと小柄な体躯に見合わぬ大きなとんがり帽子が特徴的な可愛い女の子です。

 彼女はぱっと見は普通の子供のようでしたが、2つ他の子と大きく異なる点がありました。1つは魔法が使えることです。彼女は箒に乗って空を飛ぶこともできるし、杖の1振りで何かを燃やすことができます。

 2つ目は彼女が食べるものは人の魂だということです。彼女は私たちがパンやお肉を食べるのと同じように、人の魂を食べて生きています。

 ある日のことです。彼女がいつものように森に迷い込んだ人間を食べていると、ふとこんなことを思いました。

(私はいつも魂を食べた後、その殻を残したままにしている。なんだかもったいない。この殻を使って何かできないかな)

 彼女が殻の前で悩んでいると、森から1匹の黒猫が飛び出してきました。

「どうしたんだいカータリ?そんなに小難しい顔しちゃってさ」

「あら黒猫さん。こんにちは!」

 カータリは近寄ってきた黒猫の頭を撫でながら、顔を綻ばせています。2人は子供の頃からずっと一緒に遊んできた大親友なのです。

「この殻を使って何かできないかなって考えていたの。中身だけ食べて後は野晒しなんて、なんだかもったいないでしょう?」

「確かにその通りだ。そんならこの殻を使って、ミートパイを作ってみたらどうだい?君の魔法ならちょちょいのちょいでできるだろう?」

「ええもちろん!でも私、ミートパイじゃちっともお腹が膨れないわ」

 カータリはお腹をさすりながら、残念そうに呟きます。魔女の腹を満たすものは人の魂だけです。甘いジュースをいくら飲んでも満腹にならないのと同じように、魔女は他の食べ物ではちっとも満足できないのです。

「じゃあその作ったミートパイは人に売ってしまおう。人間はお肉を食べると腹が膨れて幸せになるんだ。君がたくさんのミートパイを作って持っていけば、みんな大喜びで買いにくるよ」

 カータリは多くの人が自分の作ったミートパイを笑顔で買いにくる様を想像して、ワクワクしました。

「なんて素敵な考えなんだろう!黒猫さんありがとう!さっそく1つ作ってみるわ!」

 カータリは家からミートパイを載せるための皿とねじくれた赤茶色の木杖を持ってきました。カータリは目の前の殻に杖を構えると、あっという間にそれをミートパイへと変えてしまいました。

 出来上がったミートパイは日差しを浴びてキラキラと光り、中身を開くとぎっしりとお肉が詰まっていてとても美味しそうです。カータリは出来上がったミートパイを皿に載せ、近くの村へと向かいました。

 その村にはたくさんの赤いバラの花が植えてありました。どこを見渡しても赤いバラの花があり、殺風景な村を彩っています。カータリはそれをとても綺麗だと思いました。

(そうだ。ミートパイをあげる代わりに、私はバラを貰うことにしよう。お金をもらっても私には使い道がないんだもの。綺麗なバラの花の方がよっぽどいい!)

 村にはたくさんの人間が暮らしています。カータリは村の人たちにミートパイを見せつけるように歩きながら、大きな声を出しました。

「カータリのミートパイ!カータリのミートパイはいりませんかー!外はサクサクで中身はぎっしり!とってもとっても美味しいミートパイですよー!」

 その声を聞いた若い男の人が足を止め、カータリの持っているミートパイに目を留めました。

「お嬢さん。そのミートパイはおいくらだい?」

「赤いバラの花1本よ!」

「花?そんな物でいいのかい?」

 男の人は不思議に思いながらも近くに植えてあった薔薇の花を1本手折り、カータリに渡しました。カータリはもらったバラの花をくるくると回して、うっとりと眺めています。

「こんなに綺麗なバラの花をくれてありがとう!」

「こちらこそ。こんな花1本でミートパイが食べられるなんて、僕はなんてついているんだろう」

 男の人はミートパイを1かけら口に含むと、すぐに喜びの声をあげました。

「なんて美味しいミートパイなんだ!こんなに美味しいものは食べたことがないよ!」

「それはよかったわ!みんなにも伝えてちょうだい!カータリのミートパイは世界一おいしいんだって!」

「そうするよカータリ!ミートパイが出来上がったらまた来てね!」

 男は家に帰る途中でミートパイを食べながら、1つの歌を歌いました。

「外はサクサクで中身はぎっしり!美味しいな!美味しいな!カータリのミートパイは世界一!」

 カータリは家に帰ってからさっそく、次に村で売るためのミートパイを作り始めました。森には捨てられた子供たちと家を失った大人たちがたくさんいるので、材料には困りません。

『やめてよカータリ!僕たちが何したって言うのさ!』

「何にもしてないわ。だからミートパイにしたいのよ」

 翌朝、カータリは荷車に薄い絹を敷いた後、そこにたくさんのミートパイを並べました。そして荷車を村へと運びいれて呼びかけます。

「カータリのミートパイ!カータリのミートパイはいりませんかー!外はサクサクで中身はぎっしり!とってもとっても美味しいミートパイですよー!」

 カータリが呼びかけると大勢の人がわっとカータリの周りに集まってきました。子供も大人も男も女も関係なく、荷車に詰まったミートパイをキラキラした目で見つめています。昨日男の人がミートパイを美味しそうに食べている様子が、村の中で噂になっていたのです。

『カータリさんこんにちは!私にもどうか、美味しい美味しいミートパイをくださいな!』

「ええもちろん!お値段はバラの花1本よ!」

『バラの花でいいのかい?そんならここにどっさりさ!1本と言わずに貰っておくれ!』

 村の人たちは荷車からミートパイを取り出したあと、かき集めてきたバラの花束を代わりに荷車に詰め込みました。荷車は真っ赤なバラで埋め尽くされ、1つの花園のようになりました。カータリはそれを見て目を輝かせています。

「ありがとう!私こんなにたくさんのバラの花を貰ったのは生まれて始めてよ!」

『いいさいいさそんなもの!こんなに美味しいミートパイのためならいくらだってあげちゃうさ!』

 村の人たちはミートパイを頬張りながら、カータリにしきりに感謝の声を送りました。カータリはこの日も喜びに満ち溢れながら、家へと帰っていきました。

『外はサクサクで中身はぎっしり!美味しいな!美味しいな!カータリのミートパイは世界一!』

 次の日もカータリはミートパイを作り、村へと売りに行きました。もう森には子供も大人も1人いませんでしたが、何人もの猟師さんが狩りのために森に入っていたので、ミートパイの材料には困りませんでした。

『やめてよカータリ!俺たちが何したっていうのさ!』

「何にもしてないわ。幸福にしたい人がいるってだけ」

 カータリは村に入ると違和感に気づきました。昨日はみんなでカータリを歓迎してくれたのに、今日は遠巻きに荷車に載ったミートパイを見つめるだけで、誰も近寄ってこないのです。

 変だなと思いながら、カータリは村の奥まで荷車を引きずりました。村の奥にはレンガ造の大きな家があり、そこから白い顎髭を膝まで伸ばしたおじいさんが出てきて、カータリを引き留めました。

「お前さんがカータリかい?」

「ええそうよ!ミートパイをお1ついかが?お値段はバラ1本!」

「1つ貰おうか。しかしバラの花は渡せないよ。あのたくさんのバラはこの殺風景な村を色づけてくれる大切なものなんだ」

 おじいさんは金貨を5枚もカータリに握らせて、荷車からミートパイを1つ取りました。ミートパイを1口含むと、おじいさんは満足そうに頷きました。

「うむ、おいしいな。村の者が世界一というのも納得じゃ。申し遅れたが、私はこの村で村長をしているフリーダというものじゃ。お前さんには悪いのだが、このミートパイ売りは今日で最後にしてほしい」

「え、どうして?」

「なぜってお前さんがこれからずっとミートパイを売り続けていたら、村のミートパイ屋が全部潰れてしまうからだよ。君のミートパイは味もいいし、値段もバラ1本で済む。だからお前さんのミートパイを食べた後は、誰も他の店のミートパイを食べようなんて思わなくなるんだ。私は村の人のことが何より大事だから、その生活を壊す君を追い出さなきゃならない」

「そんな…」

 カータリはしょんぼりと顔を下げたあと、何とかならないかと何度も村長にミートパイ売りを許してくれるよう頼みましたが、村長は決して首を縦に振りません。むしろカータリが泣けば泣くほど、その顔は冷たくなっていきます。

「泣けば私が絆されると思っているなら大間違いだ。子供はすぐに泣いて喚けば、自分の思い通りに事が片付くと思っている。その手にはのるもんか」

 カータリはそんなこと考えたこともなかったので、一瞬弁解しようと思いました。だけど頭が硬い人間には何を言っても無駄なのだと、カータリは知っています。だから何も言いませんでした。

 カータリが人を食べると知った人は、みんなカータリの話を聞かず彼女のことを殺そうとします。どれだけ優しそうな人でも一度頭が硬くなると、途端に会話の通じない化け物に変わるのです。

 カータリは優しいけれど、心が弱い女の子です。さっきまで優しかった人から怒鳴られることは、カータリにとっては心臓を切り付けられることよりもよっぽど恐ろしいことでした。

 怖がりのカータリはそれ以上村長さんと一緒にいることに耐えられなくなって、大量のミートパイを抱えたまま家に帰ることになりました。

 家の前に着くと黒猫が待っていました。黒猫は落ち込んだカータリと大量のミートパイを見て、不思議そうに首を傾げます。

「どうしたんだいカータリ?昨日まであんなに綺麗さっぱり売れていたのに、今日は山積みじゃないか」

「村長さんからもうミートパイを売らないでくれって言われたの。村の人に迷惑だからって」

 カータリは丸くて赤い瞳からポロポロと涙をこぼします。あんなに楽しかったミートパイ売りを今日限りで辞めないといけないのです。カータリは悲しくて悲しくて仕方がありませんでした。

 カータリが家に入った後、黒猫は思いました。(あんなに悲しそうなカータリは初めて見た。ここは友達の僕がどうにかして、彼女を元気づけてあげないと)

 黒猫は利発であり思い立ったらすぐに行動する気持ちのいい性格です。夜になってから黒猫はすぐに村へと飛んでいき、村のミートパイ屋を営んでいる人たちの喉を自慢の爪で引き裂いて、みんな殺してしまいました。

『やめてよ黒猫さん!俺たちが何したって言うのさ!』

「何もしてないさ。ただ僕がこうしたいからしてるだけ」

 翌朝、黒猫は嫌がるカータリを無理に村へと連れ出しました。ミートパイを積んだ荷車も一緒です。カータリは黒猫がどうして売れないミートパイを村へ持っていくように言うのかわかりません。黒猫に聞いても『今日は大丈夫』の一点張りで何にも話してくれないので、カータリは不安と期待がないまぜになって変になりそうでした。

 カータリはキョロキョロと不安げに辺りを見回しながら村へと入りました。また生活の邪魔になる物を持ってきたと、村長に言われるのが怖かったのです。

 しかし実際はそんなことはなく、村の人たちはカータリと黒猫を暖かく出迎えてくれました。顔にはにっこり笑顔を浮かべて手にはたくさんのバラの花を持って、カータリがいつもの台詞を言うのを待っています。

「みんなどうしたの?ミートパイはもう売れないわ。村長さんから止められているの」

『それは昨日の話だろう?実は村のミートパイ屋は今朝みーんな死んじゃったんだ。もうミートパイを作る人がいないから、君がミートパイを売って困る人は誰もいないんだよ』

「まあ本当?いきなりみんな死んでしまうなんて、何があったのかしら?」

『さぁ?知らないよ。知らないよ。ケチンボパイ屋のことなんてどうでもいい。そんなことよりカータリ!美味しい美味しいミートパイをちょうだいよ!僕たちみんな、お腹が減って死んじゃいそう!』

 カータリは他のパイ屋のことが気になりましたが、目の前で自分のミートパイを楽しみにしている人たちを見て、それを忘れました。

「カータリのミートパイ!カータリのミートパイはいりませんかー!外はサクサクで中身はぎっしり!とってもとっても美味しいミートパイですよー!」

『みんなちょうだい!薔薇の花ならほらこの通り!好きなだけ貰っていってよカータリ!』

 ミートパイは飛ぶように売れました。荷車にはまたバラの花束がぎっしりと溢れんばかりに詰められます。みんなはカータリも交えて笑顔で歌を歌います。そしてお腹いっぱいに幸福を味わいました。

『外はサクサクで中身はぎっしり!美味しいな!美味しいな!カータリのミートパイは世界一!』

 カータリは次の日も次の日もミートパイを売りに行きました。その度にミートパイはあっという間に売り切れて、バラの花で荷車は満ちます。カータリは貰ったバラの花を全て大切にし、朽ちないように魔法をかけていました。村の人から集めたたくさんのバラの花はカータリの手で家の前に植えられて、世界で1番大きなバラの庭園になりました。

「私はこんなに立派なバラの庭園が貰えて、村の人はたくさんのミートパイを食べてお腹がいっぱいになった!みんな幸福になったわ黒猫さん!」

「その通りだねカータリ。僕も君の笑顔が見れてすごく幸せだ。ミートパイになってくれた人たちには感謝しなきゃね」

「本当ね!何にもしてない人たちだったけど、こんなにも幸せをくれたんだもの!ミートパイはお腹も心も満たしてくれる!本当の本当に、世界一の食べ物だったわ!」

 バラの庭園が村よりも大きくなった頃、カータリは最後のミートパイ売りに出かけました。最初に売りに出たころと同じように皿に1個だけミートパイを載せて、森の中を歩いていきます。

 もう誰もカータリと黒猫に喋りかけません。森は静かでした。

 村も同じようなものでした。違うのは最近まで、人が住んでいたような痕跡があることです。でもそれもわずかで、注意して見ないともうわかりません。あれほど鮮やかに咲いていたバラの花はもうありません。村から特徴と呼べるものはなくなっていました。あれほどたくさんいた村の人はもういません。ミートパイの材料はもう、森に迷い込んだ人だけでは足りなくなっていました。

 カータリが誰もいない村の中を歩いていると、前から誰かが走ってきます。それは村長でした。村長は最初に会った頃に比べると、だいぶ変わっていました。顔色は青ざめているし目は落ち窪み、寒くもないのに手がワナワナと震えています。そして常にビクビクと周囲に視線を向けていました。

 カータリはお客さんが残っていたことを喜びました。それも酷く不幸そうな人が残っていたことを喜びました。自分のミートパイで彼を幸福にしてあげることができたら、パイ屋冥利に尽きると思ったのです。

「外はサクサクで中身はぎっしり、とってもとっても美味しいミートパイ、お1ついかが?」

「もらう、もらうよ…!金貨ならあるんだ…!それをくれ、それしかないんだ…!」

 村長は金貨を投げつけるようにカータリに渡した後ミートパイをひったくるように手に取り、すぐにむしゃぶりつきました。口にした瞬間村長の目から涙が溢れ、地面にいくつもの染みを作りました。

「外はサクサク!中身はぎっしり!美味しいよ!美味しいよ!カータリのミートパイは世界一だ!ああ、本当においしいよ…こんなに美味しいミートパイが食べれることだけでも感謝しなきゃ、もうワシにはこれしかないんだから!妻も娘も赤いバラの花も、みんな消えてしまった!村にはもう誰もいない!ああ!」

 村長は悲しみが抑えきれなくなった拍子に手から力が抜けて、ミートパイを地面に落としてしまいました。気づいた村長は慌てて拾い上げようとしますが、手にはちっとも力がはいません。ミートパイは地面をコロコロと転がり、次第に砂まみれになって食べられなくなってしまいました。

「もう1個だけミートパイをくれ!金貨ならある!」

 村長は懐から大量の金貨を取り出しましたが、カータリの顔は曇っていました。それは金貨を受け取るのが嫌だったというわけではなく、単にもう売れるミートパイがなかったからです。

 カータリは泣きはらす村長を前にして悩みました。不幸な彼になんとしても、幸せのミートパイを渡したい。カータリは物売りとして最も大切な、『お客さんを大事にする心』を身につけていたのです。

 悩んでいたカータリはついに、村長の望みを叶える方法を1つ思いつきました。

「村長さん。私のミートパイがどうしても食べたいの?」

「ああ!世界で1番美味しいミートパイ!それをくれよお前さん!欲しいものなら何でもあげる!カータリのミートパイをワシにくれ!」

 こんなにも強くミートパイを求められたことは初めてです。カータリはやはり何としてでも村長の願いは叶えてあげないと、と思いました。

 だからカータリは懐からナイフを取り出して、村長の首を斬りました。そして飛び散る血が乾く間も与えず胴体をミートパイにして、それを村長の口へと運んであげました。

 けれどおかしなことに、あれほどミートパイを熱望していた村長はもうぴくりとも口を動かしません。カータリは不思議に思いました。そこに黒猫がやってきて、やれやれと首を振ります。

「カータリのお馬鹿さん!食事が口だけでできるもんか!とっくにその人死んでるよ!」

「まぁ、私ったら!」

 カータリは恥ずかしさで顔が真っ赤になりました。幸いなことに村にはもう誰もいなかったので、それを見てるのは黒猫だけでした。カータリの未熟な失敗を笑う人はいないのです。

「村長さんに悪いことしたわ。あんなにパイを食べたがっていたのに」

「あんまり思い詰めないで。過ぎたことは仕方がないさ」

「このミートパイはどうしよう?」

「せっかくだし僕たち2人で食べようよ。前からどんな味がするのかなって、ずーっと気になっていたんだ」

 仲良しな2人はミートパイを半分に割って、揃って口に入れました。瞬間1人と1匹は顔を綻ばせます。

『外はサクサクで中身はぎっしり!美味しいね!美味しいね!カータリのミートパイは世界一!』

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