下
[8]
目が覚めるとドラマは終わり、バラエティ番組が流れていた。やっ、この番組が流れているということは、もう夜か。休憩室は相変わらず薄暗い。
外に出る。すっかり暗い。通りを往く人群を見る。仕事終わり帰途か、背広姿多し。已往、ついぞ背広に縁が無かった。てめえにも別の生き方があったか。つくづく人生を棒に振ったものだ。能がねえから往く道も狭く、昏い。現況は、バッドエンドの後日談で。よせ、嘆じても詮がねえ。併し、だんだんと、てめえの愚劣なザマが厭になってきている。
腹が鳴る。何か食おう。
言いようの無い悲しみが背中に被さった。溜息とともに
火宅、もとい虫籠の裡で乱暴な
不図、店内の喧騒が途絶えているのに気付いた。
[9]
外では大雨が降っていた。雨勢
いつの間にやら帰室していた。てめえの枕するところ。
喘ぎながら風呂場に入る。3点式ユニットバス。ずぶ濡れの衣服をすべて脱ぎ、足元にビタつける。シャワーの栓を回す。ホースが震える。水がせり上がる。シャワーヘッドが揺れて、散水板から赤黒い液体が射出された。軽き悲鳴を発して飛び上がる。鉄の匂いがした。血だった。「おまえも早く死ね」風呂場に胴間声が響いた。反射的に鏡を見遣る。鏡裡には親父が居た。親父の躰は痙攣している。徐徐と
昇は金切声を上げて鏡を殴りつけた。鏡が割れる。破片が床に散乱した。風呂場を飛び出す。素足が鋭利な何かを踏みつけた。悲鳴とともに転倒する。見ると床に
部屋は黒暗暗。双肩に圧し掛かる闇は、けだし豺狼に喰い殺された羊たちの怨嗟が集塊したもので、それが
確信に近いヴィジョンが頭裡に
キッチンへ移動する。キャビネットから出刃を取り出す。ワークトップに己が魔羅を乗せ、右手で亀頭を掴んでは引き延ばすようにして固定する。出刃を握る左手が震えた。動悸が激しい。頭蓋まで心音が響く。目を瞑る。魔羅の根元へ思い切り出刃を振り下ろした。電流が走ったように躰は跳ね上がり、遅れて激しい痛みが下腹部に生じた。屠殺される動物の如き絶叫をし、床を
叫びながらミミズのように床をのたうち回る昇の目が、何かを捉えた。
天井を突き破るほどに
十字架。
十字架。
十字架!
十字架につけられたままのジェームズが見えた。脇腹の刺創から血を流し、悶え苦しむジェームズが。
""
Son, peace be unto you.
""
呻きとともにジェームズが言った。風呂場からヒタヒタ、水気を帯びた足音が聞こえる。音の方を見遣る。ガキが居た。水死体の風態ではない。生きていた時分の姿で、ゆっくりと近づいて来た。ガキは昇の頭を撫ぜ、躰に巻き付いた有刺鉄線を解いた。
「赦してくれ。赦してくれ。赦してくれ」
昇が
薔薇の香りがした。
""
I am with you always, even unto the end of the world.
""
十字架につけられたままのジェームズが、やはり呻くような声を出す。それを聞くと、頓に意識が遠退いた。
ハレルヤ
聖所にて 神を
御力の蒼穹にて 神を讃頌せよ
大能の故に 神を讃頌せよ
素晴らしき偉大さの故に 神を讃頌せよ
角笛の音を以て 神を讃頌せよ
弦の
天が下に響く
音の高き鐃鉢を以て 神を讃頌せよ
息あるものはこぞって 主を讃頌せよ
ハレルヤ。
<了>
豺狼は奪いかつ散らす ぶざますぎる @buzamasugiru
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