中
[3]
昇は非嫡出子として生を受けた。ヤクザの親父は
「ぶっ殺すぞ」「馬鹿が」という罵倒を
親は親、子は子とは言い条、雛は親鳥を手本に
中学の卒業を間近にして、親父が御袋を刺し殺した。外より昇が帰室してみれば、
「みなさま、せかいの、ひとたち、ごめんなさい、ごめん、ゆるしてください、です、ごめんなさい、ですね、ぼくは、ひどいひと、だったの、でしょうか、でしょうね、こわい、こわかった、のでした、ぼくは、ずっとよのなか、ぜんぶが、こわいですよ、ごめんなさい、さよなら、さようなら、よのなか、ひどい、もの、でしたねえ」
すべてが収まるべきところへ収まったという奇妙な得心をふとこるのみで、悲しみも怒りも無かった。気狂い親父め。極めて暴力的な一方で、何やら人一倍怯えていやがったらしい。往時には些少の自我ができあがっていた昇は、てめえを逆照射する塩梅で、親父の正体を直感した。
昇はこれ
半チク人夫をしていた際、伝法な口ぶりで
ある時、日雇いの解体現場で識り合った男に誘われ、ボクシングを始めた。これは土性骨が
往時には
ジムの会長から突貫小僧という異名をつけられ、それなりの成果も上げたが、ある試合で右目に網膜剥離を起こして引退。これを惜しむ者は無かりき。寂しくジムを去った。転帰、ひとりの仲間もできなかった。
[4]
またぞろ目的を持たぬ漂泊者の生活が始まった。毎晩、
する裡に悪筋の恨みを買った。ある時、凄惨な暴行を受け、半死半生の態で日昼の路傍へ棄てられた。衆多が通りすがって目を遣ったが皆、昇を放置した。徐徐に意識が遠退く。死ぬのか。てめえもこれで行路病者の仲間入りか。まあ構わねえ。良寛曰く、死ぬる時節には死ぬがよく候。少しくズレがあるのみで、どうで皆、ハテは火葬場の煙と相成る。それすら無情の
目が覚めると、近隣の小さな教会の礼拝席で
""
我、汝を遣して孤児とはせず。
""
と言った。
頓に視界が晴れた。キリストは消えていた。何故か、愛されているという感懐を覚えた。他人からの愛を感じるのは初めてだった。
爾後、土性骨が単純にできている昇は教会通いを始めた。基督教との縁は
教会通いを続ける裡に洗礼を受けて教会籍を得、牧師の
[5]
さて海を渡り外つ国で学問を始めると、ジェームズという痩身の黒人青年と
稀ながら世には、他人の面倒を看ることに並並ならぬ情熱と責任感を持つ人間が居る。ジェームズもこの類に入った。斯く善人はとりわけ、生活力を致命的に
ある晩、昇は人種差別的な挑発をカマしてきたチンピラ3匹を張り倒し、逮捕された。久方ぶりの暴力で。
次いで指紋採取と写真撮影があったが、他の犯罪者も多いためか、えらい時間を費消した。メキシカンか、
外つ国来てまで
ジェームズほか
2人で家に帰る。ジェームズがひとり購い物へ出ると、昇は風呂に入った。鏡を見ると親父が居た。「おまえも早く死ね」。叫喚とともに鏡を叩き割る。裸のまま外に出た。下宿の塀に付いている鉄条網を外し、部屋に戻った。
""
I am with you...
Don't be anxious...
Everything's gonna be alright...
Everything's gonna be alright...
""
渠の胸に抱かれて、そのまま眠った。
爾後ややあったのを
てめえの自業自得で、帰国して後は教会で
「馬鹿が」「ぶっ殺すぞ」という怨言が恒に口を出、荒漠たる心機で暴力と流失の裡に日を経てた。目に映る奴ら全員ぶち殺し、直ぐと
[6]
而して
それに伴い、世や他人に対する殺意も徐徐と鎮撫される感があった。斯有しかども、ヒトがヒトに狼の如く牙を向け合う濁世である。仙人でもなければアタラクシアを保てるワケもねえ。この世は
その時分寝起きしていた便所アパートの前に、廃屋寸前のボロ平屋が立って居、そこに若い子持ち夫婦が住んでいた。チンピラ丸出しのラツをした男と、妙ななまめきが語らずともその履歴を呈している女、全体的に未発達な印象のガキ。該ガキは女の連れ子で。後に識ったことでは該ガキ、チンピラ男に虐待されていた由。
陽光の優しい暖かな昼。昇はアパート前の駐車場に座り込み、金ピースを吸っていた。する裡、ボロ平屋の扉が開いては該ガキがぽてぽてと出て来、指で地面に何やら描きながら唄い始めた。聞き覚えのある節調。ああ『牧人ひつじを』か。ガキめ、歌詞は頭に入ってねえとみた。外つ国の言葉みてえな声を出しやがる。だが、耳障りではない。
気づくと昇は、支離滅裂な雄叫びを上げてチンピラ男に馬乗りしていた。昇の股の下でチンピラ男、鼻血を流しながら歯を食いしばり、呻りとともに潤んだ目で睨みつけてくる。チンピラ男が身を
ようやっとの態で帰室した。チンピラ男の復讐、もしくはおまわりに泣きつかれての赤落ちも覚悟したが結句、何も起こらなかった。どころかチンピラ男、女、ガキの姿をとんと見なくなった。ひと月終わる頃に、ボロ平屋でガキの死体が見つかった。浴槽に浮かんだガキは腐っていた。復ひと月ほど経て、他県に逃げていたチンピラ男と女が逮捕された。後に判明したことにはチンピラ男、昇にノサれた晩にガキを殺めたらしい。ガキの左足首にロープを結わえ付けて天井から逆さ吊りにし、サンドバッグに見立てて殴る蹴るを喰らわせた。女も一緒になってガキを殴りつけた。暴力に飽きると、男と女は吊るされたガキの下でまぐわった。魔羅は表面へ黒紫の血管を走らせ隆隆と勃起し、蜜壷は潤沢に淫水を噴き出した。ガキは未だ生きていた。眼下に繰り広げられる肉の混じり合いを目睹しつつ、徐徐と命の蝋燭を縮め、蝋涙を垂らす。まぐわいを終えた男と女が
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爾後、ガキは水死体の
ハナ、ガキの出現には
<下に続く>
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