[3]

 昇は非嫡出子として生を受けた。ヤクザの親父は猖狂しょうきょうめいた癇癪持ちで、昇の幼時には生活で暴力行為が頻発して居、さんざっぱら殴られ蹴られした。よく気を失うまで暴行を受け、血塗れで深更の屋外へ放置された。  

 「ぶっ殺すぞ」「馬鹿が」という罵倒を説慣おきまりにしては若いやら妻――つまりは昇の御袋――を打ち打擲ちょうちゃくするのが親父のつねで。ときたま宙に向かい喚き散らす姿は、とても正気とは思えなかった。御袋も陰険な鬼女で、親父の留守には代って昇を打ち、やれ「お前もあの男と一緒だ」だの「お前なんか生まれて来なければ」だのと呪詛を吐いた。

 親は親、子は子とは言い条、雛は親鳥を手本にさえずりを学ぶ。病疾めいた癇性の親父と陰険な御袋の間にひり出された昇は見事、癇性かつ陰険なガキと相成った。斯くガキに友逹なぞできようはずもない。ハナ、ヤクザの息子ということで教師と同級生の忌諱ききに触れていたうえ、たびたび癇癪を爆発させては暴れ回る迷惑ガキは転帰、アイソレイテッドな存在と相成った。

 中学の卒業を間近にして、親父が御袋を刺し殺した。外より昇が帰室してみれば、からだに何十本もの刃物やっぱを突き立てた御袋が転がっていた。辺り一面血の海。親父は居間で縊死していた。一糸纏わぬ風態なりで室に垂れ下がった親父の胴には有刺鉄線がきつく巻き付けられ、それが皮膚に食い込み黒濁たる粘血が滴り落ちる。顔は鬱血して暗紫赤色。額の血管が怒張し、張り裂けんばかり。眼窩の極限まで剥かれた眼が昇を見つめた。親父が垂れ流した尿いばりくそが床に溜まっていた。親父の遺書があった。

「みなさま、せかいの、ひとたち、ごめんなさい、ごめん、ゆるしてください、です、ごめんなさい、ですね、ぼくは、ひどいひと、だったの、でしょうか、でしょうね、こわい、こわかった、のでした、ぼくは、ずっとよのなか、ぜんぶが、こわいですよ、ごめんなさい、さよなら、さようなら、よのなか、ひどい、もの、でしたねえ」

 すべてが収まるべきところへ収まったという奇妙な得心をふとこるのみで、悲しみも怒りも無かった。気狂い親父め。極めて暴力的な一方で、何やら人一倍怯えていやがったらしい。往時には些少の自我ができあがっていた昇は、てめえを逆照射する塩梅で、親父の正体を直感した。

 昇はこれまたヤクザものの因業な伯父宅へ引き取られたが、中学をえて直ぐと家出した。爾来じらい、糊口のため種種の職を経たが、往く先先で土性骨の短気と暴力性がラツを出し、瞬間的に人間関係を瓦解させた。而して、いっかな社会に溶け込めぬまま放浪者富蔵を続ける仕儀と相成り、根を持ち定住すること能わなかった。

 半チク人夫をしていた際、伝法な口ぶりで頤指いししてきやがった現場監督を反射的にノシてしまった。てめえの暴力の結果に茫然としていると「おまえも早く死ね」という胴間声どうまごえが天から聞こえた。見上げてみれば親父が宙に浮いている。くたばった時の風態で、裸体に有刺鉄線を巻いている。昇は金切声を上げて逃げた。気付けば帰室して居、手にはどこぞでくすねたものか有刺鉄線が握られていた。裸になる。躰に巻いてみた。皮膚に棘が喰い込む。不覚と呻吟する。血が出た。流血を目睹もくとすると不思議に落ち着いた。爾来、暴力を揮うと親父が顕れては「おまえも早く死ね」と怒鳴り、昇は有刺鉄線を己が身へ巻いた。

 ある時、日雇いの解体現場で識り合った男に誘われ、ボクシングを始めた。これは土性骨が生唼いけずきめいた悍馬かんば気質にできている昇に合っていた。復、生来筋肉の速筋繊維が多いのか、元元人並み以上の膂力を有していたことも上手く働き、斯道しどうで順調なプログレスを刻み始めた。人間を殴るのは楽しかった。

 往時には狷介固陋けんかいころうの殻を閉ざしきって居、毎夜出面でづらを受け取ってから通うジムでは誰とも聞かず語らず、ひたすらに拳を揮った。ときたま口を開けば「ぶっ殺すぞ」「馬鹿が」という独言に過ぎぬ。リングに立てば一切の戦略的組み立てを放棄し、ただ暴虎馮河ぼうこひょうが対手あいてに突進、金切声を上げながら連打喰らわせた。「あいつは気狂いだ」ジムメイト、関係者は口を揃えて評した。稽古や試合で人間を殴ると、やはり親父が顕れて「おまえも早く死ね」。室に帰っては独り、有刺鉄線を巻いた。昇の躰についた傷については、誰もかなかった。

 ジムの会長から突貫小僧という異名をつけられ、それなりの成果も上げたが、ある試合で右目に網膜剥離を起こして引退。これを惜しむ者は無かりき。寂しくジムを去った。転帰、ひとりの仲間もできなかった。


[4]

 またぞろ目的を持たぬ漂泊者の生活が始まった。毎晩、紅灯こうとうちまたへ出ては赤提灯で酒精を呷り、誰彼構わず喧嘩吹っ掛け、パトや交番に印字喰らわした。狂悖暴戻きょうはいぼうれいを働けばやはり親父が顕れ、昇は有刺鉄線を巻いた。

 する裡に悪筋の恨みを買った。ある時、凄惨な暴行を受け、半死半生の態で日昼の路傍へ棄てられた。衆多が通りすがって目を遣ったが皆、昇を放置した。徐徐に意識が遠退く。死ぬのか。てめえもこれで行路病者の仲間入りか。まあ構わねえ。良寛曰く、死ぬる時節には死ぬがよく候。少しくズレがあるのみで、どうで皆、ハテは火葬場の煙と相成る。それすら無情の颶風ぐふうに掻き散らされて、はいさようならだ。穢土の皆様、どうもお先に。無縁遺体として塵に返らしてもらうぜ。失神した。

 目が覚めると、近隣の小さな教会の礼拝席で仰臥ぎょうがしていた。たまたま通り掛かった教会員が、哀れに思い介抱してくだすったらしい。身を起こし左見右見とみこうみ。視界がぼやける。何も見えねえ。また横たわる。見上げた宙に、何か浮かんでいた。糢糊たる世界の裡に、ただひとつだけ瞭然と実存を呈しているそれは、十字架にキリストだった。脇腹の刺創しそうから血を流し悶え苦しむキリストが、宙に浮いている。それは時間軸から超越した普遍的な苦しみだった。こいつはずっと苦しんでやがるんだ。キリストと目が合う。キリストは呻吟しつつ、口から漏れる血の如き声で

""

我、汝を遣して孤児とはせず。

""

 と言った。

 頓に視界が晴れた。キリストは消えていた。何故か、愛されているという感懐を覚えた。他人からの愛を感じるのは初めてだった。

 爾後、土性骨が単純にできている昇は教会通いを始めた。基督教との縁はさきにもあった。中学生時分、校舎の周辺でギデオン協会が新約聖書を配って居、それを手に取っていた。土性骨が馬鹿の下根劣機げこんれっきなくせして読書好きであった昇は、直ぐと読了。後刻、ゴミの集積所で三方金の小型聖書を拾い、旧約も通読した。暴力的で独裁者めいた人格神の姿は親父を連想させて不愉快だったが、杭殺刑こうさつけいに処せられ「我が神、我が神、なんぞ我を見棄て給いし」と叫びながら、苦痛と孤独と絶望の裡で死んで往く無力な神の子の姿は、非常に好ましく思えた。往時は入信こそせなんだが、学校をフケた際など、よく川っぷちで聖書を読んだ。併しハテは母親に見つかり、ギデオン聖書も小型聖書も破り棄てられた。

 教会通いを続ける裡に洗礼を受けて教会籍を得、牧師の推輓すいばんで神学校に通い始めた。土性骨が熱し易く、凝りはじめると徹底的に突き詰める質にできていた昇は、精励のハテそれなりの成績を収めると、学校側から慫慂しょうようされる形でくにの神学校へ留学することと相成った。今思えば、この時分が一番てめえの情緒が安定していた。


[5]

 さて海を渡り外つ国で学問を始めると、ジェームズという痩身の黒人青年と親狎しんこうを結んだ。かれは優しかった。恒に莞爾かんじと笑みを浮かべ、その善性を十全に顕わしている華燭かしょくの如き目で、昇のことを見つめた。渠はいつも薔薇の香水をつけていた。

 稀ながら世には、他人の面倒を看ることに並並ならぬ情熱と責任感を持つ人間が居る。ジェームズもこの類に入った。斯く善人はとりわけ、生活力を致命的に欠缺けんけつしたでき損ないの世話をすることに特段の遣り甲斐を覚えるらしく、その点、土性骨が産業廃棄物めいた破楽戸ごろつきにできている昇は誂え向きだった。何時いつしか昇はジェームズの下宿に居候を決め込んだ。二人の情合いは深化し、留学生活全体がウェルビーイングな気配を見せた。

 ある晩、昇は人種差別的な挑発をカマしてきたチンピラ3匹を張り倒し、逮捕された。久方ぶりの暴力で。手錠わっぱを掛けられる。大柄なおまわりに警察署へ連行された。罰金を払えば釈放されると、事務官だろうか痩せぎすの黒人女が言った。そんな金は無えよ。身寄は無いのか、と女。ジェームズの存在を伝えた。

 次いで指紋採取と写真撮影があったが、他の犯罪者も多いためか、えらい時間を費消した。メキシカンか、四囲しいにはスペイン語でおらびあげる凶悪な面つきの連中ばかり。さすがにキモを冷やした。手続き諸諸を終えて移動する。ここに入れ。デブの白人警官が、強化ガラスを嵌めたかまちドアを開ける。一畳半程の部屋とその半分を占めるベンチが見えた。

 外つ国来てまで囹圄れいごくびきか。厳寒の時節柄、饐えた臭いのする毛布をあたえられた。被ってベンチで寝る。夢を見た。親父が出てきて「おまえも早く死ね」。馬鹿が。うるせえぞ亡者。もう一度死なせてやろうか。ぶっ殺すぞ。躰を揺すられる感覚で起きる。目を開くと、あっ、デブ警官。釈放だ、出ろ。

 ジェームズほか仁篤じんとくのかた数名が保釈金を払ってくだすった。昧爽、警察署のエントランスでジェームズの姿を見つけ、心底安堵した。

 2人で家に帰る。ジェームズがひとり購い物へ出ると、昇は風呂に入った。鏡を見ると親父が居た。「おまえも早く死ね」。叫喚とともに鏡を叩き割る。裸のまま外に出た。下宿の塀に付いている鉄条網を外し、部屋に戻った。

 歔欷きょきしつつ躰に有刺鉄線を巻き付けているとジェームズが帰室し、暫時索然さくぜんとしたラツで見つめてきた。視線を交わす。渠はゆっくりと近づいて来、昇の頭を撫ぜた。而して昇の躰に巻き付いたいばらを解くと、血で汚れるのも顧みず優しく抱擁した。いつもの薔薇の香りがした。昇の額に接吻し、慈誨じかいの如くジェームズは囁いた。 

""

I am with you...

Don't be anxious...

Everything's gonna be alright...

Everything's gonna be alright...

""

 渠の胸に抱かれて、そのまま眠った。

 爾後ややあったのを刪略さんりゃくせば結句、曩の暴行事件はディスミストと相成った。そのまま元の生活が再開されてもよかった。ある日、購い物に出たジェームズは、物盗りに脇腹を刺されて横死した。昇は甚大な精神的被害を蒙り、錯乱。転帰、宿痾の癇癖と暴力性から致命的な失態をカマし、学校から「当校の生徒として相応しくない」云云と書かれた退学通知を出され、万やむを得ず日本へ帰った。

 てめえの自業自得で、帰国して後は教会で跼蹐きょくせきした。する裡教会からも足が遠のき、暫くぶりで放浪者の否、正確に言表せば流竄るざん者の生活が再開した。

 「馬鹿が」「ぶっ殺すぞ」という怨言が恒に口を出、荒漠たる心機で暴力と流失の裡に日を経てた。目に映る奴ら全員ぶち殺し、直ぐと絞索こうさくへてめえの素っ首突っ込んで、万事終わらせてやりたい。どうで須臾の命、遅かれ早かれ皆くたばる。ハテの八大地獄の予行演習、全員まとめて火炎放射器で殺してやるよ。仮令たといそうでなくとも、いずれ地球も太陽に飲まれる。しからば坤儀こんぎかびに過ぎねえ人間なぞ、ハナ居ても居なくても同じだろう。平等に無価値な塵芥。それを殺して何が悪い……併し、いつか聞いた ""我、汝を遣して孤児とはせず"" というキリストの声とジェームズから恵えられた人情が、身の裡に余焔よえんの如く残っては、昇を縛っていた。薔薇の香りが恋しかった。


[6]

 而して烏兎匆匆うとそうそうと十余歳、心殻閉じては孤を保ちつつ、最低食えるだけの苦役を続け、惰性でけみする裡に中年と相成った。すると世俗の中年の類に漏れず、いつしかてめえも疲労と諦観が内実の落ち着きを得、癇癖はともかくとして土性骨の暴力性は耐性の閾値いきちが上がったというか、外部より余程の刺激を恵えられぬ限りは爆発することも減り、些少ながら自制が利くようなった。

 それに伴い、世や他人に対する殺意も徐徐と鎮撫される感があった。斯有しかども、ヒトがヒトに狼の如く牙を向け合う濁世である。仙人でもなければアタラクシアを保てるワケもねえ。この世は躓物つまづきあるによりて禍害わざわいなるかな。ときたま自制が吹き飛んでは親父の如く暴力を揮った。あの水死体ガキの時もそうだった。もっとも、往時には該ガキも生者だったが。

 その時分寝起きしていた便所アパートの前に、廃屋寸前のボロ平屋が立って居、そこに若い子持ち夫婦が住んでいた。チンピラ丸出しのラツをした男と、妙ななまめきが語らずともその履歴を呈している女、全体的に未発達な印象のガキ。該ガキは女の連れ子で。後に識ったことでは該ガキ、チンピラ男に虐待されていた由。

 陽光の優しい暖かな昼。昇はアパート前の駐車場に座り込み、金ピースを吸っていた。する裡、ボロ平屋の扉が開いては該ガキがぽてぽてと出て来、指で地面に何やら描きながら唄い始めた。聞き覚えのある節調。ああ『牧人ひつじを』か。ガキめ、歌詞は頭に入ってねえとみた。外つ国の言葉みてえな声を出しやがる。だが、耳障りではない。玲瓏れいろうたるソプラノで。なるほど、これが天資てんしというやつ。未来は役者か歌い手か。ガキ、何度もリフレインした。聴いていると現実感が薄れて夢見心地。ガキは相変わらず地面に指を走らせて唄っている。邪悪さの欠片も感ぜられねえ。このガキ、堕落前のアダムか。不意とジェームズのことを想起した。下宿で二人、聖書を朗読した記憶。""And Jesus said unto her, Neither do I condemn thee, go, and sin no more."" 目が潤む。チクショウ、おれもヤキが回りやがった。部屋に戻ろう。このガキ、おれが見るには無垢すぎる。矢庭、ボロ平屋の扉がえらい音とともに乱暴に開かれ、チンピラ男が出て来た。「じゃかしいわ。ワレなにしよんど、ダボ」チンピラ男、ガキを思い切り蹴りつけた。

 気づくと昇は、支離滅裂な雄叫びを上げてチンピラ男に馬乗りしていた。昇の股の下でチンピラ男、鼻血を流しながら歯を食いしばり、呻りとともに潤んだ目で睨みつけてくる。チンピラ男が身をよじった。反射的に昇の左手が動き、チンピラ男の顔面へ拳槌を振り下ろす。チンピラ男、悲鳴を上げて大人しくなった。不図、横に気配を感じた。見てみればガキが怯えた目をして突っ立ている。その目に照射されて、昇はてめえの全身に漂っている暴力のなごりを自覚した。「おまえも早く死ね」天から声が轟いた。仰げば蒼穹が二つに割れ、そこから巨大な親父の顔が覗いていた。昇は叫喚し、チンピラ男とガキを打っちゃって走り去った。暫時、正気を失ったらしい。気が付くと見識らぬ廃工場で躰に有刺鉄線を巻き付け、哭泣こっきゅうしていた。チンピラ男をノシてから2日経っていた。

 ようやっとの態で帰室した。チンピラ男の復讐、もしくはおまわりに泣きつかれての赤落ちも覚悟したが結句、何も起こらなかった。どころかチンピラ男、女、ガキの姿をとんと見なくなった。ひと月終わる頃に、ボロ平屋でガキの死体が見つかった。浴槽に浮かんだガキは腐っていた。復ひと月ほど経て、他県に逃げていたチンピラ男と女が逮捕された。後に判明したことにはチンピラ男、昇にノサれた晩にガキを殺めたらしい。ガキの左足首にロープを結わえ付けて天井から逆さ吊りにし、サンドバッグに見立てて殴る蹴るを喰らわせた。女も一緒になってガキを殴りつけた。暴力に飽きると、男と女は吊るされたガキの下でまぐわった。魔羅は表面へ黒紫の血管を走らせ隆隆と勃起し、蜜壷は潤沢に淫水を噴き出した。ガキは未だ生きていた。眼下に繰り広げられる肉の混じり合いを目睹しつつ、徐徐と命の蝋燭を縮め、蝋涙を垂らす。まぐわいを終えた男と女がかさのように昂奮を纏いながら確認すると、ガキの息は無かった。男と女は水を張った浴槽へガキの死体を放り込み、遁走した。逮捕されて後、女が妊娠していることが判った。


[7]

 爾後、ガキは水死体の風態なりで昇の前に化けて出るようになった。ガキが最初に顕れた時、昇は風呂に入っていた。洗面器に湯を張っていると排水溝からガキが出てきた。「いつ死ぬの」ガキめ、おれに何の恨みがありやがる。おれがチンピラ男を張り倒したのが因となり、その腹いせでおめえが殺されたとでも言いてえのか。まあ、それも一理あらあな。でもよ、何よりまず、直接おめえを殺したチンピラ男を恨むのが筋ってもんじゃねえのか。二度目はパチ屋の便所。昇が個室に入ると、洋式便器の中から這い出てきやがった。「いつ死ぬの」うるせえ。てめえの命だ。てめえの好き勝手にさせろ。

 ハナ、ガキの出現には惊叫りょうきょうせしめられたが、馬鹿のひとつ覚えみてえに幾度も出てこられる裡、慣れが来た。ガキが顕れても無視を決め込む。暫時放置すればガキ、姿を消した。一度だけ、癇気を刺激されて怒罵喰らわしたことがある。ガキは一瞬、怯えたような身動みじろぎを呈して霧消した。爾来、昇のボイリング・ポイントを察してはガキ、怒鳴られる寸前に消えるようになった。先だって昇が留置場へぶち込まれた際にもガキは出た。運動時間中に昇が喫煙していると、端に置かれていた灰皿替わりの水バケツからガキの頭が突き出ていた。ハテはサウナ屋の水風呂に浮いてやがって……。


<下に続く>

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