第14話 愛寵

 ユリアには、本当に悪いことをした。

 たくさん傷つけて、怖い思いをさせて————ああ、なんて謝ろうかな。謝っても、許してもらえないかな。

 すごく怒ってるだろうな。ちゃんと受け止めるから、たくさん謝るから、全部吐き出したら、笑ってほしいな。

 


「…ん……」

 眩しさに目を覚ます。

 真っ白な視界。

 ぼうっと見ていると、やがて焦点が結ばれて像がはっきりする。

 もはや見慣れてしまった王宮の病室だった。

 身体を起こそうとしたけれど、胸元の違和感がすごくてやめた。麻酔が効いているのか痛みはないが、まだ傷が全く癒えていないのが分かる。

 ユリアは、大丈夫だろうか。気配はすぐ近くにある。顔を見て安心したいけれど、起き上がれないことには仕方がない。そのうち誰かが様子を見に来てくれるだろうから、その時にでも尋ねようと思った時だった。

 カチャ、と控えめにドアが開いて————。

「…え」

 その瞳が、俺を捉えた。

 見開かれる大きな瞳。宝石のようにきらりと光って、涙が頬を伝って。

 おぼつかない足取りで側まで来ると、ユリアは俺の手を両手で拾い上げた。

「ラン、ゼル」

 その手は、かわいそうなほどに震えている。

「ランゼル」

 名前を繰り返すばかりで、何も言葉が出て来ない。そんなユリアを愛おしいと思ってしまうのは、さすがに不謹慎だろうか。

「…ごめん、ユリア」

 ぽろぽろと溢れ落ちる涙。拭ってあげたいけれど、反対の手では届かない。

「ありがとう」

「っ…」

 しばらく、ユリアは声もなく泣いた。

 少しでも不安が消化されることを願いながら、大丈夫、と繰り返した。

 どれほどそうしていたか、涙が落ち着く頃には口も達者になっていて、ユリアは俺に向かって怒りや恨み言を連ねた。どうしてあんな無理をしたんだとか、本当に死んでいたらどうするつもりだったんだとか。理不尽な内容も多かったけれど、でも、どれもあまり棘はなかった。

「…助けてくれて、ありがとう」

 ひとしきり済んだのか、涙を拭くと、ぽつりとユリアは礼を口にした。

「ランゼルがあれを倒してくれなかったら…僕は、あそこで死んでいたと思うから」

 その言葉に、あの瞬間の記憶がフラッシュバックする。

 実際には起こらなかったけれど、その最悪の未来を、俺は確かに見た。あれはおそらく、俺の特別な力だったのだろう。未来予知なんて大層な呼び方が出来るほどのものではないけれど、あれは、それに類するものだった。

「…よかった、無事で」

 安堵を胸に、心からの思いを口にしたのだけれど。

「全然無事じゃない。さっきまでの話聞いてなかった?」

 どうやら失言だったらしく、チクチクと言葉を返された。仕方がない、甘んじて受け止めよう。

 眉を吊り上げて責め立てるユリアを宥めつつ、自分含めた皆の現状を尋ねた。

 まず、すでにあの戦いから三週間が経っていた。予想通り、俺はまだ完治にはほど遠く、目覚めるのもまだ先だと言われていたらしい。

 ユリアは戦いから数日後に目覚め、中毒症状はもう完全に抜けているため、昨日病室から出る許可が降りたと言う。腹部の怪我はまだ完治していないが、日常生活には問題ないそうだ。

 騎士団も大きな怪我をした者はなく、他の面々も軽い治療を受ける程度で済んだらしい。つまり、重傷だったのは俺とユリアだけだったということだ。

「…お医者様と、みんなを呼んでくるよ」

 ユリアは席を立った。

 その背中を見送って、ひとつ息を吐く。

 良かった、全部終わって。

 まだ考えなくてはならないことは色々とあるけれど————今は、こうして誰も失わずに生きて帰れたことを素直に喜んでも許されるだろう。

 間もなくして、ばたばたと騒々しい足音が聞こえてきた。皆の声がする。

「はー…ほんとに、よかった」

 目を閉じて皆の顔を思い浮かべながら、ひとり幸せを噛み締めた。


     * * *


 一ヶ月が経ってようやくベッドから起き上がれるようになり、病室を出るまでにはさらに一ヶ月がかかった。怪我の場所が違うとは言え、同じく致命傷と言われる傷だったにも関わらず二ヶ月ほどで剣を振るっていたフレジアさんがどれだけ驚異的な回復力だったのかを思い知った。

「怪我の具合はどうだい?」

「もう大丈夫です。安静にするようには言われてますけど」

 それは良かった、と微笑む兄上。

 兄上に招かれ、二人でお茶をしていた。最近の公務の話や、フレジアさんの話など、他愛のない会話をして————不意に、兄上がそれを切り出した。

「この間のことを、ちゃんと話してもいいかい。ランゼルが、倒れた時のことを」

 まだ、兄上とはその時の話が出来ていなかった。俺も話したいとは思っていたので、はい、と返す。

「何があったかは、ユリアから聞いたかな」

「一応…兄上が、俺のところへ行こうとするユリアを止めたって…」

 うん、と兄上は頷いた。

「あの時は…そうするのが、最善だと思ったんだ」

 生命活動の危機に瀕すれば、魔力の流出は止まるだろうと思った。実際、俺が致命傷を受けたことにより全て収束したので、その推測に間違いはなかったと言える。

 だから兄上の予想通り、もしユリアが助けに来なくとも、結果的にいつかは暴走も止まっていた。

「でも…その場合、ランゼルはとんでもない量の魔力を失っていただろうから————それだけ膨大な魔力が回復するまで目覚めないとなると、年単位で眠ったままだったかもしれない」

「…!」

 想像して、背筋が冷えた。

「あの時点で、そうなってしまう可能性にも私は気付いていた。でも、ユリアを行かせればユリアは確実に無事では済まない————だから、私はユリアの命を優先した」

 申し訳ない、と兄上は頭を下げた。

 放置したところで俺は死なないのなら、そうするのは当たり前のことだし、むしろ。

「謝らないでください。ユリアを守ろうとしてくださり、ありがとうございました」

 俺も頭を下げる。もしその場で俺も決断が出来たのなら、危険を冒そうとするユリアを止めていただろうから。

 兄上は何も間違っていなかった。そう伝えると、兄上は「ありがとう」と微笑んだ。

「まぁしかし…結局、ユリアの愛の演説にフレジアも太刀打ち出来なくて、止められなかったんだけれどね」

「えっ、愛の演説?」

 おや、聞いてないのかい、と兄上は打って変わっておどけた調子で言った。

 聞いていないし、とても気になる。あとでユリアに直接聞こう。

 兄上はふっと笑みを漏らす。

「こうしてランゼルが今居てくれるのは、ユリアのおかげだね」

「…本当に、そうですね」

 感謝してもしきれない。

 とても尊い、穏やかな時間。紅茶を飲んで、ほっと息を吐く。

「弟を助けてくれてありがとうと伝えたら、泣いてしまったよ」

「ユリアって、結構涙脆いんですよね」

「ふふ、かわいらしいね」

「本当に」

 俺たちは顔を見合わせて笑った。


     * * *


「久しぶりの我が家…!!」

 ベッドに飛び込む。見ていたユリアは顔を顰めて、安静にしろと小言を言ってきた。

「いやー病室本当に暇だったからさ」

「分かるけど…まだ完治まではかかるって言われるんだから、大人しくして」

 心配してくれているのも分かっているので、素直に分かったと返す。

「ユリアの怪我はどう?」

「昨日包帯も取れたし、もう大丈夫」

 そっか、大丈夫なのか。

「…」

 寝支度をするユリアをぼんやりと見つめる。

 触れたい。たくさん辛い思いをしたユリアを、甘やかしたい。何より————愛してるって、伝えたい。

 命の危険と隣り合わせたからだろうか。無性に、そんな欲求に駆られて。

「ね、ユリア」

「ん?」

「今日、抱きたい」

 びくりとその身体が強張った。

「な、に急に」

 上擦った声。嫌がられてはなさそう。

「ダメ?」

「ダメも、何も…お前の怪我が、まだ————」

「もう行動制限も無いんだから問題ないでしょ」

 こちらに背を向けたまま、ユリアは微動だにしない。その背中に向かって、許しを乞う。

「お願い。無理はしないから」

 動かない。

「ユリアに触れたいんだ。離れていた分、愛させてほしい————」

「い、いい、そういうこと言わなくていい。分かったから」

 ようやく振り返ってくれたユリアの頬には朱がさしていた。

「いいの?」

 目を合わせないまま、ユリアは逡巡して————それから、真っ赤な顔でこくんと頷いた。可愛くて、頬が緩む。

「じゃあ、こっちおいで」

 手招きをする。

 ユリアは逃げ場を探すように視線を彷徨わせたものの、何も見つけられなかったのか、ぎこちない足取りで側までやって来た。

 その手を取って、軽く引く。ユリアは素直に従って、ベッドに寝転んだ。

 覆い被さって、まだ戸惑いを露わにしているユリアを見下ろす。

「ふは、ユリアだ」

「…なに、それ」

 頬を撫でて、キスをする。額に、目元に、鼻先に、唇に。愛おしさの赴くまま、口づけをした。

 部屋の灯りを消す。暗闇に包まれると急に雰囲気が色めいて、一つ息を吐き出した。

 これは、愛を伝えるための行為だから。ユリアが安心出来るような、優しい時間にしたい。

 シャツのボタンを外しながら、首筋に唇を寄せる。ふるりと震えたユリアの頭を撫でた。

「緊張してる?」

 身体に力が入っている気がして尋ねれば、もごもごと答えが返される。

「そら…久しぶり、だし…」

 どうしたら力が抜けるだろうか。

 距離が近い方が安心するかなと思い、隣に寝転んで身体をぴたりとくっつけた。

「…」

 目論見通り、ユリアが擦り寄ってくる。こういう、懐いた猫みたいなところが本当に可愛い。

 シャツを脱がせて、ズボンも脱がせて、下着も取り払う。目が合うと緊張するようだったので、顔周りにキスをしならがら先に進めた。

 自分も服を脱いで、一糸纏わぬ姿になったユリアを見下ろす。

「…綺麗」

 思わず言葉が漏れた。

 ユリアはひくりと喉を震わせて、顔を背ける。

「ふふ、可愛い」

 どうしてこんなに可愛いんだろう。いくらでも見ていられる気がする。

「いい、から。そういうの、言わなくて」

「そういうの?」

「容姿に、関する、こと…」

 歯切れ悪く答えたユリアに問いかける。

「どうして? 嫌?」

「イヤじゃ、ないけど…」

「嬉しくない?」

「……うれしくなくは、ない…けど」

 素直だけど、素直じゃない。このバランス感が絶妙で、そこも愛おしかった。

 まだ恥じらいが強そうなので、なるべくくっついて身体に触れる。

 手のひらでなぞるように触れていった。無駄の一切ない、美しく引き締まった身体だ。小柄だけれどがっしりしていて、同じ男としてちょっと嫉妬してしまう。

 下半身には、まだ触れずに。肩や首、背中から腰のあたりまでを撫でる。

「んん……」

 もぞもぞと、ユリアは居心地悪そうに身じろぎをした。

「どうしたの?」

「…やく、して」

「ん?」

 なんて言ったか分からず問い返す。すると、顔を見られまいとするように首に腕を巻き付けて、ユリアはそれを口にした。

「はやくして…っ」

 ぞくりと、背筋が震えた。

 危ない。

 前回もそうだったが、時たまユリアは恐ろしい殺し文句を吐く。

 深呼吸をして心を落ち着けてから、ご所望通り先へ進めた。

「…触るよ」

 囁いて、そこに指を伸ばす。

 初めては花祭りの頃だったから————もう、半年ほど前になるのか。思っていたより時間が経っている。これはもう初めてと変わらない。

 傷つけないように、ちゃんと時間をかけて準備しなければと思っていたのに。

「も、やだ…」

「やだ?」

 始めて十分程度で、ユリアが根を上げた。

 前もそうだった。ぐずるユリアも可愛いけれど、ここは譲れない。

「怪我、させたくないから…もう少し、ね?」

 前を触って、キスで誤魔化して、機嫌をとる。この間は、これで流されてくれたのだけれど————今回は、そうもいかなかった。

「も、いい、へいき」

 ユリアは首を振って、あやす俺の手から逃れようとする。

「いいから…いれて…」

 まただ。

 そうやって急かされる度に、俺がどんな思いをしてるかなんて、ユリアには全く分からないんだろうな。

 息を吸って、吐いて。落ち着いて、努めて冷静に。

 頭を撫でながら、問いかけた。

「なんで今日、そんなに急いでるの?」

「…」

 少し待ってみたけれど、ユリアは答えない。

 肩に手をかけ、その身体をベッドに押し付けるようにして覆い被さった。

「ユリア」

 見下ろして、答えを催促する。

 しかし、ユリアは小さな唇をきゅっと引き結んだまま、だんまりを決め込んだ。

 そっちがその態度なら、仕方ない。

 柔らかくなったそこにもう一度指をいれる。

「っ、ひぁ」

 可愛い声を上げてぴくりと震えるユリア。

「ねぇ、なんで?」

「あっ…や、っ…ん」

 水音を立てるように中を優しくかき回すと、ユリアはぎゅっと目を瞑って、あえやかな声を漏らす。

 気持ちよさそう。その顔を見ているだけで、熱っぽい吐息が漏れる。いじらしくて、可愛くて、もうずっと今日はこれでもいいかもなんて、そんな馬鹿げたことすら思ってしまったのだけれど。

 ユリアは、俺の手から逃れようとするように足を閉じた。そして、息も絶え絶えに口を開く。

「はやくしたい、以外に、理由なんて、ない…っ」

 頬を真っ赤に染めて、涙目で俺を睨む。

 その、破壊力といったら。

「…は」

 熱に、脳が侵される。

 本当にいれていいのかとか、痛かったらごめんとか、色々、言いたいことはあったのに、何も言えなかった。

「っ…————!」

 腰を掴んで、一気に貫く。ユリアの喉から、声にならない悲鳴が上がった。

「は…っあ…」

 まずい、今日はこんなつもりじゃ、なかったのに。

 優しくしなきゃ。ユリアが、安心出来るように。

 少しだけ冷静さを取り戻して問いかける。

「苦しく、ない?」

 浅い呼吸を繰り返しながらも、こくんと首を縦に振るユリア。

 その表情をじっと見つめて、反応を伺いながら、抽挿を始める。ゆっくり、焦らず、ユリアが気持ちよくなれるように————そんなことを、頭の中で必死に繰り返し唱える。

「んっ……は…ぁ」

 ユリアの喘ぎ声は小さい。最初は我慢しているのかと思ったけれど、どうやらそうではなく、気持ちよくなるほどに声が出なくなってしまうようだった。

 ん、ん、と喉を鳴らすような声が続く。次第に目もとろんとしてきて、可愛らしさに笑みが溢れた。庇護欲と支配欲が刺激される。

 全てが欲しい。自分だけのものにしたい。それは求めてはいけないことだと分かっているけれど、今だけなら、許されないだろうか。

「ユリア…」

 刻印に触れる。

 自分のものであるという所有印。愛おしさを噛み締めて、そっと指先で撫でて————。

「やっ…そこ、は、さわらないで…っ」

 大人しくしていたのに、急にぺしんと振り払われた。

 は、は、と呼吸を漏らすユリア。苦しそうではあるけれど、その顔には明らかな色情が見て取れて、いたずら心がくすぐられる。

「どうして?」

「っ、やだ…」

 理由は言わず、ただイヤイヤと首を振るユリア。何だか今日はこればっかりだ。

「ほんとわがまま…かわい」

 髪を撫でて、額にキスをする。こんなこと言ったら普段なら確実に怒られるけれど、今はただぼんやりと俺を見上げていた。

「らん、ぜる…手…」

 ユリアは抱っこをねだる子供のように両手を伸ばす。

 我が儘だけど、いつもより欲求に素直で愛らしい。指を絡めて繋ぐと、嬉しそうに笑った。

「はぁ…」

 可愛くて、おかしくなりそう。

 とん、とん、と優しく奥を突く。ユリアは小さな声を上げながら、与えられる快楽を受け入れる。

「きもちい?」

「ん…」

「あんしんする?」

「ん」

 なら、よかった。ユリアは繋いだ手をきゅっと握って、されるがまま揺さぶられている。瞬きをする度に、潤んだ瞳から涙が溢れた。

「はぁ…かわいいね、ユリア」

 好き、可愛い、愛してる、そんな言葉を馬鹿みたいに繰り返した。ユリアは熱に浮かされたようにぼうっとしていて、ただ与えられる快楽に甘く鳴いた。

 唇を重ねる。深く繋がりを求めて舌を絡めると、流れ込んだ唾液をユリアはこくりと飲み込んだ。従順な様にぞくぞくする。

 可愛がって、可愛がって————熱い身体を抱き締めて、中で果てた。

 腕の中で、ぎゅっと縮こまる身体。喉の奥から絞り出すような声が漏れて、ユリアも精を吐き出した。

「っ、は…」

 抱き締めたまま、ベッドに倒れ込む。

 ユリア、ちゃんと満たされたかな。なんか途中から、夢中になっちゃってあんまり反応見れなかったな。

 心地よい気だるさの中で、曖昧な思考が巡る。

 しばらく、微睡むような時が過ぎて。

「…ランゼル」

 俺の上で静かにしていたユリアに、名前を呼ばれた。

 シャワー浴びようか、と言おうとして。

「いきてる」

 ぽつりと溢された言葉に、はっとした。

 ユリアは俺の心音を聞くように、胸元に耳を当てていた。

「…うん」

 金色の髪を撫でて、微笑みかける。

「ちゃんと、生きてるよ」

 ユリアの手が、そっと胸の傷を撫でた。

「うん」

 頷いて、ユリアは安心したように目を閉じた。


     * * *


「なんで全部言わせんの」

「え?」

 シャワーを浴びて身を清め、再びベッドに潜り込んだ時だった。

「すぐ聞いてくるし…言わないと、進めないし」

 ユリアはじとりと不満げに俺を見つめる。

 そんなつもりはなかった。本当に。

 でも振り返ってみると…確かに、答えを催促しすぎたかもしれない。

「趣味悪い」

「そこまで言うことなくない!?」

 ふいっとユリアは顔を背ける。ご機嫌斜めな騎士様をなだめるべく、後ろから抱き締めてうなじにキスを落とした。顔は見えないけれど、振り解かず大人しく腕の中に収まっているので、機嫌は取れている…と思う。

 しばらくそうして甘い時間をすごして————ふと、それを思い出した。

「…あ、そうだ。愛の演説って何したの?」

「は…? なにそれ」

「兄上から聞いたんだけど」

 抱擁を緩めると、ユリアは寝返りを打ってこちらを向いた。

「フレジアさんがユリアを止めに行った時、ユリアが愛の演説をしたって」

「…してない。そんなの」

 顔を顰めたユリアに、ふざけて問いかける。

「え〜? 俺のこと愛してる〜とか言ってくれたんじゃないの?」

「そんなこと言うわけないだろあの状況で」

 はぁ、と呆れたように溜め息を吐かれた。まぁ、それはそうかもしれないけれど。

「じゃあ今は?」

「なにが」

「今は、言ってくれないの?」

 言葉にされなくたって分かってるから、これまで求めてこなかった。

 その目で、声で、行動で、これ以上ないくらいに愛を伝えてくれている。それで十分だって、心から思っていたから。

 だから今も、はぐらかされたらそれはそれでと、思っていたのに。

「愛してる」

 その言葉を、ユリアはさらりと口にした。

「え…」

 驚きに、固まる。

 きっと間抜けな顔をしていたんだろうな。ユリアはくすりと笑った。

「そんなの分かりきってることだろ。————愛してるよ、お前のこと」

 どうしようもないくらいね、と言って肩をすくめたユリアの顔が、幼い日に何度も見た愛らしい笑顔と重なった。

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ロイヤル・ロマンティカ ゆるり @gin16sekai

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