聴こえないメロディー
時輪めぐる
聴こえないメロディー
私に聴こえるそのメロディーは、他の人には聴こえないらしい。この世の終わりの様な不穏なメロディー。数日前から、私は、そのメロディーに悩まされていた。
どんな音かといえば、先日テレビから流れていた宇宙の音に似ている気がする。
『ねぇ、変なメロディーが聴こえない?』
私は、何度も両親に訊ねるが、二人とも首を傾げて、的外れな事を言うだけだ。
「今日は暑いわね」
『ちがーう!』
言葉が上手く通じないようだ。誰か、私の言葉を理解してくれる者は居ないのだろうか。
数日後の日曜日、公園に行った。
此処で時々会う彼が、しゃがんで砂場の砂を調べている。
私は、隣にしゃがんだ。
『これは、焼砂だな』
彼は砂を手に取ってじっと観察している。
『焼砂ってなぁに?』
ようやく私が隣に来たのに気付き、彼は顔を向けた。
『焼砂っていうのは、川砂を百度以上の熱で無菌化した砂で、砂遊びに適している砂の事だよ』
物知りのようなので、私は訊ねた。
『ねぇ、最近、変なメロディーが聴こえない?』
彼は、ハッとしたように私を見詰めた。
『君にも聴こえるのかい?』
私はコクリと頷いた。
『でも、両親や周りの人には聴こえないみたいなの』
今度は、彼が頷いた。
『何だと思う? このメロディー』
私が訊ねると、彼は顔を曇らせた。
『危機のメロディーだと思う。もうすぐ、何か恐ろしい事が起こる』
前世で一度体験した事があるという。
『えっ、助かる方法はないの? 両親を助けたい』
『愛』
老成した導師のように彼は言葉を発する。
『愛?』
『そう、愛だけが、この世界を救う』
彼が言うのには、このメロディーは限られた者にしか聴こえず、その限られた者にしか世界を救うことが出来ないのだという。
『どうやって救うの?』
『その時が来たら、強く念じるんだ。そうすれば……』
続きが聞きたかったのに、彼は用事があると言って立ち去った。
その時が来ればと、私は固く心に誓う。
今日は不穏なメロディーが一段と大きく聞こえる。居間のつけっぱなしのテレビでは、接近する小惑星のニュースを流している。
これが、終わりの始まりなのだろうか。
『もうすぐ、恐ろしい事が起こるの。だから、逃げて。出来るだけ頑丈な地下シェルターへ』
私は、涙ながらに一生懸命、両親に訴えるが、やはり言葉が通じなくて、もどかしい。
不穏なメロディーは、どんどん音量を上げて耳をつんざく程になった。危機が、すぐそこまで迫っている。
しかし、何処へ逃げれば良いのか。この国に国民全員を収容できる地下シェルターなど無い。どうすれば。
いつかの彼の言葉が蘇る。
そうか、その時とは今なのだ。
私は眉間に念を集中した。
『両親を守る!』
「どうしたのかしら、こんなに真っ赤な顔をして、ウンチなの?」
こんな時まで、私の心配をしてくれるママ。ありがとう。パパとママは私が守ります。
「バブゥーーーー!!」
大きな声と共に私の愛は放出された。
愛は広がって両親を包む。しかし、両親には見えないようだ。
「オムツ換えようね」
ママが私の上に身を屈め、パパが部屋の隅に替えのオムツを取りに行った。その瞬間、轟音と共に地響きがし、家が揺れた。
ズゥウウウウン!!
屋根と天井を突き破って、何かが凄まじい速さで落下してきたのだ。それは、ママの脇を掠めて床に突き刺さった。隕石だった。
もし、ママが身を屈めなかったら、確実に頭を直撃していたことだろう。
ママは、私を庇うようにベビーベッドに覆い被さっていた。枠を掴んでいた両手を離して、自分の足元と天井を見た。
パパが、慌てて近付いて来る。
良かった。二人とも無事だ。
愛された赤ちゃんだけが危機を救えると、公園で会った彼は言った。
世界中の愛された赤ちゃんが、一斉に蓄積された愛を放出しただろう。その愛は、バリアとなって愛する者を覆い、危機から守ったはずだ。愛する者達は救われたのだ。だが、その事実を知っているのは、赤ちゃん達だけだった。
小惑星の接近に伴って、世界各地で隕石が観測されたと宇宙局が発表するのは、もう少し後の事。
危機は去った。
もう、あの不穏なメロディーは聴こえない。
安心した私は、急激に眠くなってきた。
パパは、天井に穴の開いた子供部屋から、ベビーベッドを隣の居間に移した。
ママが、私を其処にそっと寝かせる。
眠りに落ちる瞬間、両親の声がした。
「ゆっくりお休み」
「何の夢を見るのかしらね」
聴こえないメロディー 時輪めぐる @kanariesku
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