与野高校文芸部

 蟲。

 あの頃の話をしよう。

 その時の私は友人もなく、やりたいこともなく、ただ仕事をして寝るだけの人生だった。

 紙で表すのならば白紙の人生だと言えるほど私は無意味な日々を過ごしていたんだ。そんな日々が続くと思った矢先、私は蟲に出会った。

 まあ出会ったと言っても私の家のアパートに住み着いていただけだったのだが。

はっきりいって、その虫がいつから住み始めたのか、その時の私は分からなかった。

 その虫は黒色をしていたから普通の家ならばすぐに違和感に気付くと思うが、

その時私が住んでいたのはボロアパートだ。多分蟲が小さいことも相まって汚れと勘違いしていたんだと思う。

 そして、私が気付かないうちに蟲はどんどん数を増やし始めた。

 いつしか蟲の数が105匹になった時、とうとう私も異常に気付いたわけだ。

 最初は驚いて逃げ出してしまったよ。何せ105匹も蟲がいたんだ。蟲に耐性のない現代人なら逃げだしても仕方ないだろう。しかし逃げ出した後、私は致命的な問題に気付いてしまった。家をどうするかという問題に。

 普通なら駆除業者に依頼するというのが定石かもしれないが、その時の私はお金がなかった。だから、そんなお金のかかりそうなものは頼めなかったんだ。

 悲しいけどこれが低賃金労働者の現実だ。最も、今はお金持ちだが。

 お金がなくて駆除業者に頼めない。

 ならばどうするか、自分でやるしかないんだ。

 殺虫剤を買うお金ももったいないから、丸めた紙で一匹づつ潰していく。

 そのはずだったんだがね。

 なんとその蟲は叩かれても平然としていたんだよ。

 最初は見間違いかと思って何回か全力で叩き直したんだが、いくらやっても蟲を駆除することが出来なかった。物理では無理だと悟った私はお金がもったいという考えを捨てて殺虫剤を買いにいった。物理では無理でも化学の力なら必ず蟲に勝てると信じてね。

 もちろん結果は惨敗だったよ。あいつらいくら吹きかけてもなんともないようにそこらを歩き回っていたよ。だからもう私は仕方ないことだとして、駆除業者に依頼することにした。さっき、私はお金がなくて頼めないと言ったが、別に貯金をしていないわけじゃなかった。いままで貯めてきた数万円分、痛い出費だが蟲の中で暮らすよりはましだった。

 そして、何日か経って駆除業者が来てくれたけど蟲なんてどこにもいないって言うんだ。

 その時、私は彼の正気を疑ったよ。蟲なんてそこら中にいたからね。それが見えないなんておかしいだろうって。しかし、いくら蟲がいる事を伝えてもここには蟲なんていないって彼は譲らなかった。そして最後に彼はこういったんだ。蟲は貴方の幻覚なんじゃないかって。そのあと彼は帰ってしまったけど、私はこの言葉にとても納得してしまったよ。よく考えたらいくら叩いてもピンピンしている蟲なんているわけないし、当時の私の仕事はとても忙しく、ストレスで幻覚を見てしまう素養は十分にあったからね。

 彼が帰った後、私は蟲の事は気にしないで過ごす事にした。本来は病院に行くべきなんだろうが、駆除業者に貯金のほとんどを渡してしまったので、行くことが出来なかった。

 そして、何か月か経った後、ついに蟲は私の家のほとんどを覆いつくてしまった。

 それとこの頃かな、蟲の数が自然と分かるようになったんだ。おかげで家には10005匹の蟲がいる事が分かったけど、幻覚だから日常生活にはたいして影響はでないから気にしていなかった。

 そしてある時こんな夢を見たんだ。蟲が私の体を少しずつ食べていく夢を。普通は不快に感じるだろうが、このときの僕が感じていたのはあふれんばかりの幸福感だった。

 そして、蟲が私の全てを食べきった時、私は目覚めた。起きた後に周りを見渡してみると、寝る前までは家を埋め尽くすほどいた蟲が一匹もいなくなっていた。

それからというもの、私の人生はとても充実した物になった。友人も出来たし、新しい仕事にも就くことができた。

 そういえば君も蟲が見えるようになったんだったね。

 そんな君に一つアドバイスを送ろう。

 蟲は無視しろ。そうすれば、■は幸せになれる。

 あっ別にギャグじゃないよ。

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