味覚に囚われたやべーやつ
文壱文(ふーみん)
秋の味覚
秋と言えば味覚とも言うが、実際に何を食べるかと問われると正直選べない。旬の魚や野菜、茸はよろしく『味覚』の秋なのだから、料理としてはわんさかある。
今晩の食材を求めて近くの店で商品を物色していると、ふと店員に声をかけられた。
「May I help you?」
「は?」
『いらっしゃいませ』と話しているのは理解できる。でも理解できない。目の前の店員は外国人でもなければ目の掘りも深くはない。赤いエプロンを身につけた女性は再び口を開く。
「こんにちは。何かお探しですか?」
日本語が喋れるなら最初からそうして欲しいという気持ちと、服屋のような居心地にどこかおかしくなる。
「……え、あ。ええと、自分で見て回るので結構です」
秋の旬の中でも茸は特に種類によって味も異なれば食感も違う。例えばエリンギなら縦に走った裂け目に沿ってスライスするとより香ばしく、より食感がリズミカルになる。
「エリンギが1900円」
値札を見て思わず呟いてしまった。一パックが思ったよりも高い。これが秋刀魚とかであれば安く感じてしまうのは何故だろうか。
買い物かごにエリンギをひとつ入れ、目に入った水菜と豚肉、そしてさつま芋を放り込む。
「よし、夕飯は鍋にしよう」
秋の味覚をふんだんに使った鍋。
想像するだけで涎が出てくるくらいだ。グツグツと沸騰した鍋に浮かべた緑と赤身肉は瞬く間に色を変える。
──と、ここまで想像しているとニヤけた顔が縦長の鏡に映ってしまった。食欲に急かされるままにレジへ進み会計を済ませる。
「お会計は4520円になります」
「キャッシュレスでお願いします」
買った品々に対して金額がやや高いが、きっと物価高だろう。
かごの中身を手提げ袋へ詰めた時にようやく気がついた。
──エリンギが刺繍されたTシャツと、
背中に鍋が描かれたスカジャンを買っていたことに。
「はぁ、またこれか」
俺は店の自動ドアを開けた。外の看板には『UNI■LO』と書いてあった。
味覚に囚われたやべーやつ 文壱文(ふーみん) @fu-min12
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