ひとが、かかなくなったとき

サカモト

ひとが、かかなくなったとき

 その人物は、ある時期にネット上に投稿し続けたブログが多くの好評を獲得し、数多の観覧者を獲得し、その後、動画配信も展開し、インフルエンサーとして、その名を大きく育て上げた。ある層からは、あこがれ、ある層からは、偶像的崇拝の熱狂を受けた。見事に時代を掴んだといえる存在だった。

 勢いを得た、その人物は、やがて、ネット上にオンラインサロンを立ち上げた。主な内容は、毎月、会費を支払った者だけが観覧できる特別な定期連載ブログと、動画配信、および、一般向けオフラインイベントへの優先参加権、非一般向けオフラインイベントの限定参加権が提供される。いずれにしろ、他のオンラインサロンのサービスと酷似、重複したサービスだった。

 オンラインサロン会員限定利用可能なサイトには会員限定で、執筆、観覧可能なブログを発表できる機能があった。熱心な会員は、日夜、ブログを書き込んだ。投稿されるブログの内容は、文化、政治から、思想、そして、その日の昼食、おやつに至るまで自由に書かれた。そして、読んだ読者がブログの内容を気に入れば、ハートマークのボタンが押せるような仕組みがあった。押されたハートの数はカウントされ、執筆者の後ろに表示された。表示されるだけで、ハート数が増えてもなにかがあるわけでもなかった。ハートの機能は、ベースに使用しているオンラインシステムに標準で実装されている機能に過ぎず、除外することもできない仕組みだった。

 オンライサロン開始当初、会員は爆ぜるように増えていった。過渡期が過ぎると、会員数は安定し、ゆるやかに増減していた。会員の数は同種のオンラインサロンサービスと横並びにして比較しても、わるくはないものだった。だが、その人物は、これまで、鋭い角度でフォローを増やして来た経験があった。そこにある安定は、その人物にとって、安心ではなく、不安の材料となった。

 そのうち、オフラインサロン内で発表されるブログの数も減少していった。はじめは、会員も初期衝動があり、まめまめしくブログを発表していたが、その衝動もやがておさまり、執筆者は減少、あるいは、ブログの発表の頻度は減り、文章量も細くなった。内容もうすく、ただの、その日に気分の重要でもない、心のつぶやきと、写真を掲載するだけになっていった。

 あるとき、その人物は考え、思いつき、実行した。オンラインサロン内でのブログの数を増やそう。そうすることで、サロン内が盛り上がっている雰囲気を形成しようと目論んだ。それは、ブログを書き、読者からハートマークを多く貰った者には、特別な特典を与えるという新規システムだった。ハートの獲得数によって、オンライン上で相談、サインを入れた何かしらの粗品を与えると発表した。

 その発表により、ブログの発表数は微増した。読者からハートの獲得を狙った。

 だが、会員限定のオンラインサロンの性質上、会員数がある限り、一度のブログの発表で、獲得できるハート数の限界は、イコール、会員数だった。それも、かりにすべての会員がハートマークを押すという、至極の難易度だった。しかも、その人物が、特典獲得に設定したハート数は、ひどく高いものだった。

毎日、ブログをひとつ発表したとしても、獲得できるハートマーク数は限界があるし、さらに、ブログの品質しだいでは、ハートマークが押されない。

 ある時、ある会員がこっそりと、ブログをAIで生成した発表した。キーワードを設定し、文章量も指定して、生成したブログを掲載した自身で書くより、はるかに早く、楽で、考えずにブログを製造できる。

 その行為は次第に同オフラインサロン内で、横行し始める。誰もが黙って遂行していった。同時多発的だった。オフラインサロン内で日々、膨大なブログが発表されはじめた。

 すると、日々、あまりに大量の新規のブログを書かれるため、読み手に気づかれないまま、埋もれてしまうブログが多発するようになった。ブログを掲載しても、一切、ハートマークがつかない事態になった。

 一方で、自力でブログを発表している会員は、書いても読まれないため、掲載をやめていった。その流れで、会員も退会していった。

 AIで生成したブログを発表していた者もハートマークがつかない。すると、とある会員同士が共謀し、あるプログラムを作成し、自身の発表したブログを発表と同時に、別会員がハートマークを押すシステムを作成した。それは、すべてが自動で動く。

 対して、自動でネット上からその日にトレンドとなったキーワードを探して、組み合わせ、そのまま自動でAI生成から出力したブログをオンラインサロンに発表する仕組みを作った者がいた。

 自動でハートをつけ、自動でブログを生成し、発表するこの仕組みがオンラインサロン内で稼働し始める。両方の仕組みは、かんたんに流出し、プログラムは改修され、再構築され、より無人で効率的に、同オンラインサロン内、さらには同オンライン外でも、稼働され始める。

 すべて自動で稼働しているので、数秒ごとに生成されてネット上のなんらかのソーシャルメディアに出力されるデータ量は途方もない桁数のデータ量だった。しかも、そのブログにアクセスする際のデータ通信の総量も膨大で、回線を圧迫した。

 こうして、ある日、自動で吐き出されるブログのデータ量で、世界中のメモリが一斉にパンクした。

 世界のメモリをパンクさせるに至ったデータは『世界最後のブログ』というタイトルのブログへ付与されようとした、46億のハートマークのうちの1バイトだった。

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