② イオ
丘の上に立ったイオは、茜色に染まる神話都市「アストリア」を見下ろしていた。
夕焼けに照らされた街並みはまるで黄金に輝くようで、遠くにそびえる塔や石造りの城壁がまるで絵本から飛び出してきたかのようだった。
その光景に、イオは思わず感嘆の息を漏らす。
「ほんと、綺麗……」
ここに来たばかりの頃は、この美しい都市で力を得て、英雄になる夢を抱いていた。
だけど、現実はそう甘くなかった。今ではただの日雇いで、夢見ていた自分とは程遠い姿になってしまった。
「こんなに素敵な場所なのに、今の私は何してるんだろ……」
自重するように呟き、イオは肩を落とした。
夢に見ていた英雄にはなれず、ただの雑用係でしかない自分。
壮大な神話都市にふさわしい存在ではないことを痛感していた。それでも、この景色を見ていると、心の奥底にまだ少しだけ希望が残っている気がする。
そんな時、ふと空を見上げると、遠くの空に小さな点が見えた。
最初は鳥だと思ったが、その動きが何か変だ。
イオは目を凝らし、その点が次第に大きくなるのを見つめた。
それが人の形をしていることに気づいた瞬間、イオは驚きで立ち尽くす。
「あれ、人が空から?」
その人影はみるみるうちに速度を増し、地面に向かって落ちてきている。
イオは焦り、周りを見渡したが、誰も助けを求められるような人はいなかった。神話の始まりを告げる大鐘の音も聞こえず、これが神話の一部ではないことは明らk。
「どうしよう、誰か助けて……いや、待てよ、私が受け止めるしか……!」
イオは慌てて考えを巡らせる。
そうだ、自分には偶然、手に入れた「痛みへの耐性」がある。
それは奇跡的に手に入れた神話の――
イオは覚悟を決め、落ちてくる人影を受け止めようと足を踏み出した。
「大丈夫、いける! いけるはず! よし、落ちてこい!」
しかし、その瞬間、人影が空中で突然消えた。
「え」
まるで瞬間移動でもしたかのように、イオの視界から消え去ったのだ。
イオは息を呑み、何が起こったのか理解できないまま、次の瞬間、自分の目の前に少年が現れた。
「きゃっ!」
イオは驚いて後ずさり、その拍子に足を挫いてしまった。
持っていた箱が地面に落ち、中から果物とナイフが飛び出す。転がったナイフがイオの手をかすめた。鋭い痛み、イオは思わず声を上げる。
「痛っ!」
空から落ちてきた少年は目を見開いてイオを見つめる。
「俺のせいだな」
彼の動きは素早く、イオが反応する間もなく、彼は自分のシャツの袖を掴んで引き裂き、布を手に取ってイオの手を包み込むように手当てを始める。
「ちょっと待って、そんなことしなくても……!」
「動くな、じっとしてろ」
少年はイオの抗議を無視し、手際よく布を巻きつける。その冷静な表情と手際の良さに、イオは何も言えなくなってしまった。
彼の手は温かくて、どこか安心感を与えてくれる。
「これで大丈夫。動かさないように」
「ありがとう……でも、君は一体……?」
イオは少年に感謝の気持ちを伝えようとしたが、彼の目はイオに向けられたまま、何かを探るように見つめていた。
「……アメリカ人?」
「アメリカ人? 私の名前は、イオだけど」
イオは戸惑いながらも必死に答えた。少年は一瞬考え込むようにしていたが、やがて少しだけ微笑んで、彼女の手を優しく離した。
黒目黒髪の、珍しい外見。歳の頃は、同じぐらいかもしれない。
「君……何者? 新しい英雄?」
しかし、その瞬間、少年の姿は突然消えてしまった。
まるで次元そのものが歪んだかのように、彼は一瞬で視界から姿を消したのだ。
イオは驚いて辺りを見回したが、もう彼の姿はどこにも見当たらない。
「えっ……ちょっと待ってよ! どこ行ったの?」
イオはその場に取り残され、呆然と立ち尽くした。
信じられないことが次々と起こり、イオの頭は混乱していた。ふと、自分の手に巻かれた布を見て、少年が本当に自分を助けてくれたことを思い出す。
「なんなの、もう……転移の
イオはぽつりと呟き、空を見上げた。茜色の空にはもう何もない。
ただ静かに夕焼けと、イオが落とした箱の惨状が広がっているだけ。イオは気を取り直して、箱を拾い直し目的地に急ぐと決めた。
「便利な力……あっちからこっちへ飛んで回れるんだから」
今の現象は、単に転移の強力な力を与えられた英雄の遊びと考えて。
今現れた少年の力が、転移なんて生易しいものであるはずを、知るよしもなく。
劣等感の塊だった俺が、異世界と現実世界で大人になる物語 グルグル魔など @damin
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