30 収支決算

「それで、結局タスマさんは魔女を続けることになったってことですね」


 ミユーサがおやつのクッキーをかじりながら、そう聞いた。


 今は「呪医テイト・ラオ診療院」の昼休憩中。入口に「休憩中」の札を下げ、テイト・ラオはミユーサに今回の顛末てんまつを話していた。


 本来、患者の秘密は誰にも話さない。それこそ「守秘義務」がある。だがミユーサは単なる受付兼処方箋窓口係うけつけけんしょほうせんまどぐちがかりではなく、テイト・ラオの片腕、これからも共に患者の対応にあたるスタッフだ。知っておいてもらわなければならない。


「タスマさんはそれでいいとして、ベアリスさんはどうなったんです? その症状は?」

「うん、治まってるらしい。昨日クラシブさんが報告に来てくれた」

「昨日はあたし、休みでしたもんね」


 ミユーサはまだ学生なので休みの日もある。そんな時はテイト・ラオが一人で患者の相手をするか、ミユーサの母のライサが来てくれている。


 クラシブにはベアリスの治療にはタスマの協力が必要であったことを話し、10日ほど様子を見てどうだったか教えてほしいと言ってあった。昨日がその10日目で、ベアリスは変わりなくほがらかに暮らしているということだった。


「まるで結婚前のベアリスに戻ったみたいで、今は毎日が本当に幸せです」


 そう言ったクラシブはまるで花を背景にした乙女のようで、話を聞いていたテイト・ラオの顔まで赤くなるようだった。


「で、それから?」

「いや、それからはまだ何も」

「そうじゃなくてですね」


 ミユーサは持っていたクッキーを菓子鉢の上に置くと、ずいっと身を乗り出す。


「診療費はどうなりましたか、ってことですよ」

「ああ」

 

 それのことかとテイト・ラオは少しばかり身構えた。


「どうなりましたかー?」

「だ、大丈夫だから!」


 テイト・ラオは診療はするが、診察代を回収することが苦手だ。時には金ではなく患者が作っている野菜とか、なんだか分からない物を押し付けられて終わってしまうこともある。


「何しろ相手はボガト商会、ちゃんと払ってくれるから!」

「ふうん……」


 ミユーサはさっき置いたクッキーをもう一度取り上げ、ボリボリと食べてしまってからもう一度口を開いた。


「タスマさんの取り分は?」


 ドキッ!


「えっと……」

「もしかして、今回のことはタスマの手柄だからいりません、なーんて言ってませんよね?」

「あ、あの、それは」


 言ってしまった。


「あの、だってさ、今回僕は何もしてないに等しくない? だから、タスマさんのおかげだから、クラシブさんにタスマさんに払ってあげてくれって、その……」

「言ったわけですね」


 ミユーサは三角にした目をじっと雇い主に向ける。うっ、やめてくれ、その目に弱いとテイト・ラオは冷や汗をかく。


「なーんてね、そんなこと、とっくに知ってますよ」

「へ?」

「はい、これ」


 ミユーサは懐から封筒を一通取り出す。


「これは?」

「ボガト商会がタスマさんに支払った診察代」

「ええっ!」

「昨日、うちの家にタスマさんが持って来ました」

「ええっー!」


 一体なんでそんなことに。


「タスマさんが言うには、今回自分がやったことはベアリスの治療のようでいて、実は自分の治療だった。だけど自分も骨を折ったから、自分の治療費は相殺そうさいしてもらって、ボガト商会からの治療費は受け取ってくれって。自分が持って行っても先生は受け取らないだろうってうちに来たの」

「…………」


 テイト・ラオは決して薄くないその封筒をじっと見つめる。


「あのねせんせ、先生は何?」


 最近他の誰かに同じようなことを聞かれたぞ。


「先生は呪医でしょ、違う?」


 あの時と同じく、ミユーサもテイト・ラオに考える時間を与えてはくれないようだ。


「呪医ってのは先生のお仕事、その仕事をすることで相手からお金をもらう。もらうからには責任を持ってその仕事をやり遂げる。そうでしょ?」

「そ、そうです」

「だったら診療費はちゃんと受け取りなさい!」

「は、はい!」


 ミユーサの三角の目からお怒りの雷が落ちたようだ。


「そうでないとあたしと母さんのお給料どうすんですか!」

「は、はい!」


 ミユーサの言う通りだ。これは自分の仕事なのだから、仕事をしたらその分の対価はもらわなくてはいけない。


「まあねえ、今回のことは結構特殊だったから、先生の気持ちは分からないでもないです。だから、今回は母さんが先生をとっちめるって言ってたの、なんとか止めてきたんだから感謝してください」

「は、はい!」


 それだけは勘弁だ! 今ですらミユーサとキュウリルにガミガミ言われて小さくなってるというのに、この上にライサにまでとっちめられたら全く身の起きどころがなくなってしまう。


「でも確かに効き目はあったんでしょうね。おかげですっかり恋の呪いの患者さん来なくなっちゃった。今日の朝来たのなんてタイエおばあさん一人、いつもの湿布を出しただけ」

「いいことだね」


 呪医は人の体だけではなく、体と魂を癒す仕事。


「体ももちろんそうだけど、魂を痛めた人はもっといない方がいい、うん」


 満足そうに笑うテイト・ラオに、ミユーサは呆れたような目を向けて、


「しょうがないですね、それが先生なんだから」


 と、お給料はもらえそうだしまあいいかと、なんだか諦めた目になった。

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呪医テイト・ラオの診療日誌・ep01「暴走する恋心 」 小椋夏己 @oguranatuki

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