29 おばあちゃんの魔法
テイト・ラオは師匠の言葉にもっともだと思うしかできなかった。
「分かりました。僕はまだまだなんですね、そんなことにまで気がつかなかった」
「あったりまえでしょ、あんたなんてまだまだ青二才、まだまだ勉強中、先生なんて言われていい気になってんじゃないわよ!」
キュウリルはそう言ってケラケラと笑い飛ばす。
「だけどよくやってるよ。だからそうして少しずつあんたも修行していけばいい。呪医の資格があるのは、呪医としての修行を許されてるのはあんただけ。だから自信を持ちなさい」
師匠の言葉が身にしみる。
「さて、そんじゃ修行の続き。あんたがやることは何?」
「タスマさんに魔女をやめさせないようにすること」
「はい、よくできました。そんで、どうやって?」
言われてテイト・ラオは考えこむ。
「考えんじゃないわよ! 今のあんたにできることなんてたった一つでしょうが!」
「は、はい!」
さすがに何を言われているかよく分かったので、テイト・ラオは急いで飛び出して行った。
「おや、どうなさいました、何か忘れ物でも?」
テイト・ラオが戻ってきたのでタスマが驚いて聞く。
タスマは庵の前で火を起こし、何かを燃やしている。パチパチとはぜる火の中で薄く削られた木が燃えていた。ベアリスが持ってきた守り札を
「あの、ごめんなさい! 僕が間違えてました、タスマさん、魔女をやめないでください!」
「えっ!」
突然の言い分に驚いてタスマが声を上げたが、テイト・ラオは頭を下げた姿勢のまま動かない。
「あの、ラオ先生、ちょっと落ち着いて話をしましょう。その前にこれだけ焼いてしまいますから、ちょっと待ってくださいね」
テイト・ラオが頭を上げると、タスマは目の前で作業を続ける。
パチパチとはぜる炎に炙られて、変色し、割れたりよれたりした守り札が灰になっていく。ベアリスの心が流した血が燃えて消えていく。
タスマの作業が終わり、二人は庵の中に入った。
「それで、一体どういうことなんです」
タスマは警戒するような目になっている。
元々魔女は人と心を通わすものではない。恐れられ、力を貸し、そのことで感謝されたり尊敬されたりはしても、今回のベアリスのように捨ててきた「人」と親しくなることはほぼない。仕事上親しげに、優しそうに話しかけても、それはあくまで営業上の話だ。人であった魔女は、そうやって色々なことを脱ぎ捨てて、やっと魔女になるのだから。
特にテイト・ラオは本物の魔女キュウリルの弟子、人の魔女に対して悪意を持ち、何かを仕掛けてきても決しておかしくはないはずだ。
「僕は未熟者でまだまだ修行中の身、そのことを師匠に叱られて思い出しました」
テイト・ラオは正直にキュウリルとのやり取りを話した。
「今の自分にできることは一つだけ、自分の過ちを認め、受け入れ、そしてタスマさんに誠意を持って謝ること、これしかできません」
少しの間沈黙が続く。庵の中で小さな火を絶えず炊いている炉が、何かを煮詰める音だけがクツクツと響く。
「そうですか、キュウリルさんがそんなことを」
タスマは炉にかけた鍋の蓋を開け、ゆっくりと中身をかき混ぜてからまた蓋をした。
「なんでしょうね、今回の出来事で私は人に戻ったような気持ちなんですよ」
タスマはそう言ってテイト・ラオにさびしげな笑顔を向けた。
「それに、魔力を使うと疲れるというのは本音なんです。元が無理やり身につけた魔法、今まではなんとかなってましたが、ベアリスさんのように大量に必要とする人の為にがんばって作って、それも身にしみました。だから、もう魔女はやってけないと思ってます」
やはりタスマは本気で引退するつもりなのだ。だが、テイト・ラオはタスマに引退してほしくないと、今では本心から思っている。
(どうしたもんかな)
考えながら部屋の中を見渡し、ふと、ある物が目についた。
「あれ、ベアリスさんにあげたのと一緒の」
「もしも、あれで足りなければまたこれをと思いましてね」
タスマが手を伸ばし、かわいらしい腕輪を手に取った。可愛らしい色目がしわだらけのタスマの手の中に安心するように収まる。それを見つめるタスマの目の、なんと優しいことか。まさに孫を見守る祖母の目だ。
「それです……」
「え?」
「それですよタスマさん!」
テイト・ラオは手を伸ばし、腕輪ごとタスマの手を握った。
「あるじゃないですか、まだまだ魔力! タスマさんのその目、その気持ち、それこそおばあちゃんの魔法、尽きることない魔力です!」
「おばあちゃんの……」
「そうです!」
テイト・ラオは握る手に力を入れた。
「おばあちゃんの魔女として、これからは孫を見守る。そんな魔法なら使えませんか?」
「それは、魔法なんでしょうか」
「立派な魔法です。この腕輪に籠もったベアリスさんの幸せを祈る気持ち、それが魔法でなくてなんなんですか。それは師匠キュウリルにはできない、人であった人の魔女のタスマさんがだけが使える魔法、そうじゃないですか?」
「私にだけ、使える魔法……」
タスマの目が驚いたように見開かれ、ぽとりと一粒、テイト・ラオの手の上に何かが落ちた。温かい涙だった。
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