28 呪医とは

「ついでに教えてあげるわよ。あたしのところにも恋愛がらみでやたらと人が来るって言ったわよね、あれ、誰だと思う?」

「え? いや、そう言われても……、ええと……」

「まどろっこしいから考えなくていい、教える。それが多分、ベアリスにひどい言葉を投げつけた子とその取り巻き」

「ええっ!」


 驚くような話が出てきたものだ。


「あんたやタスマのところには、誰かに呪われてるんだろうかって子たちが行ってたわよね? 自分がその元凶と知らないベアリスも、つらいから助けてって。うちに来たのはその元凶の元凶、クラシブの呪いを解いてそのお嬢様の方を向けてくれ、もしもベアリスのせいならベアリスを呪ってくれ、そういうのが来てたわ」

「ええー!」

「つまり、あんたが思ってる本物の魔女のところに来るのは、そういう本格的なことを頼みたい人で、ちょっとした助けが欲しい、そういう人はあんたやタスマのところに行く」

「え、でも、タスマさんのところにも呪ってほしいって人は行くんじゃないですか?」

「大した呪いになると思う?」

「え、いやあ、それはどうで――」

「ならない!」


 キュウリルはよっぽどイライラしたのか、どの質問もろくに考える時間をくれず、とっとと自分で答えを投げつけてくる。


「悪いけどタスマにはそんな力はないから、しょせんは人の魔女、生まれついての本当の魔女とは違う」


 なんだかえらくさっきと言い方が違うではないか。キュウリルはタスマのことを本物の魔女と言ったのに、この言い方ではやっぱり偽物みたいに聞こえる。


「あ、なんか矛盾してるとか思ったでしょ。だけどこれは事実なの、力の差があるってところはどうしようもない事実。ただ、タスマは呪いなんてやる魔女じゃない。もしもこれが微力ながらその力を使ってろくでもないことやらかすような魔女なら、そんなのあたしがとっととなんとかしてるからね!」


 テイト・ラオは魔女の本気を垣間見た気がして、縮こまった身が今度は固まるのを感じていた。


「だから、あんたがやることはタスマの守り札をやめさせることじゃなく、この後はベアリスの時みたいに暴走させないようにさせることなのに、引退までさせるとはね!」

「え!」


 まるで自分がタスマに引退を勧めたみたいじゃないかとテイト・ラオは理不尽に感じるが、なんとなくそれは口にしにくい雰囲気だ。


「さあ、今あんたがやるべきことは何? そのめでたい頭を振ってみたらなんか考え浮かぶんじゃないの?」

「え、あの、タスマさんに引退させないこと、ですか?」

「ですか? じゃなくて、です!」

「はい!」


 この場合これ以外に言えることはないとテイト・ラオは判断した。


「いい、よく聞きなさい。人の命は魔女よりはるかに短い、たかだか数十年。タスマは今60歳か70歳てなもんでしょ、そのうち何年を魔女になるために費やしたことか。それだけの重みを持った命の残りの時間、それだけかけてきた魔女をやめさせるなんて残酷なこと、同じ人のあんたがやらせるなんて許せないから!」

「いや、僕は引退まで勧めようとは――」

「守り札をやめさせようってのは、それと同じじゃないの?」

「それは――」


 それは確かに師匠の言う通りかも知れないとテイト・ラオは初めて気がついた。


「そうですね、確かに」


 あなたの作った守り札はあまり威力はないが下手をすると今回のようになる危険がある、だから作らないでくれ。それは師匠が言うように引退勧告としか取れない。


「あんたは一体何?」

「何って」

「あんたは人で、そんで呪医、違う?」

「いえ、違いません」

「呪医の役割は何?」

「呪医の役割ですか」


 どうしよう。どう答えたものかとテイト・ラオは考え込む。下手な答えをしたら、それこそ怒りで消し炭にされてしまいそうだ。


「呪医とは人の体の病だけではなく、霊的不調も診察をする医師のこと」


 キュウリルは、呪医の読本である「呪医の心得」の最初の言葉を口にした。


「医者は病を治し肉体を癒やす。呪医は病を治すだけではなく、霊的な影響を取り除く方法を見つけ、体と魂を癒す。それが呪医でしょ」

「ええ、そうです」

「今回の患者は誰?」


 聞かれて少し困ってしまう。一番影響が大きかったのはベアリスだが、ベアリスの呪いの影響を受けた女性はもっと多い。


「あんたやタスマのところに来た女の子とベアリスはもちろん患者。数を数えろって言ってるんじゃないのよ、他にもその影響を受けた人、つまり患者がいるんじゃないかと言ってるの」


 もしかしてそれは……


「タスマさんですか」

「聞くまでもないでしょ。タスマは今回、医者の立場でありながら患者の立場でもあった。それなのに、なんでタスマの魔法が責められなきゃいけないの」


 テイト・ラオは師匠が怒っている意味がやっと分かった気がした。


「確かにそうです。タスマさんは魔法でベアリスさんを治そうとしてました」

「そこもちょっと違う」


 キュウリルが少し優しい言い方で訂正する。


「魔女は治さない、癒やさない。魔法を使うだけ。癒やすのはあくまで医者、この場合は体と魂を癒やす必要があるからあんたの出番でしょ。つまりそれが呪医、あんたの仕事。そのことをよく自分に言い聞かせなさい」

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