禁断(ちえ)の実を食べた女戦士、楽園を切り拓く

孤兎葉野 あや

第1話 目覚めの刻

「これが禁断ちえの実ってやつか。樹がある場所や実の色と形・・・全部言い伝えの通りだ。」

険しい山々を抜けた先にある、先程までの景色が嘘のように穏やかな平原。その中心に伸びる一本の大きな樹が、赤い実をつけている。


「べ、ベルシア様・・・本当にあれを食べるのですか?」

「ああ、私もマハベールの辺りじゃ名を知られる程度には強くなったが、このままじゃあ行き詰まりだ。

 これ以上大きなことをしたいんなら、こっちを鍛えるしかないだろ? フィナ。」

いつも付き従う少女に、ベルシアが自らの頭をつんと突いてみせた。


「は、はあ・・・でも、あれを口にして、別人のようになってしまった人もいるという話でしたよね。もしも、ベルシア様にそんなことがあれば、私は・・・」

「ははっ、心配すんな! あたいがどうなろうと、お前のことは絶対忘れたりしねえ!」

不安げな表情を見せるフィナの頭を、がしがしと撫でる。


「そんじゃあ、行くぜっ!」

鍛え抜かれた腕と脚に力を込め、見上げるほどに高い樹を一息に駆け上がると、手の平に収まるくらいの赤い実を、一つ手に取った。



「お、お見事です、ベルシア様・・・」

そうして、疲れた様子も見せず戻ってきた主人に、フィナが呆気に取られた表情を見せる。


「ああ。そこそこ大きな実だから、フィナも一緒に食ってみるか?」

「えっ・・・! わ、私はやめておきます。」


「そうか・・・まあ、よく分からないものを食べるのは、不安になるのも分かる。まずは私が試してみるからな!」

「お、お気を付けて・・・」

フィナが心配そうに見守る中、ベルシアはその実にかじりついた。


「うん、なかなかいけるな・・・・・・うっ? あ、ああああああっ・・・!!」

「ベ、ベルシア様!? 大丈夫ですか、ベルシア様っ!!??」

ごくりとそれを呑み込んで間もなく、ベルシアは頭を抱えて苦しみ出すと、慌てふためくフィナの前で、叫び声を上げながら地面を転げ回り・・・・・・


――そして『私』が目覚めた。




「っ・・・・・・」

「お、落ち着きましたか? ベルシア様・・・」


「ああ・・・ごめんね、フィナちゃん。もう大丈夫だよ。」

「ふぃ、フィナちゃん・・・? その、ベルシア様・・・なのですか?」

おっと、いけない。早速警戒されてしまったようだ。フィナちゃん・・・いや、フィナをこれ以上驚かせないよう、優しく笑いかける。


「うん・・・私は確かにベルシアだし、フィナのことはちゃんと覚えてるよ。トレドの町で出会ったこと、悪い奴隷商人からあなたを助けたこと、それからずっと私に付いてきてくれたこと。」

「・・・!! 良かった! ご無事だったのですね、ベルシア様!!」

「わっ・・・!」

笑顔が戻り、私の胸に勢いよく飛び込んでくるフィナを受け止める。ああ、だけど・・・この子に嘘なんてつけないよね。ちゃんと謝らなくちゃ。



「無事、か・・・・・・フィナ、ごめんね。」

「ベルシア様・・・?」


「もう、なんとなくは気付いてるよね。あんなに心配してくれたのに・・・私、性格変わっちゃったよ・・・・・・」

確かに、さっきまでの記憶は残っているけれど、他のものが混ざりあったような今、自分が何者であるのか、私自身にもはっきりしない。


「・・・っ!! ・・・え、えっと、ベルシア様は、実を食べる前に私に言ってくれたことを、覚えていますか?」

一瞬、息を呑むような表情をしたフィナが、恐る恐る私に問いかけた。


「食べる前? ああ、『私がどうなろうと、フィナのことは絶対忘れたりしない』だよね。それだけは守れたかな。」

「はい・・・! ベルシア様は、本当に私のことを覚えていてくれました。それに、嫌なことでもちゃんと伝えてくれて・・・喋り方は違っても、やっぱり優しくて、私の前にいるのはベルシア様だと思います!」

戸惑いを隠しきれてはいないけれど、それ以上に真っ直ぐな瞳と言葉が、私に向けられる。


「そっか・・・! ありがとう、フィナ。」

「わぷっ・・・!」

自分より一回り以上は小さな身体を、傷付けないように注意して、ぎゅっと抱き締める。

力だけが取り柄みたいだった、さっきまでの私を、そして変わってしまった今の私も、この子はちゃんと見ていてくれるんだな。



「ねえ、フィナ。これを見て。」

「は、はい・・・?」

何かお礼をしたくなって、フィナの前で人差し指を立てる。


そこから発動するのは、私が得意とする火の魔法。これを魔鉄で出来た斧に纏わせて、力任せに叩き付けるのが、いつもの戦い方だけど・・・


禁断ちえの実から得た・・・いや、もしかすると知識をもとに、頭や手足が分かるくらいの小さな人の形を作り出すと、くるくるとダンスを踊らせて、最後にぺこりと一礼。


「か、可愛い! ・・・です。」

「うん、ありがとう。」

思わず声を上げ、そしてちょっと顔を赤らめた、フィナの頭を優しく撫でる。街でこういうものを見かけた時、じっと視線を向けることがあるのは、知っているんだからね。


禁断ちえの実と言われるだけあってか、こんなことも出来るようになったんだ。

 色々と驚かせちゃうかもしれないけど・・・私はフィナと一緒に幸せになりたいから、これからもよろしくね。」

「は、はい! よろしくお願いします!」

私よりも少し体温の低い身体で、抱き付いてくるフィナを、今は何よりも温かく感じながら、私達は改めて誓い合った。

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2024年12月12日 12:05
2024年12月13日 12:05

禁断(ちえ)の実を食べた女戦士、楽園を切り拓く 孤兎葉野 あや @mizumori_aya

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