嫌でも眠気の去ってしまったベッドの上。

まだ起きたくない。

ベッドサイドの棚から買ったばかりの綺麗な小説を取り出す。

ヒグラシが鳴いているということは、まだ外は涼しいのだろうか。


ガッ、

ガラガラガラ……


窓を勢いよく開ける。

少し建て付けが悪くなったこの窓は、昔の思い出だ。

それは小学校の友達を家に呼び、何を思ったのかキャッチボールをしたこと。

小学生、窓、キャッチボール、このワードが揃っていれば分かる。

案の定、窓を割った。


「あんときは、楽しかったな……。なんでも、できる気がした。」


不意に声が出る。

青春ものの小説は、タイトルの文字が滲んで見えた。


当たりが明るくなってきて、

ヒグラシとセミの声が混ざっていた。





「うっわ、遅刻じゃん」


セミの大合唱で起こされたが、いつの間にか寝ていたらしい。

起きると家を出る20分ほど前で絶望する。

通学カバンに本を突っ込み、片手にゼリー飲料を持って駆け出ていった。


ミーン ミーン ミーン…


電車内で開いた本のタイトルは、やっぱり滲んでいて。

なんなら2ページ先くらいまで濡れた箇所は到達していた。

でも、しっかりと乾いてシミになっていた。


物事は記憶だけじゃなく記録としても残るものなんだなってそこから感じた。



普段はうっとおしく思えるだけのセミの声が、

ただただどこか寂しげに車内に響いた。

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夏の夕暮れ ゆ〜 @MainitiNichiyo-bi

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