第81話 新しい夢の描き方
「~~っ、良かったぁーー」
春親が抜けるような高い声でそう漏らす。
「俺、正直結構心配してた、決勝で踊れば気持ち変わるだろうとは思ってたけどさ、でも結果タックの仕事ってどうなんだろって……だから、あー、マジで良かったぁー……」
良かった良かったと繰り返す春親の目には、薄っすらと涙の幕が張っていた。それに拓実ももらい泣きしそうになる。
「ごめんな、気を揉ませちゃって。でももう心配ない、俺今度こそやめないから……」
春親を慰めようと、その頭を拓実はぽんぽんと撫でてやる。そうして話は一段落かと思ったが……しかし清史が注意深く口を挟む。
「けど待てよ。続けるって具体的にはどうするつもりだ? ダンジャンみてぇな特殊ルールでもないと大会への参加は厳しいだろ。となると、個人的にスタジオで軽く踊る感じか?」
その口調はなんとも言えず慎重だった。きっと彼は、どのくらい喜んで良いものか計りかねているのだろう。拓実がダンスを続けるならば嬉しいが、しかしスタジオでひっそり踊るのと、表舞台に立つのでは趣が全く違う。一体拓実がどのレベルでやっていくつもりなのかを聞きたがっている。
「うーん、そうだなぁ……」
拓実は少しばかり考えながら口を開く。
「大会っていうのは、やっぱり厳しいだろうな。俺昨夜、結局ペース配分できなかった。その所為で、膝、かなりやばいみたいだ。今どんどん痛くなってる……こんなんじゃ人前で長時間踊るのは絶対できない」
「っ、じゃぁやっぱり、個人的にしか――」
春親も残念そうな顔をするが、拓実は首を振って見せた。
「いや、どうせ踊るならさ。やっぱり人に観てもらいたいよ、俺は」
昨夜のバトルで踊る中、拓実は強くそう思った。
拓実がダンスバトルを好んだのは、即興で踊らねばならない緊張感や、バトル相手と本気でぶつかり合う高揚感、好きに踊れる解放感が癖になったからだ。
だが、それ以上に拓実の心を掴んだのは、自分が踊る事で人々が笑顔になるという事だ。皆が楽しみ、目を輝かせ、更にダンスを好きになってくれる。それが堪らなく嬉しいのだ。それを抜きに、拓実のダンスは語れない。
では、今の自分が人にダンスを届けるには、どういう手段があるだろう。
どういう方法を取れば、一番満足できるだろう?
考えて――拓実は「うん」と頷く。
「そうだな……俺、振り付けやってみようと思う」
と、この結論が出てきたのは、猿渡とのバトルで踊った拓実のダンスをコピーする若者達が居た為だ。自分の考えた振り付けを誰かが踊ってくれるのも、大いなる喜びを齎した。自分が演者となり表現する事も楽しいが、自分のダンスが他のダンサーへ引き継がれていくというのもまた、物凄く嬉しいものだと知ったのである。
「振り付けして、それを色んな人が踊りやすいように解説しながら動画にして、ネットに上げて……うん、動画ならこの膝でも問題ないし。休み休み撮影すればいいんだからな」
拓実は口に出しながら、浮かんだアイディアをまとめていく。そうして語っている内に、わくわくしてきた。振りを付けたい曲の候補が次々と溢れてきたのだ。
「……って事で、俺はそんな風にダンスを続けていこうと思う。それを誰かが楽しんで踊ってくれたり、そこからダンスを始めようって思ってくれる人がいたら、きっとすごく嬉しいから」
「ああ、いいんじゃねぇの」
清史もこのアイディアに納得してくれたらしい。ドレッド頭がわさわさと縦に揺れる。
「すげぇタックらしいと思う。タックはいつもバトル会場を楽しませようとしてたし……けど、一個注文」
「注文?」
「ああ。タック今その振り付けっての、初心者向けで想定してんだろ。けど、上級者向けも作ってほしい。そんでその振り付け動画は、タックもバチバチに踊ってほしい。休み休みに撮影して編集するならいけんだろ? 俺やっぱ、あんたが本気で踊ってるトコ見てぇから」
「俺も! 俺も見たい! つかタック、俺ら専用の振り付けも作ってよ。アワジに言われたんだ、プロ目指すなら現場ばっかじゃなくて、いよいよ動画も必要になってくるって。なら俺、タックの振り付けで踊りたい!」
「おぉいーね、それ賛成。なぁタック、頼めるか?」
そう二人して問い掛けて来るのだが――いや、いやいや。
馬鹿な事を言わないで欲しい。
だってそんなの。そんなの。
「頼めるか、も何も……むしろそれって、俺の方がとんでもなく得しちゃう話じゃないか……?」
拓実は呆然として呟いた。
だって、こんなにも実力のある若き才能達が、自分の振り付けで踊ってくれる? 彼らはこれからいよいよダンサーとしての道を拓き、今以上に実力を付けていくのに違いない。そんな彼らに、踊ってもらえる……?
「なんだよ……じゃぁ俺、思ってたよりずっと頑張らないと駄目だ。キミらに踊ってもらうんなら、生半可な振り付けは作れない。たくさん吸収して勉強して、最高のもの作らないと……キミらを優勝させられなかった分、これは本気で取り組まないと……」
「って事は、オッケーって事だよね⁉」
春親はそう言うと、久々にタックルのような勢いで思い切り抱き着いて来た。それは疲労の溜まった身体にはいつも以上に堪えたが、文句を言う気も起こらない。そんな風に喜んでくれる事が、今は只管嬉しくて。
――あぁ、すごいな。
拓実は心臓が高鳴るのを感じながら思う。
振り付けをする事で、これからもダンスと繋がっていこうと思った。それだけでも十分な希望を見出していたというのに、春親と清史の申し出はその希望を更に大きくしてくれた。自分は本当に仲間に恵まれた……一段と、その実感が大きくなる。
こんなにも自分の才能を認めてくれて、信じてくれて。
大事な大会に遅刻するという大失態を犯しても、まだこんな風に慕ってくれて。
この二人に出会えた事、そして再びダンスと共に生きられるという事が、拓実の身体を幸福で満たしていく。
そして同時に思うのは、変われて良かったという事だ。
もしあのまま狩谷の言う事を聞いていたら。あそこで狩谷の呪縛を断ち切れなかったら、拓実はまた、仕事漬けの生活に戻っていた。それを当然の事と信じ込んで――そう思うとゾッとする。今ならば言えるが、心底望んでいる事を手放して、一体何が人生だろう。
無論仕事は大切だ。プロへの道が断たれている拓実にとって、生きていく為の手段として仕事は絶対に失えない。それに後輩達の事を思うと、手も抜けない。彼らがしてくれた事に少しでも応える為、一層頑張って働かねばと思う。
だが、仕事の為にダンスを捨てる事はもうできない。というかそもそもそんな事をする必要なんてなかったのだ。
誰にでも、人生を謳歌する権利がある。
耐え忍び、誰かに合わせ、歯を食い縛るという場面も社会人になったら必要だろうが、それが全てじゃなくて良いのだ。
好きな事がある、挑戦したい事がある、会いたい人がいる、なりたい自分がある。そんな欲が、人生を鮮やかにする。捨て置く事に意味は無い。
そしてそれが叶わない環境なら、自分で変えていかなければ。人生を彩るきっかけは、自分で掴まなければいけないのだ。
拓実はこの二カ月、色々な人に背中を押され、ようやくその事に気が付いた。
そして今、一歩を踏み出し、かつてない程人生にときめいている。これから何ができるか考えると気持ちが逸り、早く振り付けを考えてみたくなるのだ。あぁ、それにはまずどの曲を選ぶか。どんなジャンルでどんな振りを……早速検討を始めるが。
そこでガクッと頭が落ちた。一瞬意識が飛んだのだ。とうとう体力の限界がきたらしい。
「あー……駄目だ。いよいよ眠くなってきた……」
拓実が大きな欠伸をすると、他の二人にも伝染する。
「うん、俺ももう限界……」
「とりあえず寝ようや……んで起きたら、タック含めて飲み直そう……」
清史の言葉の最後は、もう拓実に届いてはいなかった。目を閉じれば一瞬で、深い深い眠りの中へと落ちていく。
――と、その狭間。
拓実はある夢を見た。
それはニューヨーク、タイムズスクエアの大型ビジョン。きらきらと輝き降りしきる紙吹雪の中、トロフィーを掲げた春親と清史が映し出される。そしてマイクを向けられコメントを求められた二人は、「タック! あんたの振りで世界獲ったぞ!」と叫ぶのだ。
それを何処からか見守っていた拓実は思わず吹き出す。
いやいや君ら、トロフィー抱えての第一声がそれなのか。もっと他に言う事があるだろうに、こんな場面でもタック馬鹿のままなのか、と。全くなんて馬鹿な夢――……
だがこれは数年後に正夢となり、その結果振り付けの仕事が大量に舞い込んでてんてこ舞いになるのだが、今の拓実は知る由もなく。
ただこの時は、泥のような眠りの中に、更に深く沈むのだった。
Snatch!ーアラサー社畜、ダンスバトルにて青春取り戻しに行きますー 平加多 璃 @hirakata_aki
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