第80話 道を拓く
誰もが徹夜明けの気怠さの中にあった。春親と清史は何ターンもバトルをこなし、それからオールの飲み会だったのだから、そりゃ疲れているだろう。
それに拓実も朝からバリバリ仕事をし、それから狩谷との対決があり、バトルの決勝、そして支店長を交えて飲み会という名のミーティング、そこからのカラオケオールである。もう身体を起こすだけの余力もない。
だが、どんなに疲れていようともこれだけは言わなければ……拓実は軽く咳払いすると。
「二人とも、改めてお疲れ様。それから、アワジからも無事にお声が掛かったんだよな?おめでとう! 本っ当に良かった!」
そう、打ち上げの席にはなんとアワジも参加となり、二人は無事、彼のレッスンに誘われたらしい。夜中に報告のメッセージを受け取った時は感動の余り泣き出してしまい、後輩達を慌てさせた拓実である。
「つってもまだレッスン行くってだけだから、その先の確証があるわけじゃねぇけどなぁ」
「でも最初のチャンスを掴んだって事だろ? それだけでも十分すごいし、二人なら大丈夫だ!」
力強く請け合うと、清史は欠伸交じりに「だといいけど……」と返してきた。だがその声には、何処か自信が見え隠れする。謙遜するような事を言っても、やはり清史は清史だ。
と、そこで仰向けになっていた春親が、ごろりと寝返り目を合わせてきた。
「そうだタック、これは直接言おうと思ったからメッセージに書かなかったんだけど。アワジさ、タックの事褒めてたよ」
「え?――え、俺?」
不意を打たれて瞬きを繰り返すと、春親はこっくり頷いた。
「うん。タックは膝の怪我があるからプロにはなれないって言ったら、引くくらい残念がってた。そんだけマジで感動したって。捨て身になって音楽と一つになってる姿に惹き付けられたって言ってたよ」
「え、えぇ、本当に……?」
拓実は束の間疲れも忘れて問い掛ける。まさか世界で活躍したダンサーから、そんな風に自分のダンスを評価されていたなんて、俄かには信じられない。
「もしかして春親くん、酔っ払ってたせいで色々聞き間違えたんじゃないか? それ本当に俺の話?」
「ホントホント。つか打ち上げで一番話題になってたのタックの事だからね。あの決勝のダンス、マジで皆ぶち抜かれて……過去のタックのダンス動画、プロジェクターで観たりして……ってかそうだ、大事な話!」
そこで春親は、どこにそんな体力が残っていたのか、ガバリと上体を跳ね起こした。それからぐっとこちらに身を寄せ。
「タック、昨日バトルしてどうだった⁉ あんだけ会場沸かせてたけど……それでもやっぱ、やめようって思った⁉」
「へ? なんだいきなり……」
その勢いに拓実が唖然としていると、清史もむくりと身体を起こす。
「俺ら、やっぱりタックが引退すんのどうしても嫌なんだわ。だからダンジャンで踊ったら考え直してくれんじゃねぇかって、自分らの将来と同じくらいそれもモチベーションにして、決勝目指して踊ってたんだよ」
「えぇっ、そうなのか⁉」
これに春親は力いっぱい頷いた。
「だって俺、やっぱどうしてもタックにやめてほしくねぇの。ねぇタック、実際どう? あんな広いフロア沸かせきってさ、アワジにだって評価されて……それでもやめる? やめないよね?」
身を乗り出すようにして問い掛けてくる春親。清史はそれよりも一歩引きながら、しかし同じ熱量でじっと此方を見詰めている。
ああ、そうか。この二人には昨日の事を何一つ話せていなかったっけ……
拓実はそう思い至ると、苦労してなんとか上体を起こし。
「えぇと、実はな。昨日二人を待たせてる間に色々あって……俺な、ダンスやめなくても良くなったんだ」
「っ、マジ⁉」
「ってつまり……仕事の方の折り合いがついたって事か?」
「ああ、実は上司がな……」
それから拓実は、事の顛末を説明した。その中で遅刻の理由に話が及ぶと、春親がフロアにダンと拳を打った。
「は? マジ? 何そいつ、頭おかしくね? そのせいで俺らのバトル、タックに見てもらえなかったとか……ねぇキヨ、今からそいつ殴りにいこうよ」
「そうだな、さすがにそれは勉強させてやらねぇと」
「って待った待った待った!」
珍しく清史まで乗り気になるので、拓実は慌てて制止した。
「この件は、俺がすぐに断れなかったのもいけないんだ! 本当にごめん、上司の言う事は絶対だって考えが抜けなくて……」
「そりゃクビなんてチラつかされたら即決はできねぇよ。マジでそいつ、とんでもねぇ洗脳野郎だな」
洗脳――確かに清史の言う通りかもしれない。自分は上司に絶対服従するように洗脳されていたのかも。
だが、その呪縛はもう解けた。拓実は狩谷に逆らった。その結果、狩谷との関係性は修復不可能だろうところまで崩壊してしまったが、そこに対して後悔はない。きっと拓実には……そして狩谷にも、必要な事だったと思うから。
「ともかくこれで、俺の抱えてた問題は解決なんだ。狩谷さんが異動になれば、自分の時間全部を費して仕事する必要はなくなるから……それに、そういうやり方でも業績は上げられるってわかったし」
そう、だからもう、自信を持ってこれが言える。
拓実はすっきりとした顔で二人の顔を見渡して。
「だからな、俺、ダンス続けようと思う。やっとわかったんだ、俺やっぱり、ダンスなしの人生なんて嫌だって」
狩谷への反発に目覚めた瞬間、そう感じた。そしてバトルを経験して、それは強い確信となった。やはり自分には、ダンスこそが生き甲斐なのだと。
今思えば、定期的に身体に不調が出ていたのは――狩谷の横暴に堪えていた所為もあるだろうが――何よりも踊れない事が強いストレスだったのだ。そんなにまで心身が欲して止まないものを遠ざけておくなんて、もうできない。
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