第79話 朝を迎えて



 さて、話がまとまるとその席はお開きとなった。時刻は日付が変わる直前である。遅くまで付き合ってくれたマネージャーに拓実は何度も謝罪と礼を繰り返し、彼が乗ったタクシーが見えなくなるまで深く頭を下げ続けた。

 それから集まってくれた後輩達にも礼を言い、帰路に就こうと思ったが、そうは問屋が卸さなかった。


「砂川さーん、カラオケ行きましょカラオケ!」

 そう誘ってきたのは、言わずもがな沢田である。

「砂川さんと飲むの初めてだし、明日休みだし! それに俺、このまま家に帰るの無理っスわ! なんか落ち着かないっつか、ちょっと騒ぎたい気分っつか!」


 その言葉に後輩達も同意した。が、これはきっと、お祭り気分というわけじゃない。狩谷が異動になるという事態に安堵しつつ、皆多少なり、罪悪感に似たものがあるのだ。それ故に、どうにもざわざわと落ち着かない。


 その気持ちは拓実にもよくわかった。拓実自身、ずっと心臓がどきどきとしているのだ。身体は大いに疲れているが、ベッドに潜っても眠れると思えない。それに自分の事を思って行動してくれた後輩達に、今、少しでも応えたい――


 そうして一同はカラオケに向かったのだが、誰もが妙に昂ぶっていた。色々な感情が胸の内に渦を巻き、それを発散する為に代わる代わるマイクを持つ。その熱はなかなか冷めやらず、延長延長を繰り返し――気付くと朝になっていたというわけである。




 スタジオに倒れ込んだ拓実は、本当にボロボロだった。疲労は限界値を超えているし、バトルの無茶により全身の筋肉が悲鳴を上げる。それにこれまではアドレナリンでどうにかなっていたが、それが切れた今、膝はどんどん痛みを増した。どう考えても休息が必要なのに、しかしどうにも眠れない。仕事の問題が一先ず片付き、それに関する諸々の感情がカラオケで発散されると、改めてバトルの興奮が戻ってきたのだ。


――嗚呼、本当に楽しいバトルだったな……


 方々に迷惑を掛けた上で何を暢気に、というところだが、それでも本当に楽しかった。自分のダンスであんなにも大勢を沸かせる事ができたなんて……観客の声援が、楽し気な表情が蘇ると、一層眠気が押し退けられる。そうして記憶の反芻ばかりしてしまい寝付けずにいたところ、スタジオのインターホンが鳴らされた。


――ああ、来たか。


 拓実は重たい身体を無理やり起こし、開錠ボタンを押しに行く。と。

「あーいたいた……タックお疲れぇー」


 アルコールの香りを纏った春親と清史が現れた。彼らの打ち上げも朝まで続いていたようで、珍しく二人ともへろへろになっている。が、それでも彼らは拓実の用事が終わり次第会いたいと言っていたので、スタジオで仮眠を取る予定だと伝えていたのだ。


「あぁ、二人ともお疲れ様」

「ねー、マジでつかれたぁー」

「わっ! ちょっ、危なっ」


 春親に正面から寄りかかられ、二人はそのままフロアへと倒れ込む。もうどちらにも、己を支える力すら残っていなかったのだ。


「ちょ……痛いし重いって!」


 春親の下で拓実は文句を言うのだが、いつもなら助け舟を出してくれる清史も大会からのオールは効いたらしく、傍観を決め込みさっさとゴロ寝の体勢となってしまった。仕方がないので拓実は残った力を振り絞り、自ら春親をえいやと転がす。

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