断崖に響く消えた旋律
大隅 スミヲ
第1話
断崖絶壁だった。崖の下では日本海の荒波が岩にぶつかり水しぶきをあげている。
崖の上に呼び出されたのは、大物女優である本郷さゆりと若い俳優たちだった。
「なんのようですか、刑事さん。この後、撮影があるんで早く終わらせてくれますか」
「大丈夫ですよ。時間は取らせません」
トレンチコートを着た刑事は片方の唇だけを器用に釣り上げて、笑みを作った。
刑事の隣には若い女刑事がおり、なにやらしかめっ面でスマートフォンを操作している。
「単刀直入に言います。あなたが犯人ですね、さゆりさん」
「なにを言っているの。どうしてわたしが犯人だといえるわけ?」
自信満々に言った刑事に対して、本郷さゆりは狼狽した顔を見せる。
このくらいで狼狽した顔を見せるようじゃ女優失格だ。刑事はそんなことを思いながら話しはじめた。
「簡単ですよ。あなたはあの時に音楽が聴こえたといいましたね」
「ええ、聴いたわ。あの時、音楽を聴いたのはわたしだけじゃなくて、この子たちも聴いていたはずよ、ねえ」
本郷さゆりの言葉に、周りにいる若手俳優たちは頷いて見せる。
「そうです。皆さん、あのメロディを聴いているんです」
「どういうことなの!?」
「まだわかりませんか」
「わかるわけがないじゃない」
怒った様子で本郷さゆりがいう。
それを見た刑事は、隣にいる女刑事に頷いてみせるとスマートフォンを受け取った。
すると、本郷さゆりの近くにいた若い俳優が耳を押さえて、何かを気にしだす。
刑事はその反応を見逃さず、にやりと笑ってみせた。
「今も鳴っているんですよ」
「え?」
「モスキートノイズというやつです」
「モスキートノイズ?」
「ええ。人間の耳にはある一定の周波数しか聴こえません。その聴こえる周波数というのは、年齢によって異なってくるのです」
「何を言っているの」
訳が分からないといった様子で本郷さゆりはいうと、周りの様子を見る。
「あなたたちは、若いからね。ほら、音が聞こえてるだろう?」
「ええ、何か高いメロディが……」
周りにいる若い俳優たちは、なにかを我慢するかのように眉間にシワを寄せて答えた。
「年を取ると、この音は聞こえなくなるんだ。だから、あなたがメロディを聞いたと言ったのは、どうにもおかしいんだよ」
「あの主任、もう音を止めてもいいですか」
「ああ、もう十分だろう」
その言葉を待っていたかのように、女刑事はトレンチコートの刑事の手からスマートフォンをひったくるようにして取ると、ボタンを操作した。
「高い周波数の音というのは、私やあなたのようにある程度年齢の行った人間には聴こえないのですよ。だが、若い子たちには聴き取ることができる。これは科学的にも証明されていることで、とある地域の実験では夜の公園でこのモスキートノイズを流すことで夜中に公園に屯する若者たちを撃退したという実例があるんです」
「だから、何なのよ」
「あの時あなたは、私に他の若い子が言っていたようにメロディを聴いたと言った。それがアリバイになるはずだった。でも、それはありえないんです。あの時に聴こえていたのは、あなたには聴こえないメロディだったんです」
「そ、そんな……」
本郷さゆりは手で顔を覆うと膝から崩れ落ちた。
「殺すつもりは無かったの。ただ、ちょっと懲らしめてやろうと思っただけで……」
「言い訳は、取調室でしてください」
そう言ってトレンチコートの刑事は本郷さゆりの肩にポンと手を置くと、制服警官に頷きかけた。
断崖に響く消えた旋律 大隅 スミヲ @smee
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