楽しい羊さん一家に事件が起こりました

kayako

このお話はフィクションです。




 あるところに、仲の良い羊の夫婦がおりました。

 その夫婦は二匹の男の子に恵まれ、父羊と母羊になりました。

 ガミガミとよく怒りますがしっかりした父羊。そして、優しく気立ての良い母羊。

 そんな二匹に支えられ、一家はとても幸せでした。

 そして子どもは長男羊と次男羊となり、二匹ともすくすく成長してそれぞれ女の子の羊を見つけ、結婚しました。


 長男羊は長男嫁羊と結婚し、子どもには恵まれなかったものの、それでも夫婦二人で仲良く過ごしていました。

 次男羊は次男嫁羊と結婚し、可愛い子どもが出来て、忙しくも楽しい日々。

 羊たちはそれぞれ、とても幸せに過ごしていたのです。



 しかしある時、優しかった母羊が突然倒れてしまいました。

 知らせを受けた長男羊が駆けつけ、狸の看護師さんの力も借り、急いで母羊を狐のお医者さまの元に運びました。



 狐のお医者さまには不思議な力があり、どんな病気もすぐに原因をつきとめることができます。

 そのおかげで、羊の一家もたびたび助けられてきました。

 しかしそんな狐のお医者さまは母羊を診た後、長男羊を呼びました。

 お医者さまが告げた言葉に、長男羊は大変驚いてしまいます。

 それは――



「父羊さんは、羊じゃありません。

 オオカミだったんです」



 つまり今まで、羊一家が幸せに楽しく暮らしてこられたのは――

 母羊が父羊に自分の肉を分け与えていたからだったのです。

 お医者さまが診たところ、母羊の身体はほぼ空っぽになってしまったそうで、もう父羊に分け与える肉は殆ど残っていませんでした。

 しかも父羊には自分がオオカミだという自覚はなく、夜な夜な母羊の肉を食べている自分に気づいていないというありさま。

 今も父羊は何も知らず、「おなかすいたなぁ」と悲しそうに呟いています。



 長男羊は悩みました。

 このまま母羊を父羊と一緒にしておけば、母羊は死んでしまう。

 だからといって母羊を父羊から引き離せば、食べ物のなくなった父羊も死んでしまう。

 たとえオオカミであっても、父は父。簡単に見捨てられるわけがありません。


 これを知った長男嫁羊も真っ青です。

 次男羊と次男嫁羊には子どもがいる。つまり、次に母羊のかわりに食べられるのに最適なのは、子どものいない自分ですから。


 しかし母羊は息も絶え絶えに、長男羊に呟きます。「限界……タスケテ……」と。

 何も知らない父羊も、長男嫁羊に言ってきます。「長男嫁なんだから、早く来てくれ」と。



 当然、長男嫁羊の両親は大反対。

 そして長男嫁羊の周りの友達も、必死で止めようとします。

 お仕事仲間の兎さんも、長男嫁羊に言いました。

「絶対にダメ。一生が滅茶苦茶になるよ」と。

 自分がオオカミから命からがら逃げのびた経験のある兎さんの言葉は、とても説得力がありました。



 次男嫁羊も言ってくれます。

「私が行きます。私は何回かオオカミと戦ったことありますし、そう簡単には食べられません!」

 しかし子どものいる次男嫁羊を、そう簡単に父羊に差し出すわけにはいきません。

 次男嫁羊は気が強く体力もありますが、父羊に立ち向かった結果彼女に万一があったら取り返しがつきません。さらに、父羊と彼女が大喧嘩になることで母羊がさらに追いつめられるかも知れません。

 それに、父羊から「子どものいる次男嫁羊が来てくれたのに、長男嫁羊が来ないとは何事だ! けしからん!!」と言われ、いずれにせよ長男嫁羊が酷い目にあうのは目に見えています。



 勿論長男羊だって、父母羊を助ける為とはいえ、大切な長男嫁羊をむざむざ食われるなんて冗談ではありません。長男羊も長男嫁羊も、お互いのことが大好きなのです。

 困り果てた長男羊夫婦は、お世話になった狸の看護師さんに相談しました。

 すると狸の看護師さんは言ってくれました。



「今、ご家族の誰かが何かしようと動くのは逆に危険ですよ。

 ここは羊同士で何とかしようとするのではなく、私たちのような看護師の助けを借りてください。

 ご家族が集まりすぎて羊だけで何とかしようとしてしまうと、逆に私たちが助けに行きにくくなってしまいますし、羊全員が食べられてしまう危険もあります。

 私たちも母羊さんが食べられてしまわないよう、父羊さんがお腹を空かせないよう、定期的に見守りに行きます。

 くれぐれも、羊さんたちだけで何とかしないようにしてくださいね」


 とても力強い狸さんの言葉に、長男羊夫婦はたいそう勇気づけられましたが――






 長男羊と長男嫁羊は、それでも悩みまくりました。自分たちはどう動くべきなのか。


 まず、長男羊夫婦も次男羊夫婦も全員、普段は毛を刈られるお仕事があります。

 長男嫁羊が父母羊の元に行く場合、彼女はお仕事をやめなければいけません。そうなると、将来の冬を越すための蓄えがなくなってしまうかも知れません。

 また、父羊は完全に無意識のうちに相手を喰らうため、自分の意思で止めることが不可能と狐のお医者さまに言われています。

 つまり、以下の4択。


 1.父母羊の要望どおり、自分たちを差し出す

 2.母羊を見捨てて今までどおりの生活を続ける

 3.次男羊一家と協力して全員が肉を差し出し、交互に母羊を守る

 4.羊たちでは食われてしまうばかりなので、可能な限り狸さんたちの協力を仰ぐ


 この時の長男羊夫婦の選択は「3」と「4」の間。

 つまり、狸さんたちに出来る限り協力してもらいつつ、自分たちも少しずつ父羊に肉を分け与えるというものでした。

 長男羊も長男嫁羊も頑張って、最初は数週間に1度ぐらいの割合で、あまり痛くなさそうな脚の肉から差し出し始めました。

 それだけでも長男夫婦にとっては痛かったですが、仕方ありません。仕事も蓄えも奪われ、毎日毎晩ずっと食べられ続ける生活よりはマシですから。

 これで父羊が満足してくれるよう、これ以上父羊が母羊を無理に食べないよう、それだけを願いながら。



 なおかつ羊たちは父羊に、出来るだけ肉ではなく草を食べてもらうよう、懸命に説得を繰り返しました。つまりオオカミではなく羊として暮らせるように。

 また狸さんたちも、肉の代わりになる食糧として、肉の味をたっぷり染み込ませた草だんごをたくさん用意してくれました。

 これならきっと父羊も満足してくれるだろうと、みんな思いましたが――



 しかし父羊はその意味が全く分からず、羊たちの説得も献身も通じませんでした。

 自分が母羊や家族たちを食べているなどという自覚は未だになく、自分は周りの羊と同じように草を食べて生きていると思い込んでいるのですから。

 その上、狸さんたちが作ってくれた草だんごもろくに食べてくれません。

 そして「これじゃイヤだ、母羊の作った飯が欲しい」とひたすら騒いで家族に噛みつくばかりで、草だんごには見向きもしませんでした。

 母羊の作るご飯とはすなわち、母羊の肉そのもの。もう母羊は限界なのに。



 そして数か月後。

 羊たちの努力のかいもなく、やはり父羊に食べられ続けた母羊は、ついに狐のお医者さまのところに入院してしまいました。

 羊たちや狸さんの懸命のサポートにも関わらず、「母羊じゃなきゃ満足出来ない!」と主張し続けた父羊は、母羊の肉のみならず骨までも食べようとして、彼女は酷いケガをしてしまったのです。

 さらにお医者さまからは、「母羊がこれ以上食べられ続けるのは不可能。つまり、家に戻るのは無理」と診断されてしまいました。

 羊たち家族は目の前が真っ暗になりました。



 それでも父羊は母羊を求め続けます。

 母羊がいなくなり、さらにお腹をすかせた父羊はいつしか、夜だけでなく日中まで見境なく暴れるようになりました。

 長男羊夫婦が自分たちの肉を差し出すのも1週間に1度になり、さらには1週間に2度、3度と……

 心配のあまり様子を見に来た次男羊夫婦の子供たちまで、父羊は容赦なく喰らい始めました。父羊にとっては孫なのに。



 父羊の喰らった血肉で、家はどんどん汚れていきます。

 ついこの間まで母羊が一生懸命に磨いていた床も壁も、今や見る影もないほど汚れ。

 母羊が一生懸命育てていた花も、父羊に踏みつけられ枯れはててしまいました。

 長男夫婦や次男夫婦がどれだけ肉を差し出そうと、父羊は「母羊はいつ帰ってくるんだ」と言うばかりで、決して満足することはありませんでした。



 父羊は母羊の肉をひたすら求めますが、母羊のお見舞いには行こうとしません。

 それはそうです。父羊が求めているのは母羊ではなく、母羊の肉。

 肉がなくなった母羊など、彼にとって既に価値がないも同然でした。

 母羊はあれだけ長年父羊に連れ添い、尽くし、家族を支えていたのに。



 そして父羊は当然、母羊がやっていたのと同じ献身を、長男羊夫婦や次男羊家族にまで要求し始めました。

 母羊がいなくなれば子羊や嫁羊をエサにすればいい。父羊にとってはそういう考え方が当たり前だったのです。

 父羊が育った時代は、彼と同じような「羊のふりをしたオオカミ」が非常に多く。

 弱い羊は誰にも守られず食われるのが当たり前、食われる方が悪い。そういう時代だったのですから……



 長男嫁羊はたまりかねて、ついに父羊にこう言いました。


「お義父さん、お願いだから私たちの肉ではなく、狸さんたちの草だんごを食べてください。

 あと、出来るところまででいいから家の掃除をしてください。

 そうじゃないとお義母さんだけじゃなく、私たち家族もみんな倒れてしまいます」と。


 しかし父羊は、嫁羊の言うことなど何も聞いてくれません。

 それどころか「黙れ」と言い放ち、一方的にまた長男嫁羊の前脚に噛みつくばかりでした。

 今の父羊にとっては嫁羊など、食糧のひとつでしかありません。



 狐のお医者さまも狸の看護師さんも、この状況には何とも困ってしまいました。

 父羊が衰えれば強制的に専門の施設へ連れて行き、羊たちから隔離して適切な治療を受けさせることも出来たのですが、父羊は何故か健康でしたから。

 ――そう、羊たちの献身のおかげで、父羊の身体自体は健康だったのです。

 相変わらず父羊は暴れ、肉を喰らい、家族たちはボロボロになっていくのに。





 今日も長男羊夫婦のところには、父羊からの電話が来ます。彼らが仕事中だろうがお構いなしに。

 扇風機が壊れただのメガネがないだの、自分でも解決できる小さなことで長男夫婦を呼びつけてはその肉を喰らう。そんなことがずっと続いています。

 今、彼ら家族はみんな必死で父羊向けの施設を探していますが、良い場所は見つからないままです。

 皮肉にも父羊は健康なので施設から断られ続けますし、何より――



 この羊さん一家と同じようなケースは、今も世間に溢れているからです。

 助けを求める羊さんがあまりにも大勢いて、施設も殆ど満員だからです。

 それが証拠に――

 一方的に食べられすぎて限界を迎えた子羊が、老いた親羊を刺し殺す。

 そんなニュースが今日も、世間を騒がせていますから……





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