好き嫌い

「なあ、須藤。お前、山本さんの事どう思う?」


「何やいきなり? そんなん考えた事も無いで」


 給料日の金曜日、仕事が終わってミナミの居酒屋に飲みに来た須藤と田辺は、乾杯してから一気に飲み干したビールジョッキをテーブルに音をたてて置くや否や、田辺は開口一番、そんな質問を須藤に投げかけたのだった。


「この前、会社の給湯室の前を通った時にな、女子社員が何人かで話してるのが聞こえてな。そん時に『山本さんの好きな人って、須藤課長らしいで』みたいな事を言うとったんよ。どう思う?」


「どう思うて言われてもお前…」


「いや、須藤は妻子持ちやし、そんなん言われても困るって思うのは分かるで? けど、山本さんって、めっちゃ可愛いやん?」


「まあ、可愛らしいとは思うけど…」


「やろ? しかも、山本さんてまだ28歳らしいで! ピチピチやで!」


「そうなんか…、俺らと丁度一回り違うんやな。って事は、辰年生まれか〜」


「せやな。俺ら40やもんな。今ので痛感させられたな。そっか〜…、俺ら、もうオッサンなんやなぁ…」


 1人で勝手にうなだれる田辺を横目に、須藤は、会社が支給する制服を着た山本ミユキの姿を思い浮かべていた。


 ストレートの栗色の毛は肩まで伸び、たまご型のふっくらした輪郭に、均整の取れた目鼻立ちをした山本ミユキは、須藤が居る営業部が座る席の隣の列にある企画部で働いている。


 社内でも山本ミユキに好意を寄せる男子社員が多い事は須藤も知っていたが、何故か女子社員からはあまり評判が良くないという噂も耳にしていた。


「田辺はまだ独身やねんから、身体はオッサンでも心は若々しくおれるやろ」


「せやな〜、心は18歳位から変わって無いんやけどな〜。身体はあちこちガタが来とるけどな」


 そう言って田辺は自嘲気味にハハハと笑った。


「で、その独身の俺なら、山本さんにアタックしてもエエんやないかと思うんやけど、どう思う?」


「そら好きにしたらエエんやないか? 俺がどうこう言うような話や無いやろ」


「まぁそうやねんけど、山本さんに好かれとると噂の須藤から見て、俺は脈ありか? それともアカン感じか?」


「…多分、アカン感じやろな」


「ハァ〜、やっぱアカンか〜」


 そう言って大袈裟に頭を抱える田辺に、須藤は少しアドバイスでもしてやろうと口を開いた。


「あのな、田辺。相手の事が好きか嫌いかは、話してみれば分かると俺は思っててな」


「おお、いきなりレクチャーが始まるな須藤は」


「そんなんええから、まぁアドバイスやと思って聞けって」


「おう。聞く聞く」


「ほな教えたるけどな、相手がお前の事を好きかどうかは、相手がお前とどんな会話をしたかによるんよ」


「ほう」


「で、その時に相手がお前を好きになろうとしてる場合は、相手はお前のエエ所を評価してる様な内容になっとる筈や。で、嫌いになろうとしてる場合は、お前の欠点を指摘してくる感じやな」


「なるほど。当たり前過ぎて参考にならんな」


「いやいや、けっこう深い話をしたつもりやねんけどな」


「そうか? どの辺が深いんや?」


「せやなぁ…、例えば、田辺は山本さんのどこが好きなんや?」


「そりゃあ、可愛いし、仕事も一生懸命頑張ってくれるし、それだけでも充分やろ?」


「なるほど。じゃあ、山本さんのプライベートについてはどんな感じやと想像してるんや?」


「プライベート? そんなん話した事無いから知らんけど、まぁ、あんだけ可愛いんやから、ちゃんとしてるんとちゃうか?」


「何でそう思うんや?」


「何でって…、ただの想像やけど…」


「まぁ、そやろな。じゃあ、聞くけど、田辺は会社におる時と自宅におる時はいつも同じ自分か?」


「そら無理やろ。会社ではちゃんとするけど、自宅はリラックスする場所やからな」


「そうやんな。じゃあ、山本さんは自宅でも会社での姿そのまんまやと思うか?」


「それは…、ちゃうやろな」


「せやな。山本さんかてプライベートは会社で見せてる自分とは違う姿でおる筈や。じゃあ、仮に山本さんが自宅ではだらしない人間やとしたら、それでもお前は山本さんと付き合いたいか?」


「それは…、困るなぁ…」


「そこや。田辺は山本さんのええとこだけを見て『好きや』って言うとる訳や。けど、山本さんからしたら、プライベートの自分を好きになれん男に好意なんか抱くと思うか?」


「なるほど…、確かに深い話やな」


「せやろ? まぁ、俺が嫁とうまいことやってく為に身に着けた考え方でもあるんやけどな」


「なるほどな。須藤が山本さんから好意を抱かれるのも、そういう所なんかも知れんな」


「俺が山本さんから好かれとるかどうかは俺の知る所や無いけどな。何せ俺は、嫁さん一筋やからな」


「須藤の嫁さんって、言うちゃ悪いけど、特別美人とかとちゃうやん? 何がそこまでお前を虜にしとるんや?」


「お前なぁ…、他人の嫁をディスるなよ。って言うか、そういう所も女子に嫌われると思うぞ?」


「え、そうなん? 俺はただ、現実の話をしとるだけやねんけど」


「そりゃあ、俺の嫁は客観的に見て、世間で言うところの美人やないけど、俺にとっては最高に可愛い嫁なんや」


「だから、嫁さんの何がお前を虜にしとるんかを知りたいんよ」


「せやなぁ…、例えば、嫁が作る料理が好きやな。キッチンで料理してる姿も好きやし、一緒に歩く時に俺の腕にしっかり捕まるのも可愛いところやし、他にも…」


「待て待て待て! もうエエ! そんなノロケ話聞きたい訳や無いねん」


「何やねん。お前が俺の嫁のエエ所を教えろ言うたんやないか…」


「いや、悪かったよ。何となくお前が何で女子にモテるんかが分かった気がするわ。それが分かっただけでも今日は収穫があったで」


「そうか…。で、田辺は山本さんにアタックするんか?」


「いや…、もうちょっと山本さんの事を知ってからにするわ」


「そうか。まぁ、俺もそれがエエんちゃうかなと思うわ」


「おお。そうするわ」


 二人は何となく顔を見合わせ、おかわりしたジョッキのビールを飲み干した。


「ところで…」


 と田辺が口を開いた。


「俺って会社では女子からどう思われてるんやろ?」


 田辺の問いに、須藤は目を逸らし、無言で枝豆を食べた。


 須藤は田辺が女子社員からどう思われているかを風の噂で聞いていた。


 ただ、それを教えるのが田辺にとって良い事なのかどうかが分からなかった。


 が、しばらく考えた後、田辺の顔を見据え、言葉を選びながらこう言った。


「田辺。お前、女子社員が選ぶ、男子社員の好感度ランキングみたいなので、3本の指に入るらしいで」


「え! マジで!?」


「おお。マジやで」


「スゴイやん、俺!」


「ああ、凄い事や」


「ち、ちなみに、そのランキングの1位は誰なん?」


「1位か。1位は斎藤部長らしいわ」


「え…、斎藤部長って、セクハラしまくりで女子からめちゃめちゃ嫌われてるって聞いた事あるけど、アレが1位なん?」


「おお。ダントツの1位や」


「…なあ須藤。そのランキング、もしかして好感度が低いランキングとちゃうやろな?」


 須藤は田辺の問いに、一つため息をついてから「せやで」とだけ答えた。


 田辺はその後、放心した様に須藤の顔を見ていた。


 須藤はそんな田辺の姿を横目に、テーブルの料理を黙々と口に運んでいたのだった…

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とある四十路の二人言 おひとりキャラバン隊 @gakushi1076

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