女二人

「きゃー、アヤちゃんめっちゃ久しぶり~!」


「ほんま久しぶりやね~! シホちゃんも元気そうで何よりやわ」


 阪急梅田駅のBIGMAN前で偶然出会った綾子と志保は、高校生の頃のクラスメイトだった。

 高校を卒業してからも時々クラスメイトが集まって女子会などをしていたが、一人、また一人と結婚し、子育てに忙しいからと出席者が減ってゆくにつれて、女子会の開催自体がいつの間にか無くなってしまった。


 綾子と志保は、高校生の頃は隠れオタク女子として仲良くしており、お互いの家に遊びに行ってはセーラームーンやレイアースのビデオを見ながら、お絵描きをしたり自作の漫画を描いたりしていた仲だった。


 そんな二人も今は40歳。


 阪急百貨店の買い物帰りだった志保が、BIGMANと呼ばれる200インチの大きな液晶モニターがある広場の横のエスカレーターからBIGMANを見上げる綾子に似た姿を見つけ、すぐにLINEで連絡をしてみたところ、それが綾子本人だと分かり、そのまま駆け寄って行ったのだった。


「志保ちゃん、もしかして買い物帰りなん?」


「せやで~、もうすぐハロウィンやから、子供らの仮装用の衣装作ろうと思って、色々買い込んでん」


「へぇ~、志保ちゃん2児のママやもんな~。楽しそうでエエな~」


「色々大変やけどな! せや、アヤちゃん時間ある? そこらでお茶せぇへん?」


「時間あるで~、どこ行く?」


「この下にカフェとかある筈やから、どっか入ろか」


「行こう行こう~」


 二人は意気揚々と飲食店街に向かい、小洒落たカフェに入る事になった。


 二人が向かい合って座るテーブルに、注文したカフェラテが置かれると、二人はストローで一口飲んでから、お互いの顔を見合わせた。


「アヤちゃん、ぜんぜん変わらんね〜」


「シホちゃんは、何て言うか、『お母さん!』って感じになったと思うわ」


「何やのんそれ。けど、子育てしとるから、自分でも知らんうちにそうなってるんかな~」


「そうかも知れんね。子育てって大変なんやろな~」


「そりゃあ大変やで。上の子が中学に上がったから、毎日お弁当作らんといかんし、しかも運動部に入ったせいで、洗濯物がハンパ無いしな」


「うわぁ、光熱費とかも大変そうやなぁ」


「あ〜、その辺は旦那が全部やってくれてるから、あんまり気にした事無いんやけどな」


「もしかして、シホちゃん専業主婦なん?」


「せやで〜、旦那がまあまあ頑張ってるから、家事と子育ては私の仕事なんよ」


「今どき専業主婦出来るとか、なかなか無いんちゃうん? 旦那さん、かなりの高給取りやな」


「そういう訳でも無いんやけど、ウチの旦那、自営業でな。何か知らんけど、経費に出来るもんは経費にして、節税がどうのとか言うてたから、何かうまいこと工夫してるみたいやで」


「へぇ〜、社長さんなんやな…」


 そう言うと綾子はカフェラテのグラスを手に取り、ストローで氷をカラカラと鳴らして混ぜると、ストローに口をつけて、また一口飲んだ。


(何か、シホが遠い存在に感じるなぁ…、私が喪女やという事は言わんとこ…)


「そう言えばアヤちゃんは結婚とかせんの?」


「…もう諦めてるわ。歳もとうとう40の大台に乗ってしもたし、子供なんか作れんやろし」


「ええ? 勿体ないな~。アヤちゃんぜんぜんイケるで。ぜんぜん40に見えへんし」


「けど、男の人って、若い子が好きやん? 私みたいな売れ残りでエエとかいう男って、何か問題有りそうで怖くない?」


「あ〜、まあそうかも知れんけど、アヤちゃんみたいにええ子やのに売れ残る事もある訳やし」


「いや…。私べつにエエ子やないけどな」

(実際、色々こじらせてるし…。)


「そんな事無いやろ? エエとこいっぱいあるやん! これまで付き合ってきた彼氏とかに、そんな事言われた事無い?」


「いや…」

(これまで付き合ってきた彼氏がおらんねんけど!)


 苦笑しながら言葉を詰まらせる綾子を見て、志保は何かを察した様だった。


(もしかしたら…、アヤちゃんまだバージンなんとちゃうやろか?)


「なあ、アヤちゃん…。 私はアヤちゃんのエエとこいっぱい知ってるし、今度、旦那の知り合いとかを呼んで飲み会とかしてみぃひん?」


「あ、それ嬉しいかも〜」


「せやろ? じゃあ、今度飲み会とか設定するわ」


「ありがとうやで〜。あ、でも、けっこう仕事終わるの遅いから、職場か家の近くの店やとありがたいかな〜」


「了解やで〜。って言うか、アヤちゃん今どこに住んでるん?」


「今は、今里に住んでるで〜」


「そうなんや! 私も今里やで!」


「えー! 今里のどこに住んでるん?」


「今里の駅からバスで10分位のとこやで~。アヤちゃんは今里のどこなん?」


「私、駅前のロータリー沿いのマンションに住んでるで〜」


「えー? あの大っきぃキレイな建物? めちゃエエとこ住んでるやん!」


「通勤に時間かかるの嫌やから、思い切って駅前のマンション買ったんよ」


「ええな~! って事は、今の仕事ってけっこうエエお給料貰えてるんやね」


「仕事は大変やけどな」


「なぁ、今からアヤちゃん家に行ってもいい?」


 綾子はギクリと肩を揺らして、

「え?」

 と声を出したまま固まってしまった。


(い、今から? あかんあかん! ぜんぜん部屋が片付いてないやん!)


 心の中でそんな悲鳴を上げていたが、無理して購入したマンションを誰かに自慢したい気持ちも大きかった。


「ち、散らかってるかもやけど、それでも良ければ別にエエで」


「ほんま? じゃあ、今から行こう〜!」


「う、うん」


「あ〜、あのマンション気になってたんよな〜」


 二人はテーブルのカフェラテを飲み干すと、席を立ったのだった。


 今里までは梅田から電車だと乗り換えが面倒だという事で、駅前でタクシーを拾った二人は、30分程で今里の駅前まで来る事が出来た。


「ほえ〜」


 マンションのエントランスホールに入った途端、志保がそんな声を上げた。


「豪華やな〜! めっちゃオシャレやん!」


「はは…、エントランスは豪華やけど、部屋の中は普通やで?」


「こういうのあこがれるわ~! でもアヤちゃん、彼氏出来たらどうするん? 売るん?」


「せやな〜、結婚するなら売るかもしれんけど、そもそも結婚できるんやろか、私…」


「そんなん、出会いがあれば出来るって! 今度私が飲み会設定するまでの辛抱やで」


 そう行ってケラケラ笑う志保の顔は、高校時代の面影が色濃く残っていた。


「ここやで〜」


 エレベーターを降りて廊下の突き当たりにある扉が、綾子の部屋だった。


 鍵を開けて扉を引くと、綾子が玄関の照明のスイッチを入れて志保を招き入れた。


「おじゃましま〜す」


「へぇ〜! こっちがお風呂でここがトイレで…、え〜、リビング広いや〜ん!」


 あちこち見ては声を上げる志保の姿に、綾子は自慢の自宅を褒めてもらえる喜びを感じていたが、ふと胸騒ぎを覚えた。


(あれ? 私、何か忘れてない?)


「こっちは書斎か〜。インテリやな〜」


(何やったっけ…、何か大事な事を忘れてる様な…)


「で、ここがベッドルームか〜」


(あ…! そう言えば! ベッドの上に大人のおもちゃを出しっぱなしや!)


「あ、志保ちゃんちょっと待っ…」


 綾子が声を上げた時には、志保は既に寝室の中へと足を踏み入れていた。


「……」


 さっきまであんなに楽しそうに声を上げていた志保が、寝室の中を見て固まっていた。そしてゆっくりと振り返り、


「アヤちゃん…、スゴイね」


(シホちゃん。そ、それはどういう意味で言うてるん?)


「そ、それはちゃうねん! それ私のとちゃうねん!」


「アヤちゃん、別に隠さんでもええやん。女一人で暮らしてたら、色々寂しくなる事もあるやろし。ただちょっと、見た事無いバリエーションで驚いただけやで」


「ちゃうねん! バリエーションそれだけとちゃうねん!」

(ああ! 自分でも何言うてるんか分からん!)


「ええ? まだ他にもあるん? 見せて見せて~」


「あ、いや、そうやなくて、えっと…」


(あ~!! めっちゃ恥ずかしい! 絶対私の顔真っ赤や!)


「し、シホちゃんは旦那がおるからええけど、私は独りやから…、しゃーないやん?」

(ああ、もう何が何だか自分でも分からんけど…、もう開き直るしか無さそうや…)


「しゃーない、しゃーない。うんうん、分かるで~」


「……二人だけの秘密やで。絶対誰にも言わんとってや」


「言わへん言わへん。けど、彼氏が出来たらちゃんと片付ける様にしぃや~」


「……そうする」


 観念した様に綾子はそう言うと、寝室に入ってそそくさとベッドの上のアダルトグッズをかき集め、布団でくるんで見えない様にした。


「はあっ。変なとこ見られてしもたわ!」

 と綾子は吐き捨てる様に言いながら、「もうこの部屋はええやろ? リビングで待ってて。お茶でも入れるから」


「なんかゴメンやで。ほんま、気にせんといてや。こんなんウチにもあるし」


「え? そうなん? 旦那おるのに?」


「せやで~、旦那が疲れてる時とか、それで代用する事もあるし」


(えええ! なんか生々しい話やけど、そうなんや…)


「それは意外やったわ。シホちゃんもそういうの使うんや」


「使う使う! だって、電マとか、旦那にしてもらうよりも普通に気持ちええし」


「へぇぇぇ……」


(高校の時は奥手な感じのシホちゃんが、こんな開けっぴろげに話すとか、想像もできんかったわ)


「シホちゃんも、こんな話、普通にするんやね」


「そりゃするで。私もう40やで? カマトトぶるん面倒臭いやんか」


(そうなんや…、彼氏できた事ない私は、まだ考えが乙女おとめ過ぎたんかも知れんな…)


「そういうもんなん? 私彼氏できた事ないから、よう分からんわ」


「やっぱり……、アヤちゃんまだバージンやってんな」


(あ! 何でバレたん? 私なんか余計な事言うてしもた?)


「な、何で分かるん?」


「そりゃ雰囲気で分かるよ。だってアヤちゃん、何ていうか、乙女おとめやもん」


「……そうなんや。仕事ばっかりしてきて、彼氏とか作る努力をしてなかったもんなぁ」


「こんなええマンションに住めるんやから、アヤちゃんは凄いと思うで。けど、女の幸せって仕事だけとちゃうと思うし、私はアヤちゃんにも女の喜びを知ってほしいな」


(女の喜び……、私も知りたい!)


「私も知りたい!」


 綾子の心の声が口から漏れ出ていた。

 ハっと両手で口元を押さえる綾子を見て、志保はケラケラと笑いながら、


「せやね。ちゃんとええ男を紹介できる様に頑張るからね」


「……うん。ありがとう、シホちゃん」


「じゃあとりあえず、アヤちゃんが作る高級そうなお茶でも飲みながら、作戦会議でもしようや!」


「……せやね、うん。ええお茶あるから、それれるわ」


(よう分からんうちに、男の人を紹介してもらえる流れになってもうたな……)


 そんな事を思いながら、それでも綾子は、近々訪れるかも知れない甘美な時を期待する自分が居るのを感じていた。


 女40歳。


 小さな子供には「おばちゃん」などと呼ばれてショックを受ける事もあるが、心の中はまだまだ乙女。


(まだ、女を捨てるには早すぎるで!)


 自分に言い聞かせる様に心の中でそう叫ぶ綾子は、心なしか楽しそうにお茶の準備をしていたのだった……

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